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鶴から悪魔、宇宙、認知まで。折り紙、その奥深き世界

話を聞いたらいろいろ出てきそう。なんだかほじりがいがありそうだ。ABEJAには、そう思わせる人たちがいます。何が好きで、どんなことが大事だと思っているのか。そんなことを聞き書きしていきます。

今回は安宅雄一さん。週1度開かれている社内勉強会「ABECON」(アベコン)で、折り紙について話してくれたことがあります。歴史、技法、宇宙に行った話、果ては人の感性まで。その奥深さといったら...!

安宅さんにいざなわれ、折り紙の世界をのぞかせてもらいました。自作の折り紙も見ものです。

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僕は折り紙が好きです。いつも小さな折り紙を持ち歩いていて、電車の中で折っています。どうやって? 前を向いて視線を落とさず、指だけ動かして作るんです。

もともと家で一人で何かをするのが好きな子どもで、紙飛行機とかひとりあやとりとか、母のビーズワークや編み物なんかもしてました。

折り紙にはまり込んだのは、中学生の時から。3年生のときだったかな、教室の後ろの壁に学級文庫があって、なぜか折り紙の本も並んでて。本をめくったら「足つき三方」が紹介されてました。これです。見たことないですか。

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足つき三方(右)と犬にアレンジされた足つき三方
制作者 安宅 雄一
創作者 不明

その本では足つき三方をアレンジして、箱の横を犬のかたちにしてました。知っている作品でも、見方を変えるとこんなこともできるんだ、といたく感心したのを覚えています。本屋で買ってきた折り紙の本をめくり始め、難しめのクジャクや三頭の鶴などを作るようになりました。

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作品名 三ツ首の鶴(左)、孔雀
制作者 安宅 雄一 創作者 前川 淳

高校生になると、授業中に折るようになりました。せっせと手を動かして、できあがったら窓枠や机の端っこに並べる。少し飾ったら教室のごみ箱に捨てました。手を動かしてると心が落ち着くんです。1日の授業の半分くらい折っている日もありました。友達にも先生にも、安宅と言えば「折ってるヤツ」と見てもらえるようになりました。さすがに古典の先生は怖かったからやらなかったけど。

理系クラスの人と放課後、折り紙を折る自主活動もしました。理系クラスの生徒の中には幾何学的な図形が好きな人がいて、ピラミッド型の四角すいや立方体、薔薇といった立体的な折り紙に心ひかれてたみたいです。

ちなみに妻は高校の同級生で、当時教室でひたすら折り紙をしていた僕の姿を知っています。2018年に結婚したんですが、一緒に折り紙ブーケをつくって結婚式会場の入口のウェルカムボードのあたりに飾りました。今も自宅にあります。

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安宅さんと妻が結婚式に向けて一緒に折った折り紙のブーケ=安宅さん提供

大学生になると、有名な折り紙作家の作品集を買ってさらに難しいものを折るようになっていきました。たとえば、神谷哲史さんの作品集とか。

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神谷哲史を始めとする作品集の数々=安宅さん提供

「日本折紙学会」の会員になったのもこのころです。毎年各地で学会が開かれていて、折り紙の講習会が開かれたり設計理論が発表されたりします。「研究者」から「草折り紙」まですそ野はうんと広い。懇親会でも折り紙を持ち寄ってこんな作品があるんだ、と折り始める。さしずめ将棋の感想戦みたいな風景です。即興で折る企画や片手で折る大会なんていうのもある。無口な人が多いんですが、折り紙の話になると尽きないし、とにかくただただ折っている。不思議な世界です。

伝承から科学へ


ちょっと折り紙の歴史いきましょうか。

折り紙は、日本と海外で独自に発達し、日本ではいわゆる「開国」以来、西洋の折り紙も取り込んで発展してきました。諸説ありますが、日本で折り紙が特に発展したのは薄くて丈夫な和紙があったからともいわれています。製紙技術が進んで紙が薄くならないと折れないですから。7世紀ごろに大陸から製紙が伝わってきて、そこから和紙が開発された。神様へのお供え物などを紙で包んだり敷いたりするうち、美しく折って飾る儀礼折りが生まれてきます。ご祝儀などで使う、水引をかける熨斗袋などに今も残ってますね。

いまに連なる「折り紙」が遊びとして確立したのは、江戸時代。「秘伝千羽鶴折形」という本が1797年に出ました。49種類の連鶴の折り方なんかが載ってます。遊びに紙が使われるほど普及したのは、昔は神事や一部の富裕層でないと使えなかった紙が、庶民にまで広がったから。紙というテクノロジーの「民主化」とも言えますよね。

庶民の遊びだった折り紙が、明治時代になると学校教育の一環として取り入れられ、理論などが体系化されてきたのは、1930年ごろと言われています。折り紙作家の吉澤章は複雑な創作折り紙を生み出し、60年代には海外にも折り紙を教えに出向きました。

そのあたりから折り紙に科学的視点が入ります。代表的な作家は、前川淳さん。それまでの伝承折り紙を引き継いだ創作折り紙は、折っていきながら、作品を作りあげていく演繹的な手法が一般的だったんです。対して彼は、戦略的な手法を考えました。

折り紙って、折り図と展開図という2種類の設計図があるんですね。折り図は文字通り作り方を絵で順を追って説明した、皆さんになじみのあるもの。展開図はできた作品を広げたときに残っている線で説明する図です。赤い線(山折り)と青い線(谷折り)などで区別していることが一般的です。

展開図は地図で場所を特定するようなものです。例えば鶴の尾っぽと顔と羽を外に出すためにどこをどうしているのかがこれを見るとわかるんです=下図。

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展開図作成ソフトoripaで作った鶴の展開図。右上が鶴の頭。左下が尾の部分。左上と右下はそれぞれ羽根の部分。

前川さんは、この展開図を紙を折る前に作ってから折っていくという方法を編み出しました。設計図から家を建てていくようなものですね。その技法で生まれた彼の代表作が1980年に公表された「悪魔」=下写真。折り紙やっている人なら知らないのはモグリ、というくらい有名な作品です。

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作品名 悪魔
制作者 安宅 雄一 創作者 前川 淳
製作に2時間かかったという。

「悪魔」の革命的なのが爪の作りです。見てください、この緻密さ。1本1本指があって緻密さを追求していますね。展開図から折り紙を「設計」しないと実現しない折り方です。工学にもつながっている作品なんです。他方でこの作品、鶴の基本形がいろいろくっついてできています。伝承折り紙のパターンになっている部分もある。

「悪魔」以降、理系分野の人たちも有名な作品を生み出すようになってきました

折り紙、宇宙に行く

折り紙は宇宙にも行きました。2010年に太陽光圧を受けて進む宇宙ヨット「IKAROS(イカロス)」の帆を本体に折りたたむ方法に折り紙の手法が採用されたのです。この帆は薄い素材(厚さ0.0075mmのポリイミド樹脂)でできていて、一辺が14mもあります。これが折り紙の要領でコンパクトに本体にたたみこまれ、宇宙でクルクルと回りながら広がったのです。最先端の宇宙実験の現場で、折り紙の考え方が採用されるなんて素敵でしょ?

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イカロスの帆が回転しながら徐々に広がっていく様を説明するために、安宅さんが実際に折ってくれた=安宅さん提供

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宇宙を飛ぶイカロスのイメージ。前面に広がっているのがたたまれていた帆=JAXAホームページから

折り紙を巡るムーブメント

1990年代には、「展開図」から折り紙を作る手法で、写実的かつ精巧な虫を表現することを競う「昆虫戦争」が日本の作家コミュニティーで起き、海外の作家まで参戦しました。

「昆虫戦争」では、それまでの折り紙では実現できなかった節っぽい6本脚の昆虫や、羽根が飛び出した昆虫が生まれ、リアルさをとことん追求する動きが広がりました。一方でシンプル路線への回帰も起きました。「折り紙らしさ」を追究する動きに揺り戻ったんですね。

折り紙に、ウェットフォールディングという手法があるんです。濡らしてから乾燥させるとその形を留めようとする紙の性質を利用した技法なんですが、厚めの紙を水で湿らせて作るとまた雰囲気が変わってくる。

これ、Gian Dinhの作品・ホッキョクグマです。くしゃっとしただけのようにも見えるのに、なぜかホッキョクグマに見えてしまう。

僕が作りたいなと思うのは、こういうシンプルな折り紙です。解釈の余地があるというか、同じものを見ても人によって受け止めが違う「余白」が残る作品の方がいいと思います。超絶技巧の作品はすごいなと思うけれど、それはそれ。いままでみたことのない新しい見方を常にしたい。同じものをみたときに明日は今日とは違う見方をしたいなあと思っています。

折り紙って、リアルを忠実に再現しているわけじゃない。みんなが「鶴」と思っている折り紙だって鶴本来の姿じゃない。脚すらないですから。

つまり、その折り紙が「鶴」かどうかを決めるのは、見ている側、人間の認知、感性です。脚がなくてもシッポがなくても人間が「鶴だ」「うさぎだ」と思ったらそれになる。折り紙らしさって、人間がどうその作品を見立てるか、だと僕は思ってます。

設計するという理論の部分と、できあがったものをどう見立てるのか、という情緒・感性の部分のバランス。折り紙の面白さって、ここだと思います。僕は、折り紙の作品に「らしさ」を見出す人の感性が面白いと思う。

はい、できた。これも好きな作品です。キツネ。

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作品名 狐
制作者 安宅雄一 創作者 笠原邦彦 

折り紙界の巨匠・笠原邦彦さんの作品です。ツンとなっているしっぽ、耳の感じもめちゃくちゃいい。抽象化された美しさがある。

AIはこれをキツネと判断できないんじゃないかな.....。じゃあ僕は、何をもってこれをキツネと思ったんだろう。

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あたか・ゆういち=1990年生まれ。一橋大学社会学部卒業後、株式会社ディー・エヌ・エーに入社、スマートフォン向けゲームのユーザリサーチ、プラットフォームの企画等に従事。その後、中学生・高校生向けにIT教育を行うライフイズテック株式会社に入社。中高生ひとり一人の可能性を最大限伸ばすべく、全国の中学生・高校生が対象の企画立案・セールスや、イベント運営・司会を行う。2019年ABEJAに入社。ABEJA Insight for Retailのカスタマーサクセス及びセールスを担当し、データドリブンな組織文化を広め小売業界にイノベーションを起こせるよう奮闘中。

取材・文=錦光山雅子 編集=川崎絵美 写真=川しまゆうこ

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