ぷちえっち・ぶちえっち37 妻が元ヤンキーだった

僕は２５歳の時に結婚した。仲間内でも一番早いほうであった。

　妻は同い年の２５歳で、幸子といった。

ちょっと珍しいパターンで、２１歳の時に幸子の父と知り合ったのが結婚のきっかけだった。

　東京・中野の飲み屋で友人と３人で飲んでいる時に、隣の席に座っていたのが幸子の父親だった。

３人でカラオケを歌ってはしゃいでいると、
「おい、面白いやつらだな。俺が払ってやるから一緒に飲もう」
と入ってきたのが父親だった。

うさんくさいおっさんだな、と思ったが、貧乏学生にとって飲み代を払ってくれるのはなんともありがたい。

そこですっかり盛り上がって意気投合し、僕は幸子の父と飲み友達になったのだ。

　おっさんには娘が４人いた。男の子がいないせいか、僕のことをずいぶんかわいがってくれ、しばしば一緒に飲み、家族旅行にまで連れて行ってくれた。

「おい、４人のうち、どれでもいいから持ってかないか」。

冗談めかして言われることもあったが、僕は彼女がいたし、４人ともそれほど美人、というわけでもなかったので、

「遠慮しときます」

と答えていた。

ところが、人生とは不思議なもので、おっさんとその家族に出会ってから３年後、２番目の娘の幸子とつき合うことになり、結局結婚することになったのである。

　もう結婚式の予定も決まったある日のこと、僕は友達と幸子の地元の中野のカラオケパブで飲んでいた。

２０歳過ぎの若い女の子が席についた。いろいろ話をしているうちに、僕の結婚相手の幸子の話になった。

　「へー、私より３つ上の子なんだ。名前はなんていうの」。

　「幸子だよ」。
僕は答えた。

すると、女の子が急に真面目な顔になり、
「ねえ、その子どこの中学かわかる？」
と聞いてきた。

「中学まではわかんないけど、住んでいるのは上高田３丁目だけど」。

と答えると、さらに女の子がぐいっと身を乗り出して、

「名字わかる？」
と聞いてきた。

なんでそんなこと聞くんだろう、と怪訝に思いながら、

「山根だよ」

と答えると、その女の子はびっくりするほど大きな声で、

「それ、５中の幸子じゃん！」

と叫んだのだ。

　その女の子も上高田に住んでいて、第５中学校に通っていたそうである。

その第５中学校で代々語り継がれる伝説のスケバンが実は「幸子」だったのだ。

「何か学校全体を仕切ってて、他の中学との抗争事件とかしょっちゅうあった、って聞いてる。呼び出し食らったら無傷では帰れないって評判だったらしい」。

というのだ。

現在の幸子は普通の会社に勤める真面目なＯＬって感じで、その面影はない。

僕は幸子の部屋に位って、スケバン事件のことを問いただした。すると、幸子は言った。

「まあ、中学のときはちょっとね。でも、スケバンじゃなくて裏バンだから」。

中学の時は生徒会長で、高校は函館ラサール、大学は早稲田政経の僕には、スケバンと裏バンがどう違うのかさっぱりわからない。

幸子は中学時代のアルバムを見せてくれた。

これがまたすごいのだ。

幸子は顔の２倍ほどはあるパーマ姿で、「つのだ☆ひろ」か「サイババ」のようであった。

制服はセーラー服だが、スカートの長さがはんぱなく足首までかくれて地面につきそうだ。

友達との集合写真がまたすごかった。

ものすごいリーゼントや、ボウズ頭の暴走族の特攻服を着た男たちが並び、幸子が真ん中にどかっと座っている。何か貫禄まで感じさせた。

実は、僕の親は結婚に反対であった。

僕は自分でいうのもなんだが典型的な優等生で、いい学校を出て誰もが知る一流と言われる会社に就職した。

幸子は地元でも低レベルの高卒のＯＬである。

美人でもおしとやかでもない。

親からすれば、

「何も好き好んでこの子と結婚しなくても、もっといいのがいそうなものなのに」という気持ちだったろう。

でも、僕は幸子がヤンキーだったと聞いて、ますます結婚する気になった。

幸子は僕とはまったく違う人生を歩んでいる。考え方も感覚も常識も違う。だからこそ面白いのではないか、と思ったのだ。

一度、僕が仕事のことで思い悩んでいたとき、幸子はこう言った。

「ねえ、そこまで苦しまなければならないほど大事なことなの」。

僕はその言葉でふっと力が抜けた。

まったく違う二人が、違う角度からものを見ることで、新たな知恵が生まれるのではないか。お互いに相手のことを学ぶことで成長できるのではないか。

僕たちは結婚して、３人の子どもに恵まれた。３人ともとてもいい子に育った。

幸子とはいろいろあって、結婚して２０年目に離婚した。でも、結婚したこと自体は良かったし、間違いではなかったと思っている。