お手本のままに書くだけで、長編小説が作れた話


世の中にはハウツー本があふれていて、小説の書き方に関しても大量に出版されている。
「貝殻の歌」「ストーリー作家のネタ帳」に沿って、創作した。
この本はとても良質な文章である上に、内容も充実しているので、読んだあとすぐに実践してみたくなったのだ。

2019年1月ごろ、この本の「メリットがないのに優しくする」という方法にならって、「貝殻の歌」を書いた。
自分で言うのもなんだが、まさしく「教科書通り」に書けたと思う。
妙に工夫を凝らしても野暮だと判断し、生真面目に、忠実に、教科書をならった。

つまり、自発的には大してなにも思い浮かばなくても、「ストーリー作家のネタ帳」に沿って書けば、
「貝殻の歌」くらいの作品なら書ける、ということだ。
穴埋め問題を解くように、用意されたネタ帳に当てはめていけば、小説が書ける。これは非常に画期的だ。


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まずは

「メリットがないのに優しくする」は、主人公にはメリットがないのに、相手に優しく接することで起こるイベントである。
主人公はある日、傷つき苦しんでいる相手と出会い、助けて、日常的に世話をするようになる。
一方の相手は、主人公の善意を踏みにじったり、逆にわがままや贅沢を言い出したりするだろう。
しかし相手も主人公の優しさに触れて、互いに絆を深めてゆくことになる。
クライマックスでは、ずっと助けられていた側の相手が、危機に陥った主人公を、身を挺して助けるだろう。
そして別れが訪れて、元の日常に戻る流れになる。


このイベントを構成するためには、以下の内容を考えるとよい。 ・「別れる運命のキャラ」と「別れる」理由を追加する ・そのキャラに、「目に見えて分かる苦しみや哀しみ」を与える

「別れる運命のキャラ」

「ストーリー作家のネタ帳」には「親戚の子」「見知らぬ子」「老人」「犯罪者」「ヤクザ」が例に挙げられている。
「見知らぬ子」という例を見て、ドラマ「人にやさしく」を私は連想した。
そのおかげで、「見知らぬ子」を預かることによって、大人たちの間に大きな変化が生まれ、みんなが成長していくというイメージが浮かんだ。

私はこの「別れる運命のキャラ」を、イケメンアイドルに設定した。
ただ単に、私が、あるジャニタレのファンだからだ。

「別れる」理由を追加する

「元の家に戻る」「警察に自首する」「ヤクザ仲間の元に戻る」という例がある。

イケメンアイドルの場合は、もともと堂々と、
女と一緒になるわけにはいかない。
この主人公は一般人の女なので、
最初から「別れる」理由は用意されている。

「目に見えて分かる苦しみや哀しみ」を与える

典型的なのは怪我をさせることだと、書には記されている。
キズがあると、主人公は相手に、自然と優しくすることができる。
このキズがあることによって、主人公と相手との接点を強めることができる。

そこで私は、イケメンアイドルが「トラブルを抱えている」
という設定にした。
トラブルはプライベートなこと。
女も絡んでいるし、自分の父親にも原因がある。
一般人の主人公は、家族愛に恵まれて育ったので、
イケメンアイドルに優しくできる、という流れ。

出会いのきっかけ

ある日、主人公は、ひょんなことからその相手と出会うことになる。
誰かから依頼される場合は、突然訪れるなり、「事前に通告されていたが忘れていた」という形で、唐突に引き渡されるだろう。

私は「主人公の幼馴染から、彼氏を引き渡された」という設定にした。

相手の傷を知る主人公

相手の傷さえ知ってしまえば、主人公は自然と助けたくなる。
相手が反発したとしても、相手の深い傷を知った主人公は、自然と助けたくなるものだ。

というわけで、イケメンアイドルには現在、居場所がないことや、
彼女に裏切られたというキズを作った。

片方が気に入り、片方が拒絶する

主人公でも相手でもどちらでもよいのだが、どちらかが今の状況を気に入り、どちらかは拒絶する。
主人公が気に入って、相手に長くいてほしいと思った場合は、相手が早く別れたくなるし、
反対の場合は、相手は居心地がよくても、主人公は相手を早く追い出したくなる。

私は主人公が拒絶するパターンを選んだ。
相手をその家に置いて、主人公は実家に行くという形だ。

状況整理と、主人公の目的説明

ここで一度、読み手に説明。
主人公が友人などの第三者に事情を語ることで、読み手に説明してもいい。

主人公は良心から厄介者に関わってしまったこと、相手を助けても何ひとつメリットはないこと。
逆に、デメリットしかないこと。
情を移せば、別れがつらくなるだけだということ。
それらを客観的に示すことで、拒絶する側は離れたがるが、気に入っている側は余計に距離を近づけてくる。
どちらにしても、主人公は途方にくれる。

私の場合は、主人公は実家から相手の様子を伺い、
相手はのびのびと暮らしているという状態にした。

互いに共同生活を決断する

ここで何らかのきっかけがあることで、両者は共同生活を受け入れることになる。
相手は、自分の命や未来が主人公次第であることを、しっかりとわきまえていたのだ。
その上で、自分の命よりも、主人公の平穏を大切にしようとしているのだ。
その思いを知った主人公は考えを改めて、相手を引き戻すことになる。
相手は寂しそうにしているかもしれない。
場合によっては泣いているかもしれないし、何らかのトラブルを抱えて絶体絶命の状態かもしれない。

主人公はとっさにその子を助けて、ため息をつくだろう。
主人公はその子の心の底にある優しさを知り、本当は誰よりも優しい子なんだとわかる。
愛情を与えても、同情をしても、いつかは別れることが決まっている。
だが、それでも共同生活をすることを受け入れるのだ。

この説明に、私は感銘を受けた。
このネタをぜひ使いたい、と思ったのは、このシーンがあったからだ。

私は「主人公が実家に戻ったら、イケメンアイドルは
見知らぬ女を主人公の家に連れ込んできた」という状況にした。
見知らぬ女がイケメンアイドルと一緒に住むなら、私が家に戻るわ、という発想で、主人公は実家を出て、イケメンアイドルとの共同生活を始める。


共同生活の開始

最初は新たに始まった共同生活の日常を通して、互いの性格や性質について、少しずつ知っていくだろう。

ここは2人の絆を深めればいいだけなので、さらっと流した。

打ち解けてゆく両者

相手は主人公にとっての「してほしくない一線」を必ず守るだろう。
時にこっそりと気づかないように、主人公が喜ぶような手伝いをするかもしれない。
主人公もまた、相手にとっての「触れてほしくないこと」には絶対に触れずに、
事情を追求することもしないだろう。
相手の喜ぶ姿が、主人公の喜びとなる。

ここで私は、イケメンアイドルに残酷な生い立ちを語らせた。
主人公は全てを受け止めて、イケメンアイドルをフォローする。
うまくフォローできたことに、主人公は喜ぶ。

その後もいくつかの日常を描いた。
順調に、2人の仲は深まっていった。

主人公や相手に、いくつかの試練が訪れるかもしれない。
その試練を乗り越えることで、誰よりも深い絆を結んでゆく。

主人公がイケメンアイドルをフォローできたことで、2人の絆は深まった。
そこでイケメンアイドルは主人公を抱こうとしたが、主人公が拒絶した。
それでも、2人の空気は壊れなかった。そんな試練を用意した。

相手が「絶対にしようとしないこと」

クライマックスの前振りとして、ここで「相手が絶対にしようとしないこと」に触れておくとよい。
これは、「主人公への脅威」から発想するとよい。
「主人公への脅威と戦えるのは、相手しかいない」という形にするとよい。
「主人公一人ではできないが、相手には解決できること」を作る。

これは、難しかった。
いろいろなアイデアを試して、最終的に落ち着いたのが、
主人公が摂食障害である、という設定だ。
摂食障害であり、度が過ぎた完璧主義者。
そこで精神を病んでしまい、発狂しそうになったところを、
イケメンアイドルが助ける。

私は普段、音楽療法の活動もしているので、音楽の力で、心の病を助ける、という流れを決めた。
ところが、イケメンアイドルが歌ったら主人公は助かるが、
彼は「絶対に歌おうとしない」
そんなストーリーは、どれだけ練ってみても、話にならない。
主人公に対して、真の愛情を抱いているはずのイケメンアイドルが、
そこまで歌わない理由など、どうしても思いつかないからだ。

教科書に載っている例)
 主人公にはないが、相手なら持っているアイテムや能力があるかもしれない。
 だがこの段階では、相手は強がったり、臆病さを持っているために、それができないことになる。

これだ、と思った。
イケメンアイドルには、絶大な音楽の力を持った知人がいる。
でもその人に頼ることが、絶対にできない。
それは、トラブルを起こしている父親だから。


騒ぎと、迫り来る「追っ手」

「別れる運命」は必ず訪れる。主人公は「相手との別れ」を予感する。

こういうシーンは、読むのも創るのも大好き。
全く悩まずに、むしろ何も考えずに、自然に思いつくままに、書いた。
「しえるセット」のくだりだ。

物語は緊張感を高めてゆくことになる。
相手にとっては、「いるべき場所」があるものだ。
主人公の元よりも、そこにいることが、本当の意味で「相手のため」なのだから。
結果として、両者は別れることが、互いにとって最高の幸せになる。

イケメンアイドルはそれを察して、しばらく距離を置いた。
主人公はそれを理解しつつも、本能的にイケメンアイドルを求めていた。
求めすぎて、壊れた。

別れの前の、「最後の晩餐」

2人が一緒にいる必要性はなくなる。むしろ一緒にいればいるほど、主人公は苦しむだけになってしまう。
相手もそれは分かっている。だから、主人公のためにも、相手は主人公の元を去らなければならないのだ。

これは二十歳の誕生日。香水のプレゼント。
私がこの作品の中で一番好きなシーンになった。

二人に生まれる、強い絆

主人公が心からイケメンアイドルを求めていることを、互いが理解する。
主人公にとって、最高に幸せなことばかり、してもらえる。
この二人だから、価値のある会話。


別れの前、最後の日常

主人公にとっては、日常生活を送り続けている。

主人公への「お礼」

多くの場合、クライマックスで「主人公の危機」と「相手の自己犠牲」が演出される。
これまでは主人公が一方的に相手を助けるばかりだった。
相手は、主人公への恩を忘れなどしない。
今度は、相手が全身全霊をかけて、勇気を振り絞って、時に命を賭けてまで、主人公を助ける番だ。

私の場合は、実際にこの行動が起こっているのは、もう少し前の出来事。
でもその行動が明るみに出ることで、2人の決定的な別れは訪れる。

主人公は潜在的な問題を抱えていたが、それが危機となって主人公を襲うことになる。
そこで相手が全身全霊で、主人公の危機を助けるのだ。
今まで出し惜しんでいたが、ここでそれを発揮することになる。
主人公には、それが相手にとって、どれほど勇気を必要として、優しさから動いているのかが分かるのだ。
こうして、相手は主人公を助けて、別れることになる。

というわけで、心の病を、イケメンアイドルの父親に癒してもらう、
という出来事を作り、
その事件で、イケメンアイドルは消えてしまった、
という結末ができました。

別れた後の日常

という項目が、最後にある。
ただ私は、別れのシーンを悦に入って書いていたら、その勢いのまま、物語が終わってしまったので、
この項目だけは、スルーさせていただくことにした。

以上。最後だけはちょっと省いてしまったけれど、
決められた流れに乗っ取って書き進めると、非常に安心感がある。
せっかく世の中にはこんなに素晴らしいハウツー本があるのだから、
たまには甘えてみようと思った次第でした。

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