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母が子どもになった日

 久しぶりに福岡に住む妹から長文のメールが来た。


 年末に帰省したときに、母親の様子がおかしかったことを綴っていた。せっかく帰省した妹にほとんど関心を示さず、話しかけても半分ぐらいしか答えが返ってこなかったらしい。


 母は80歳、父は83歳になった。


 いままで2人とも元気で、病気らしい病気はほとんどしなかった。鹿児島で2人暮らしをしており、何年かに1度東京から帰省する。僕も仕事は忙しい。何より元気でいてくれるのが一番、と安心していた。ただ、いつか介護などの問題が出てくるだろう、というのは覚悟していた。


 妹によると、母は認知症のようだという。お兄さんも一度実家に帰ってくれないか、と頼まれた。


 僕は次の週末、鹿児島の実家に母の様子を見に行くことにした。


 飛行機で鹿児島空港に着き、バスと鉄道を乗り継いで約4時間。僕は実家に帰り着いた。


「ただいま!」
 家の玄関を開けて、大きな声で呼んだが返事がない。田舎なので玄関に鍵はかかっていない。


(留守なのかな)。
 そう思い、家の中へと入った。
 居間では母親が小さな背中を丸めてテレビを見ていた。ちょっとびっくりさせてやろうと、
「お母さん」。
と呼びかけて母の顔の目の前に顔を見せた。


 その時、僕は大きな衝撃を受けた。


母の目はテレビなど見ていなかった。眼球が上に上がり、黒目が瞼に隠れ、ほとんどが白目になっていた。意識を失った人の目だった。実の母だが、正直怖いと思った。


 その状態はほんの一瞬で、すぐに普通の状態に戻り、目にかすかな光が宿った。
「ああ、俊一。いつもどってきたんかね」。


 母の答えが返ってきて、ほんの少しだけ安心した。


 それから2日間、僕は実家にいたが、やはり母の様子はおかしかった。僕が帰ってきたというのに、父が作ってくれた夕飯にはほとんど箸を付けず、ぼーっとテレビを見ている。僕が時折話しかけても、答えはほとんど返ってこない。


 父によると、もう1カ月ぐらい母は家事をしていないという。逆に危なくて家事は任せられないのだそうだ。ガスの火を付けていため物をしていても、それをすぐに忘れてしまう。買い物に行くと、すでに家にあるものを何度もまた買ってきてしまう。


 実家には大型の冷蔵庫が2台あった。父が開けてくれたその冷蔵庫には、冷凍した食材がびっしりと詰まっていた。


 父によると、ある日、ちょっと目を離したすきに、母がいなくなったのだという。父が慌てて家の中を探すと、不思議なことに気づいた。炊飯器がなくなっているのである。どうやら母が持ち出したらしい。


 父は近所の店や、友人の家を2時間ほど探したが、結局見つからずに、傷心して家に帰った。

すると交番から電話があった。
「稲嶺さんの家から、安部さんのところの幸子さんがふらふら歩いちょるところを見つけたちゅうて連絡があったもんじゃけん、交番で保護しとった」。
 ということだった。


 その後炊飯器は、近所の家の人の玄関に置いてあるのが発見された、という。父も疲れているようだった。 


 きっと母親は、どこか大切な場所に行きたかったのだろう。しかし、そこは遠くて、ご飯を持っていかなければならない、と思ったのであろう。


 僕が実家に帰ったその夜。


 僕は持ち帰った仕事を片付けて、午前1時ごろ布団に入った。それから15分もしないうちに、部屋の引き戸がすっと開いた。


 母が立っていた。


 母は無言で僕がいる部屋に入ってくると、僕が寝ている布団に潜り込んできた。そして、僕に抱きついてきた。


 母も怖いのだ、自分が失われていくのが怖いのだ。


 僕は母を柔らかく抱きしめて、真っ白になった髪をよしよしするようになでた。母は目を閉じて、猫のようにじっとしていた。


 父によると、母は最近風呂に入るのを嫌がり、何日も入っていないらしい。でも、母の体はほとんどにおいはしなかった。もう代謝も衰えているのだろう。


 母は子どもに返ったのだ。


 僕が小さいときに、きっと母はこうして僕を抱きしめてくれたのだろう。今度は僕が母を抱きしめる番だ。


 僕は少しだけ涙ぐんだ。

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