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神の力を貰ったので遠慮なく世界を癒します (42) 出自

月曜日の夜、リュシアンとセリーヌを夕食に招待して、早速『保育士』資格やベビーシッター研修について相談した。エミリーとアメリに会うまでにある程度の枠組みを決めておきたい。善は急げだ。

二人とも喜んで賛同してくれて、すぐに動いてくれるそうだ。ベビーシッターの実習期間は、職業訓練助成金としてシモン公爵家がベビーシッター料金を肩代わりすると約束してくれた。つまり実習中のベビーシッターに依頼する場合、料金は無料になる。『保育士』の資格要件に一定期間のベビーシッター実習が含まれる予定なので、経験を積みやすくなるだろう。

リュシアンは、保育士の資格要件も看護師と同様リオとレオンに任せると宣言した。リュシアンは「他にも良さそうな資格があったら作っていいぞ」と気楽に言う。

(そんな風に言われると作っちゃうぞ!言語療法士とか~理学療法士とか~作業療法士とか~)

夢と妄想は広がるが、とりあえず看護師と保育士に集中しなければ。これ以上仕事を増やす余裕はない。

リュシアンとセリーヌはリオの話を楽しそうに聞いてくれるし、給仕してくれるアニーもたまに話に入って熱く女性のエンパワーメントを語った。

夕食後、アニーは終業時間なのでほぼ無理やりに公爵邸に帰し、家族四人でお茶を楽しむことにした。

レオンは口数が多い方ではないが、口を開くと皆の関心を瞬時に集めることが多い。その日も軽く咳払いしてレオンが口を開くと全員の注意が一斉にそちらに向けられた。

「あのアベルという少年ですが・・」

リュシアンは気まずげに目を逸らす。

「あ、ああ。ゼナントカ病じゃないかとずっと心配していてな。それでリオとレオンに行ってもらったんだ。もちろん、健康診断も大切な理由だが」
「それだけじゃないよな?」

レオンはリュシアンを問い詰める。こんな風にリュシアンが追い込まれるのは珍しい。

「アベルはセイレーンの血を引いていますね?」

リュシアンは明らかに動揺したが諦めたように頷いた。

「やはり目の色で分かったか?」

レオンは首肯する。

「はい、黒髪にオレンジがかった赤い瞳。すぐに思いつく人物がいるでしょう?」

リュシアンはため息をついた。

「まあ、そうだな・・・。エラ・・・異母姉(あねうえ)には隠し通さないといけない。極秘事項だと思って欲しい」

リオは全く話が見えないのでキョロキョロしているとセリーヌが優しく説明してくれた。

レオンの身元保証人はシュヴァルツ大公国のカール・シュナイダー伯爵だ。八分の一セイレーンの血が入っている。カールの母方の祖母エデルガルトがハーフのセイレーンだったのだ。カールの両親は彼が幼い頃に非業の死を遂げた。エデルガルトは娘夫婦の死にショックを受け、家を飛び出してその後は消息不明のまま。カールは父方の祖父母に育てられたそうだ。

カールの正夫人がエラ。フォンテーヌ王国の元王女だ。トリスタン国王とリュシアンの異母姉に当たる。カールとエラの一人娘がエレオノーラだ。

カールは黒髪にオレンジがかった赤い目をしていて、娘のエレオノーラもそれを受け継いでいるという。

(エレオノーラという名前はこれまでにも何度か聞いたことがあったけど、シュナイダー伯爵のお嬢さんだったのね。お父さまにとっては姪、アンドレ兄さまにとっては従姉になるのか・・)

昔、国賓としてシュヴァルツ大公がフォンテーヌ王国を訪問した際に、エラは同行していたカール・シュナイダー伯爵に一目惚れした。

リュシアンたちの父親でもある先王はエラに甘かった。国としての圧力や脅しを駆使して強引な手段を使って無理やり嫁いで行ったらしい。カールは最後まで嫌がっていたとリュシアンは溜息をついた。

「フォンテーヌ王家に生まれた王女は代々甘やかされて碌なことをしない」

リュシアンは吐き捨てるように言った。

「そもそも先々代の王女も無理やりブーニン侯爵に嫁いで、その後危うく国難を招くところだったんだ。トリスタンに王女がいないのは僥倖だ」

(ああ、ブーニン侯爵領が異常に大きくなったのは先々王の王女が降嫁して持参金代わりに領土を沢山持っていったからってどこかで聞いたなぁ。なるほど)

「カールは地味で欲の少ない学究肌の男だった。見栄っ張りで派手好きなエラと上手くいくはずがない。エレオノーラが生まれたのは奇跡だと思うね」

リュシアンはイライラとしながら言い放つ。

「しかも、カールはセイレーンの血を引いているから年を取らないのは初めから分かっていたはずなのに、自分だけ年老いていく現実を受け入れられずに、この二十年以上カールに会うことすらしていないんだ」

(そ、それは・・・夫婦としてどうなの?)

「別居状態のカールはフォンテーヌ王国の令嬢と恋に落ちた。今度こそ本物の恋だった。俺は違うが、一夫多妻は貴族の常識だ。恋人のルイーズを側室にするのは何の問題もなかったはずだ。しかしエラは異常にプライドが高く嫉妬深い。夫が恋に落ちた事実を受け入れられなかった。しかもルイーズは妊娠していた。エラは人を雇って臨月のルイーズを誘拐し殺害した。約五年前のことだ」

リオはショックで口を覆った。

(なんてひどい・・・。しかも妊婦さんを・・・吐き気がするほどおぞましい)

「ルイーズが誘拐された時、カールは俺たちに連絡したんだが・・・間に合わなかった。ちょうどアンドレがエレオノーラに毒を盛られて危篤状態の時でね。すぐに動けずに、敵に遅れを取ってしまった・・・。アンドレに毒が盛られたこととルイーズの誘拐が重なったのは偶然ではないと思う」

(アンドレ兄さまに毒を?!従姉のエレオノーラが?)

「俺とカールが誘拐現場に辿り着いた時にはルイーズはもう死んでいた。しかし、奇跡的に胎児は生きていた。敵はそれに気がつかなかったようだがな。俺たちは赤ん坊を保護した。しかし、カールは自分の傍にいるとまたエラが赤ん坊を殺そうとすると確信していた。だから俺が赤ん坊を預かったんだ。王宮の医師に預けて相談しながら世話をした。ヤギの乳を飲ませてね。いつ死んでもおかしくない状況だったが奇跡的に赤ん坊は生き残った」

リオは震える声で訊ねる。

「まさかそれがアベル・・・?」

リュシアンとセリーヌは頷いた。セリーヌは俯いて両手で顔を覆った。

「私たちが引き取る訳にはいかなかったの。髪と目の色を変えてもきっとカールの子供だって分かってしまうと思って・・・」

セリーヌは全身ガタガタと震えている。目から幾筋もの涙が伝う。握った拳から血が流れ出ているのが見えた。

(爪で自分の手を傷つけたんだ。お母さま・・・、ずっと苦しい思いを抱えていらしたのね・・)

「ル、ルイーズは私の親友だったの・・・。年の離れた妹のようで・・可愛くて・・・仲が良かった。・・わ、私はカールと一緒にルイーズを必死で守ろうとしたわ。同盟を組んで一緒にエラと闘ってきたのよ。でも、最後にあんなことになってしまった・・・っ。こ・・・後悔と罪悪感で身を引き裂かれる思いで・・・。赤ん坊は私が引きとって育てたかった!でも、その頃、エレオノーラがアンドレに付きまとっていて・・。私たちがアベルを引き取ったらすぐにバレてしまうと思ったの・・・」

セリーヌは手で顔を覆って泣き崩れた。リュシアンは肩を落として続ける。

「エレオノーラはエラから惚れ薬を貰ったんだと言い張った。彼女はアンドレと結婚したがっていたから惚れ薬を飲ませようとしたのだろう。エレオノーラはエラが惚れ薬と毒を間違えてしまっただけだと信じている。自分も毒だとは知らなかったと泣きついてアンドレが回復した後も、ずっと公爵邸に居座った。だが、俺はエラを知ってるからな。恐ろしい女だ。わざと毒を渡したに違いない。俺たちが身動きとれなくなるように・・」

(恐ろしい・・・そんな信じられないようなことをする人がいるの?)

エラに対する怒りで胃と腸がひっくり返りそうだ。

リュシアンも悔しそうに話し続ける。握った拳が震えている。

「俺たちが孤児を引き取ったと知ったら、エレオノーラはすぐにエラに告げただろう。エラは、性格は悪いが頭はいい。きっとカールの子供だと分かってしまうと思った」

(それは確かに・・・、突然公爵家で赤ん坊の孤児を引き取ったら詮索されるだろう)

「エレオノーラは頭が足りないのに行動力はある。いつも最悪の結果につながる行動をするんだ。他にも過去に数々の問題を引き起こしてくれた。アンドレの前はレオンにずっと付きまとっていたな?」

レオンは渋い顔で頷いた。

「だからリオとレオンのことも、エレオノーラには秘密だ。会わせるつもりもない。エラとエレオノーラはフォンテーヌ王国に入れないように結界を張っている。出禁だ。金輪際、関わり合いたくない。しかし、エレオノーラが最近リオのことを、しつこくしつこくしつこく探ってくる!」

リュシアンは本当に嫌そうだ。首を振りながら話を戻す。

「エラが誘拐、殺害を命じた証拠は見つからなかった。しかし、エラが背後にいたことは間違いない。気の毒にカールの心はもう完全に壊れてしまった。狂ってしまったわけではないんだが・・・元通りにはならないだろう」

「それでアベルはずっと孤児院にいるのか?」

レオンが咎めるような口調で言う。リュシアンの顔色は悪い。

「養子先を探したんだ。でも、アベルは生まれつきデビル・タンで引き取りたいという貴族はいなかった。俺もずっと心配だったが解決法は見つからなかった。だから、リオがゼナントカ病の治療法を見つけた時は奇跡が起こったと思ったよ」

リュシアンは真っ直ぐリオの目を見ながら頭を下げる。

「アベルを救ってくれてありがとう。リオのおかげで俺たちが抱えてきた罪が一つ減った気がする」

「い、いえ・・そんなこと。でも、アベルをあのままずっと孤児院で生活させるつもりですか?お父さんが生きているのも知らないまま?」

リュシアンとセリーヌはどちらも悲痛な表情を浮かべる。

「大きくなったら表向きは公爵家の使用人として雇用するという形で引き取るつもりだった。エラは粘着質でしつこくて狡猾だ。慎重にしないとアベルの命を危険にさらしかねない」

レオンは何かを考え込んでいる。

「アベルが好きなものは知っているか?」

セリーヌの泣き腫れた目がぱっと輝いた。

「アベルは絵を描くのがとても上手よ。アンドレは風景画とか人物画が好きだけど、あの子は植物とか昆虫の絵が得意だわ。すごく緻密な絵を描くのよ。頭もすごく良いし。とてもとても可愛い子なの」

リュシアンも笑顔で頷く。

「俺もアベルの絵を見せてもらったことがある。大したものだ。カールも学者肌で図鑑を見て挿絵を描き写していた。カールも精密な絵を描いていたし、やはり血は争えないな」

リュシアンとセリーヌが愛情を持ってアベルを見守ってきたことは間違いない。

(でも、今のままでいいのかしら・・?もちろん、アベルの安全が何より大切だけど・・)

レオンも考え込んでいる。

「アベルの安全が最優先だが、彼の将来もきちんと考えないといけない。いずれカールにも会わせてあげたいと思う」

レオンの言葉にリュシアンとセリーヌは神妙に頷いた。

「レオン、何か考えがあるのか?」

「まだ、完全に固まったわけではないし、リオとも相談したい。しばらくアベルの様子を見に孤児院に通うことになるがいいか?ちょっと考えさせて欲しい」

二人は黙って頷いた。リュシアンが申し訳なさそうにレオンの肩に手を置く。

「お前にはいつも世話になる。すまない・・」

「いや、五年前にそんなことになっていたのを全く知らなかった・・・。私は自分のことにかかりきりで。何の助けにもなれずすまなかった・・・」

レオンも気落ちしているようだった。

*****

全員が沈んだ気持ちのまま、その夜はお開きになった。セリーヌとリュシアンを見送った後、急に寂しい気持ちになってレオンに抱きつくと、彼も強くリオを抱きしめかえす。

「どうしたらアベルは幸せになれるかしら?」

レオンはリオの首と肩に顔を埋めるようにしてリオを抱き上げた。

「あ、茶器を片付けきゃ・・」
「アニーに仕事を残しておいてやってくれ」

と言ってそのまま寝室へ向かう。

二人で寝支度をしているとレオンがポツリと

「アベルは医師に向いていると思うかい?」

と尋ねた。

「レオン様、それって・・・アベルを医師として育てたいと・・?」

「一つの可能性だけどね。セイレーンの血を引いているから当然だが、アベルは孤児院の他の子供たちに比べると遥かに魔力量が多い。普通は身の回りのことをする生活魔法くらいしか使えないが、アベルなら治癒魔法を余裕で使いこなせるだろう。国家療法士も十分に狙えると思う」

「それは素晴らしい考えじゃないですか?もちろん、アベルが医学に興味を持てば、の話ですけど」

レオンは嬉しそうに頷いた。

「君ならそう言ってくれると思っていた。アベルの絵を見て、これだけ観察眼に優れた少年なら医学の勉強にも向いているかもしれないと思ったんだ。しばらくアベルの様子を見に孤児院に通ってみようと思う。あ、君はダメだよ」

(「私も!」と言おうとしたら、言う前に止められた・・。何故だ?)

先生は苦笑している。

「リュシアンがセリーヌに対して過保護すぎると思っていた時期もあったが、彼が経験したことを聞いて理由が良く分かった。カールの気持ちを考えると胸が締めつけられる。愛する女性が、しかも自分の子供を宿していた女性が誘拐されて殺害されるなんて・・・。悪夢以上だ。リオの身にそんなことが起こったら、と想像するだけで恐ろしくて今夜は眠れそうにない。だから、君はここで待っていて欲しい。サンとマルセルの言うことをちゃんと聞くんだよ」

(なんか・・・レオン様の過保護も益々過激化している気がする)

しかし、レオンを不必要に心配させたくないのでリオは不承不承頷いた。


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神の力を貰ったので遠慮なく世界を癒します (43) 女子会(本番)|北里のえ (note.com)

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