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大学デビューってこんなんだっけ


デビューを決意


それはまだ髪を茶色に染めていた大学1回生のこと。


僕はラーメン研究会なるサークルの新歓で出会ったトモヤとよくご飯に行っていた。

「ご飯」とは言っても、安い居酒屋で安いビールを飲みバカ騒ぎする会では決して無い。

京都の街に数多あるオシャレな飲食店、通称「オシャ店」を探し歩き、いつか巡ってくるであろうデートでスマートにエスコートできるように練習しようぜという会だ。

僕もトモヤも田舎の出だったので、京都の「オシャ店」に強烈な憧れと、一方で恐怖心を抱いていた。


地元では、気の抜けたラーメン屋とチェーンの焼肉店しか経験していない純粋無垢な少年だ。
いざデートとなっても、このままじゃあ、もごもごと言い訳を並べて出町柳の鳥貴族に駆け込む未来しか見えない。


トモヤ、頑張ろうな、と大学デビューを誓い合った。


それから僕らは、なけなしのバイト代を握りしめ、一生懸命お店を巡った。


町家づくりを改装したカフェや照明の薄暗いイタリアン、カウンターしかない寿司屋にも行った。
時にはお店の前まで行って、ここは無理じゃね?と引き返して鴨川のほとりで慰め合ったこともある。


しかし、着実にぼくらは「オシャ店」に強くなっていた。

スタバなんかは緊張もしなくなったし(京都に出てきた時、地元の県にはスタバがなかった。)、トモヤにいたっては、「あそこはシンプルなマルゲリータが1番うまいけど、パスタはコシが弱い」なんてイキり出す始末だった。


オシャ店との出会い


時は流れ、1回生の夏が終わり、彼女とどこに紅葉を見に行こうかなんて話していた頃、例の相棒からLINEが入った。

「うまいオムライス屋を見つけたから教えたるわ。」

「オムライス!いいな!どんなところ?」

「ソースがいっぱい選べて、ライスの種類もサイズも選べるんさあ。店内も結構年季入った感じでええのさ。」


でかした相棒。
「京都×オムライス×年季」
このコラボレーションで外すわけがない。

紅葉デートにふさわしい店なのか見極めるべく、即座に偵察の約束を取り付けた。


さあ、当日、2コマ分の授業を受けた僕は、18時過ぎに図書館前の木の下でトモヤと待ち合わせる。

どうやら今の今まで、北野天満宮のそばに構えた下宿のベッドの上で退廃的な時間を過ごしていたそうだが、キャンパスに颯爽と現れた彼はスラックスに革靴を合わせている。
「オシャ店」への敬意の表れが見て取れた。

おつかれの挨拶もそこそこに、各々が自転車に跨って三条を目指した。
(往々にして、我々は自転車を好んでいたのだ。)

今出川から京都御所を横目に、ひたすら烏丸通を下る。

ちなみに余談であるが、トモヤはこの御所の隣の歩道を自転車で悠々と走っていたところ、向かってくる京都のご婦人に「交通ルールを守っていて偉いねえ」と、メディアで揶揄されるような京都流の嫌味をかまされていたことがある。

だが、その嫌味は彼には通じず、「ありがとうございます!」と一礼し立ち去ったのだ。
のちに、なんか知らんけど褒められたわ、と言い放つ強者であった。

そんな思い出し笑いをしながら丸太町を抜け、烏丸御池を東に入る。
この辺りになってくると都会の街並みが現れるので、途端にオムライス屋への期待が増してくる。

京都市役所前の駐輪場に愛車を停め、寺町商店街を闊歩する。


「まじでいい店やから、期待しとき。」と目をきらきらさせるトモヤに、店を見る前から、さすが、会長!と軽口を叩いた。


到着


理解するのにいくらか時間を要した。
いつもの「オシャ店」テンションではなかっただろう。

目の前にそびえたつのは、明らかに、かの有名なポムの樹ではないか。
全国に出店し、その美味しさ、オーダーの種類の多さから日本国民に愛されるポムの樹ではないか。

「まあ、店の見た目はアレだけどな、中はええから。」と若干引き攣った顔の僕を見て声をかける。
彼の誤解を解くには時間がなかった。

そうか、こいつ、ポムの樹を知らんのか。
あの超全国チェーンを。
そして、あろうことか、京都の「オシャ店」に認定したのか。

言われるがままに階段を登り、ドアを開け店内へ入る。
なるほど、たしかに内装はとっても歴史を感じて悪くない。文明開化を思わせるような雰囲気もある。



運ばれてきたチキンクリームオムライスを頬張る。
うん、そりゃあ美味い。大好きだよ。
でもな、でもな。

トモヤはドヤ顔でいいやろと繰り返している。

いいなあ、と応えつつ、内心は、

いやええ訳あるかい!
こちとら初めての紅葉デートやねん!ほんで紅葉さんもライトアップしはんねん。
ばちばちに気合い入れんねん。
ばちばちチェーンに行けるかい!

と毒づいていた。


(当時は「オシャ店」に狂っていて、かつ肩に力の入ったどうしようもない若者だったのだ。断っておくが、ポムの樹はめちゃくちゃ好きだし、普通に彼女と食べにいっている。)


こちらの気も知らず、トモヤは「貸しイチな」と嬉しそうにしている。


僕はここがチェーンだと教えないことにした。
なんてったってその方が面白いだろう。
いつかこいつがドヤ顔で女の子を連れていく日を想像してにやにやを隠しきれない。
(しつこいようだが、デートでポムの樹にいってもなんら問題は無い。当時はオシャ店狂いだった。)


「ほんなら、おれも学科の子と紅葉行くし、その日ここで会わんように行く時教えてな。」

「うん。被ったら恥ずいもんな。」

おれはきっと人生でポムの樹に行く日を友人にLINEすることはないだろう。

そう思いながら、残りのオムライスをたいらげた。


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