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8章 厨房シェフの呪い


恐怖の会食

その夜、
大食堂では、エリカとマリアが共に食事していた。

「長老は、図書館の閲覧禁止区域にいるのではないでしょうか。」
エリカが言うと、マリアは尋ねた。
「なぜでしょうか?何か根拠があるのでしょうか。」

マリアの微笑が嘲笑に見えたエリカは、慌てて答えた。
「特に、根拠はないですよ?
禁止領域に繋がっていたのです、、、!
足を踏み入れてはいけないなんて、隠蔽の巣窟です。
仮説ですよ!!」

そんなエリカを見つめてマリアは冷笑を浮かべて返した。
「ごもっともです。
仮説から根拠を見いだしていくことが、未知に挑戦するということですから。」

大食堂は、和やかな雰囲気が流れていた。

「まさか、本当にギャラクシアがあるだなんて思わなかったわ。」
「ねぇ課題終わった?」
「この前さぁ……」

様々な会話がなされ、雑談を楽しむ生徒達。
二回生までが殆どだろう。
上級生には死ぬほどの課題と試験がある。
しかし今日は、三回生も散見された。
1週間ほどの長期休暇に入ったからだ。

それでも1日たりとてゆっくり出来ない日々ではあったが、食事を楽しむくらいの余裕は出来ていた。
そんな平和な空間に、1つだけ、異質なものがあった。

それは、厨房の魔物である。

エヴァンが食事を投げたことに対して激怒し、顔を膨張させた、恐ろしい魔物。
元人間故に、魔人まびととも呼ばれていた。

調理するものがないのか、なぜか魔人まびとは、のそのそと食堂を徘徊している。

エヴァンは1人で食事をしながら、その様子を注意深く目で追っていた。

「エヴァン!」

突然声がして、彼の隣にジャスミンが座ってきた。

エヴァンはジャスミンに気づくなり、思わず声をあげた。
「お前、放れろ!」

それから小声で付け足す。
「仲わるい設定だろ。」

ジャスミンは、1つ席を開けて座った。

それから、声を潜めて言った。
「研究長のとこに連れて行くのは、あの魔物魔人にしよう。」

エヴァンは、ジャスミンが指し示した先にいる、厨房シェフの魔人まびとを見た。

魔人まびとは、不気味な不可解な仕草で、のそのそ歩いている。
魔物まびとが近づいてくると、生徒達はおしゃべりを止めて怯えたり、速やかに席を移動したりしていた。

「何でお前、そんなバカなこと申し出たんだよ。」
エヴァンが密やかに恫喝した。

「フランチェスカ研究長が魔人体を被験体に、実験するとおっしゃってたのを聞いたからつい、助手を申し出てしまった。
これが何かの手がかりになるはずと、私なりに思ったんだけど、どうかな?」
ジャスミンが不安げに言った。

「あんな化け物を連れていくのも助手の仕事とはな!
こんな実験で、長老の行方が分かるとでもいうのか?
それとも、魔界への扉が分かるのか?
それなら、手っ取り早いな。
長老など用なしだ。
ゴルテス様に、お伝え出来る。」

「何も手がかりが無いのだから仕方ないよ。」

不穏な空気を放つ2人。

その前のテーブルでは、楽しく話しながら食事をする生徒達がいた。

そのテーブルに突然、どしんと何かが置かれた。
美味しそうないちごケーキである。

みな、雑談をやめてケーキを置いた者に注意を向けた。

膿んだ大きな顔の化け物が、そこには立っていた。

厨房シェフの魔物まびとがケーキを置いたのだと誰もが悟った。

みなの顔が凍りつく。

「ありがとう。」
1人が恐る恐る言った。

「お、美味しそう。」
1人がひきつった笑顔で言った。

しかし、テーブルの残りの者達はすでに避難していた。
そのことに気づくと、魔人まびとに声をかけた2人も一目散に逃げ出していく。

魔人まびとは、空いた席に座った。
体が横にも縦にもおおきく、椅子とテーブルの隙間がお腹で埋め尽くされていた。
その腹にケーキを乗せて、食べ始める、、、。

誰もがその強烈な姿に注意を向けた。

「ねぇねぇ、怖いんだけど。」
「ここで食べるなよ!」

その怪異に対する陰口を、ひそひそする者もいた。

ジャスミンは、立ち上がった。

「おい、どこ行くつもりだよ。」
エヴァンが聞くと、
彼女は言った。
「あの化け物と仲良くなってくる。」

「何言ってるんだよ。」
エヴァンが呆気に取られている内に、ジャスミンは魔人まびとのテーブルへと向かっていく。

そして、その化け物の向かいに座る。

彼女の存在に気づいたのか、魔人まびとの咀嚼音が止んだ。

ジャスミンが恐る恐る話しかける。
「け、、、ケーキ、、、美味しそうですね。」

魔人まびとは、じっと小さな目でジャスミンを見つめていた。
睨み付けているようにも見える。

食堂はシーンと静まり返った。
魔人まびと行為にひそひそと言う者達も口をつぐんでおり、
生徒達は皆黙って、ジャスミンの大胆な行為に注目していた。

獣のような息遣いだけが、広い食堂に響き渡る。
元人間であった面影はどこにもない。

ジャスミンは、拳をぎゅっと握り閉めた。

勇気を振り絞り、更に一言、発する。
「い、一緒に、食べていいですか?」

魔人まびとは、尚もじっと小さく鋭い目で、強者ジャスミンを睨んでいる。

そこには、強烈な自我が感じられた。
威嚇とも、嫌悪とも、軽蔑とも違う、、、、、、
人間が理解出来るような感情ではない、もっと深くて黒々とした何かを、不気味な瞳に垣間見た。

それは、間近くにいたジャスミンだけでなく、
周辺の傍観者にも伝わっていた。

皆、目を見開き、
何とも言い表し難いその魔人まびとの表情に、
一瞬身を引いた。

突然、、、、
魔人まびとが、
腹の上に乗ったケーキを持ち、、、
立ち上がった。。。
目の前のテーブルが、その反動により動く。

魔人まびとがいきなり立ったことに、驚きと恐怖を隠しきれないジャスミン、、、。
目の前に、巨体が立ちはだかる。。。

そして更には、、、、
イスとテーブルの間から出てきてしまった。

怒らせてしまったのか、、、。

もう、、、ジャスミンの心には限界がきていた。
さっと身を引く。
が、
足が震えて上手く動けない。

遂には、その場で崩れてしまった。

しかし、、、
魔人まびとは、
ジャスミンには目もくれず、
そのまま、ケーキを持ち、厨房の方へと歩いていった。

食堂全体に張り巡らされた緊張が、少しだけ緩む。
しかし、ジャスミンは高鳴る鼓動を抑えきれずにいた。
腰を抜かしたまま立ち上がれない。。。

「ジャスミン・ベンジャミン!
魔物もあんたと食べるのいやだって。」
隣の席の生徒アリスが笑って言った。

恐怖で、アリスの嘲笑が耳に入らない。

そこに、エヴァンがやって来て言った。
「ジャスミン、深夜に決行するぞ。」

顔面蒼白な顔でジャスミンが頷くと、その顔は更に白くなった。

魔人まびとが戻ってきたのだ。
ケーキを切り分けた皿を持って、、、。

「ベンジャミン、良かったじゃない!!
あんたと食べたいみたいよ!」
アリスが高らかに言う。

「じゃ、じゃあ頑張れよ。」
エヴァンも、冷や汗を浮かべてそう言うと、立ち去ってしまった。

ジャスミンは、化け物と対峙しながら食事をしなければならないことになった。

自分で撒いた種とはいえ、後に引けるなら引きたいという気持ちが勝っていた。

~~~

数分後、ジャスミンは、化け物と対峙して座っていた。
目の前のテーブルには、大きなケーキが置かれている。

「じゃ、じゃあ、いただきます。」
凍りついた笑顔でそう言うと、
ジャスミンは、ケーキをフォークですくい、口元にもっていった。

勿論味わうつもりなど毛頭無い。
寧ろ緊張で味なんて分からないだろう。

そう思いながら、ジャスミンはケーキを口に入れた。

爽やかな甘味が口を満たした。

味は、、、
緊張さえも打ち砕いてしまったようだ。。。

しっかりと、、、舌はケーキの味を捉えている。。。

味わいつつ噛むと、ふわりと軽やかでいてしっとりと濃厚な食感を感じた。

とんでもなく美味しいケーキである。
絶妙な甘さに舌鼓を打ち、恐怖が忘れさられた。

「美味しい。」
思わず出たその言葉は、本心である。

ふと目の前の魔人まびとを見ると、膿んだ顔に微かな変化が感じられた。
心なしか、嬉しそうにも見える。

ジャスミンは、ふっと笑った。
愛想笑いではなく、心からの笑いである。

「ケーキが得意料理なの?」
親しみを込めて尋ねる。

しかし、やはり魔物は魔物であった。
ジャスミンの言葉は聞こえてるのかいないのか、ひたすら、ケーキを食べるだけ。

意志疎通は出来そうにはなかった。

人間の心

深夜の人気のない廊下では、2人の生徒が不穏な様子で歩いていた。

ジャスミンとエヴァンである。

「あのあと、私、ケーキ全部食べなきゃいけなかったんだよ。
何で行っちゃったの?」
ジャスミンが弱々しく言う。

「お前が持ち込んだ仕事だろうが!
文句言いたいのは、巻き込まれてるこっちだ!」
エヴァンが小声で恫喝した。

口論しながらも、2人は大食堂へと入っていった。
誰もいない広間はひっそりとしていて不気味な雰囲気を醸し出している。
ジャスミンもエヴァンも、ごくりと息を飲んだ。

厨房の入り口まで来ると、トントンと、包丁で食材を切る音が聞こえてきた。

「先に、お前が行くんだ。
仲良くなったんだろ?」
エヴァンに言われてジャスミンは頷いた。

そして、意を決して扉を開ける、、、。

厨房に入っていくと、そこは奇妙な作りになっていた。
部屋が細長い通路のようになっており、
突き当たりが見えないほど永遠に続いていた。
天井のランプと、壁際にあるキッチンも
それに合わせて、何台も並べられている。
キッチン一台ごとに、野菜が1つずつ乗せられており、
その反対側は、壁から野菜が生えていた。


トントントン、トントントン

陰鬱な雰囲気を放つこの空間に響く包丁の音、、、。

、、、 魔人まびとがいた、、、。

こちら側から3番目くらいの台で、
具材を切っている。

ジャスミンは、恐怖で押し潰されそうになるのをぐっと堪えた。

前に進む勇気を備える為に、魔人まびとを見つめ深呼吸する。

暫く観察していると、
奇妙な動きに気がついた。
野菜を1つ切っては、奥のキッチンへ移動しているのだ。
すでに今この瞬間、4台目を切り終え、5台目に突入している。

ジャスミンは、予想外の不気味な様子に、両足はガタガタと震えが止まらなかった。

失神しそうになった時、脳裏に故郷の空が浮かんだ。
「い、行かなきゃ、、!」

覚悟を決めて、ゆっくりと通路を歩いていき、少しずつ魔人まびとに近づいた。

今その化け物は、6台目のキッチンへと移動している。

ジャスミンは、
1台目、2台目、3台目と通過していき、
ついに5台目まで来た。

6台目がすぐ目の前に見える位置に立つことになったのだ。

魔人まびとは、ジャスミンの存在に気づかずに、ひたすら野菜を切っている。

冷や汗が走る手をギュッと握りしめて、声をかけた。
「あ、あの、、、!!」

返答はない。

包丁の音だけが響き続けた。
魔人まびとはジャスミンの存在に気づいていないようだ。

「あの、すみません、、、!!!」
恐怖で出ない声をありったけ絞り出す。

すると、
包丁の動きが、
ぴたりと止まった。

魔人まびとの醜い顔は、
野菜に向けられたままだった。
しかしその小さな瞳は、
横目でジャスミンを捉えていた。

「こ、こんばんは、、、。
よ、夜遅くに、ご苦労様です。」
張り付いたような笑顔を浮かべながら言う。

すると、突然!!!!!!
包丁が飛んできた!!!!!

刃先は、ジャスミンの肩をすかした!

魔人まびとはこちらを向き、充血した目で立っていた。

『ジャマ、した
お前、ジャマした
ジャマしたジャマしたジャマしたー!!!!』

魔人まびとは明らかに、激怒していた。

以前食堂で怒らせたように、膿んだ顔が膨らんでいく。

ジャスミンは、遂に耐えきれずに逃げ出した。

出口まで向かって。
後ろを振り返らずに。

しかし、、、

あと少しというところで、絶望的なことが起こった。

厨房の扉が勢いよく閉まり、ロックがかかる音がしたのだ。

恐る恐る化け物のいる方を見ると、ゆっくりとこちら側へと近づいてきていた。

ピキピキと亀裂が入り、
急速に顔の膨張は増していく。。。

ジャスミンは、絶望に打ちひしがれながらへたりこんだ。

魔人まびとは、あと少しというところに来ると急に跳躍した。
予測不能なその奇行は、恐ろしく不気味なものであった。

今、化け物はジャスミンの真ん前にいる。

腰を曲げ、彼女の首に手をかけたとき、
パン!!と大きな音がして、遂に顔が破裂した。

破裂した化け物の頭から中身が飛び散り、ぼとぼととジャスミンの頭からおちてくる。

恐怖でぎゅっと目を瞑った彼女に、嗅覚と触覚が働きかけた。

甘い美味しそうな香りと共に、頭から肩にかけて柔らかい何かがぼとっとおちてくる感触。

そっと目を開けると、現状が目に飛び込んできた。

その香りと感触は何と、ケーキによるものであったのだ。
崩れてぼろぼろになり、ジャスミンの頭からかかっている。

意外な展開に、目を丸くして見上げると、そこには知っている魔人まびと姿はなかった。

顔の大きさや体のバランスは人間らしくない様相を残していたものの、
穏やかな優しそうなおじさんがそこにはいた。

『当たりだ、、、
今回の破裂は、優しい昔の心を取り戻した』
おじさんは、エコーのかかったような声で言うと、ジャスミンを見た。

「怖がらせてごめんね。」
と言う優しそうな声。

しかし、先程のことがあったせいか、素直に安堵することは出来なかった。

それからハッとして、焦ったように肩についたケーキを口に入れた。
床におちたケーキも、這いつくばって食べる。

「粗末にしないようにしなきゃ。
と、とても美味しいんですからね。」
ジャスミンは、食べることを必死にアピールした。

おじさんは、彼女の手に肩をかけた。
「私が食べるからいいよ。」

ジャスミンの動きは止まる。

おじさんは、キッチンの方へ行き、大きな陶器のお皿を取り出すと、飛び散ったケーキを手ですくって入れた。

ジャスミンも慌てて手伝おうとすると、タオルを手渡された。
「服を汚してごめんね。」

遠慮がちにそっと受けとり、ケーキを拭き取る。

それから、おじさんは、モップを取り出して床を掃除すると、改まった様子で尋ねた。
「それで、何の用かな?」

ジャスミンは、彼を騙してフランチェスカの元へ連れて行くのが急に忍びなくなった。

この魔人まびとの怒りが怖いだけではない。
ずっと醜い自分の心に苦しんできたこの哀れな化け物を騙していいのか、分からなくなったのだ。

しかし、自分にはゴルテス様から授かった任務がある。
ゴルテス様の命令は絶対だ。
家族の生活を支援してくれている。
逆らえない。

ジャスミンは、迷いを払拭して言った。
「私、いつも美味しい料理を提供してくれるあなたに、学生たちの手作り料理を食べてほしいのです。
ぜひ、素敵な部屋で一緒に食事しましょう。」

一瞬の沈黙があった。
よもや、逆鱗に触れてしまったのか、、、。
背筋に悪寒が走る。

しかし、おじさんの顔は、たちまち満面の笑みに変わった。
またもや、恐怖の予想を良い意味で外したのだ。

おじさんは、本当に嬉しそうに言った。
「人との会食は何百年ぶりだろう。
顔が破裂する前の私を、怖くないと思ってくれている学生がまだいたなんて、信じられない。」

ジャスミンは、罪悪感に押し潰されながら声を絞り出した。
「行きましょう。」

厨房の扉を開けると、エヴァンがいた。

異変に気づいたのか、顔面蒼白な顔でガタガタ震えていたが、おじさんの姿を見て疑問で一杯の顔をした。

「エヴァン、料理人さんは、優しい人間の姿と心を取り戻したの。」
(多分、期間限定で)と心で呟きながら、ジャスミンは言った。

エヴァンは腑におちない表情をして固まっていたが、
苦笑いしながら、喜びを分かち合う様子を見せた。
「よ、良かったじゃないですか」

それから、エヴァンは謝意仮初めのを伝えた。
「料理を投げてしまい、すみませんでした。
あのあと食べました。
とても美味しかったですよ。」

彼の言葉を嬉しそうに聞くおじさんの様子を見て、ジャスミンは複雑な心境になった。
しかし、彼女は促した。
「さぁ、行きましょうか。」


秘少石

ジャスミンとエヴァンは、暗い廊下を歩きながら、シェフを連れていく。

そして、とある部屋について扉を開けた。

中から顔を覗かせたのは、フランチェスカ研究長。

「研究長、連れて参りました。」
ジャスミンが届け出た。

フランチェスカは、シェフ魔人の姿を見て、意外そうな顔をした。

厨房の魔人まびとを知らない彼女は、初めて見る姿が優しそうな中年男性で、少々驚いたようだった。

「どうぞ。」
フランチェスカは、微笑を浮かべて中へ促した。

部屋は広く、不思議な形をした器具や装飾品が立ち並び、奇抜だが美しい様相をしている。

中には、無表情のマリアが亡霊のように立ち、その横にエリカがぴしっと立っていた。

「では、お二人は行っていいですよ。
ご苦労様。」
フランチェスカが唐突に、ジャスミンとエヴァンに言った。

予想外の言葉であった。

エヴァンは心外な様子で同席を申し出た。
「ご一緒してよろしいでしょうか!?」

ジャスミンも憤りを露にして訴えかけた。
「このシェフと一緒にいたいです!!」

シェフが困ったように問いかけた。
『私も、この子らとも食事がしたい。
なぜのけ者にするんだい?』

フランチェスカは、食事という言葉に疑問を浮かべたが、理解したのか含み笑いを浮かべた。

一方、サンプルが届くとしか聞かされていなかったエリカは、被験体の存在に戸惑っていた。

フランチェスカは、シェフを真っ直ぐに見据えて言った。
「ギャラクシアは、魔力により磁気不良を起こします。
ここを覗いて、、、。
ですから、ここでは、この特殊な魔法資材を利用出来るのです。」

言い終えると、フランチェスカは「魔法の絹を。」とマリアに目配せした。

指示に応じたマリア、、、。
彼女は、綺麗な絹衣をフランチェスカに手渡した。

それを受けとり、シェフに優しげに笑いかけるフランチェスカ。
彼女は、その絹衣をヒラヒラさせて艶を見せながら言った。
「これは、ここ実験室にあった魔法の絹。
科学と魔法の良いとこ取りをした特殊な魔法資材、、、顕微鏡です。
電磁波と魔力を融合し、接触した物質を超超倍率に映し出すのです。」

『な、何がしたいんだね?君は!』
シェフが戸惑いの声をあげる。

フランチェスカの優しげな微笑は、不適な笑みに切り替わった。
「あなたは、魔人まびと
純粋な魔物と違い、実態があり肉体がある。
知りたくありませんか?
魔法を使った時、自分の体内で何が起こっているのかを。」

フランチェスカのその言葉に、シェフは黙りこくっていた。

彼は、動揺と共に、微かな迷いを見せる。

後押しするかのように、フランチェスカが言った。
「実験の、協力を、お願い申し上げます。
この絹を、どうか、身につけていただけませんか?」

それから、頭を深々と下げる。

被験者に、、、承諾を取ろうとしている。
エリカは、少しだけ胸を撫で下ろした。
フランチェスカにも、最低限の倫理観はあるようだ。

シェフは、取りつかれたように、魔法の絹に手を伸ばしていた。。。

彼が絹を手にした時、フランチェスカが言った。

「但し、この実験では、かなりの肉体的苦痛を伴います。」

シェフは、ハッとして手を引いた。

ジャスミンも、エヴァンも、その様子を見守る。

しかし、再びシェフは、絹に手を伸ばして、受け取った。
そして、それを身に纏うと、しっかりと縛りあげる。

「ご協力、ありがとうございます。」
フランチェスカは、にやりと笑って言うと、
ジャスミンとエヴァンに顔を向けた。
2人に命じる。
「お二方とも、実験の助手には相応しくないので、出ていっていただきます。」

ジャスミンは思わず口に出してしまった。
「お願いです!
やめてあげてください!!」

「ジャスミン、、、
シェフは、自分で実験を承諾したんだ。」
エヴァンは、彼女を制す声をかけたが、彼の表情も憤りを隠せない様子でいた。

ジャスミンは、彼の言葉に一瞬身を引いたが、フランチェスカを見上げて懇願した。
「だったら、せめて、ここにいさせてもらえませんか?」

「無理ですね。
親切な親切な心を持つあなた方がいると、シェフの魔力が十分発揮されません。」
フランチェスカが皮肉混じりに言った。

シェフは、若干戸惑いがちに、両者を見回していたが、何も言おうとしない。

立ち尽くすジャスミンに、それを見守るエヴァン。。。

出て行きそうにない2人に、痺れを切らしたのか、フランチェスカはマリアに視線を向けた。

命を受け、マリアは無表情で2人に銃口を向ける。
「お引きとりください。」

しかし、2人とも戸惑うばかりで、退室の様子を見せない

「実力行使でいきます」
マリアはそう言うと、尋常ではない力で2人の腕を掴んだ

史上最年少にして従軍を従えたマリア・ルイス、、、
その力量が見せつけられる

自分より身長の高い相手2人が抵抗しても、無表情で力強く引っ張り、扉から閉め出した

「開けてください!」
2人は、扉を叩いたが、開くことは2度となかった

実験が始まったようだ
中からは、おじさんの悲痛な声が漏れ聞こえる

「私達のせいで、、、」
ジャスミンは、泣きそうな顔でもらした

「仕方ないだろ」
エヴァンも言葉を濁した

部屋でシェフは、魔法の絹から発っせられる強力な電磁波により苦しんでいた。

それを見たエリカは、慌てて駆け寄り、フランチェスカを糾弾した。
「いくら何でも、非人道的です!!
合意を得られたとは言え、やはり、中止すべきでは!?」

しかし、彼女はエリカの言葉には返さず、実験について話した。
「この絹衣の顕微鏡は、原子レベルまで拡大させることが出来るのです。
細胞内で働く物質を、拡大して観察します。」

それから、部屋中央を力強く指して言った。
「その拡大画像が、あの球体の中に見えます!」

フランチェスカが示した先には、巨大な透明の球体が設置されていた。
球体には、精密機器らしきものが付属してある。。。

フランチェスカは突然顔つきを変えて厳しい声を発した。
「マリア!!」
その一言で、マリアは命を理解し動く。

彼女は立て板にエリカを押し付け、棒で固定し拘束した。

「何をするのです!!!」

暴れるエリカに、フランチェスカは微笑を向けながらも威圧的に言った。

「煩わしい偽善で、実験を妨害しないでくださいます?」

その容赦ない言葉に、エリカは押し黙った。
皮肉などではなく、直接的な言葉で攻撃する姿は初めて見る。

フランチェスカは、両手を掲げて言った。
「被験体無しに、未知の研究は成り立たないということを、今お見せしてさしあげましょう。
科学者の卵として、これとない学ぶ機会でしょう。」

そうしている間にも、
絹衣はどんどんと倍率を上げていた。
透明の球体には、拡大映像が出現しようとしている。

フランチェスカは不適な笑みを浮かべて、実験の経過を口にした。
「ミトコンドリア内の内膜を、魔法により超倍率で拡大することに成功しました。
更に拡大していきます。」

球体内は、混沌とした映像を写し出した。
それから、ピントを合わせるかのように、次第にはっきりと輪郭を顕にしていく。。。

そして遂に、顕微鏡魔法の絹は、ピントを完全に合わせた。

球体内では、絹衣が見せる拡大映像が、はっきりと姿を現した。
それは、白い点々が、蠢いている映像だった。
良く見ると、どこか規則性のある動きをしている。

「生物のエネルギーの源、ATP分子を、映し出しました。」

そのフランチェスカの言葉で、
エリカは、それがATP分子の拡大映像だと悟る。
(ATP:実在する用語。
細胞内で作られ、生きる為に必用なエネルギーを放出する物質。)

球体内の白い点々は、激しく動き回り、
その映像は少しずつ掠れていった。

ATP分子物質エネルギー実態のない非物質になる瞬間ですよ。
物質が、物質でないエネルギーになり消失するのです。

物理学と魔法の狭間にある現象です。

この魔物が、魔法を行使すれば、何かが分かるかもしれません。」(※1)

シェフは苦しみを浮かべながら、顔を膨張させていく。

すると、突如球体内に淡い青の光が出現し、球体内を覆いつくした。

その光は、シェフの顔の膨張に比例してら濃くなっていく。

フランチェスカは、目を閉じ、そして次の瞬間見開いた。
瞳孔が開き、瞳が赤く光っている。
魔法で、その青い光を4次元認知しているのだ。

魔族でもない彼女が、何らかの方法を使い、
ここギャラクシアに来て習得した技だ。

フランチェスカは、
球体に付属してあるタブレットキーに、
4次元認知により導き出した方程式を打ち込んでいった。

機械に計算をさせて、、、、
最終的に1つの解を打ち出す。

「何ということはでしょう!!」

フランチェスカは悲鳴に近い声で叫ぶと、興奮気味に言った。
「4次元計算は、
青い光に、
光の最小単位、素粒子光子が存在しない、
という結果を打ち出しました。

つまりこの光は、
人間が定義する光とは全くの別物であるばかりか、

      素粒子が物質を構成するという概念を著しく打ち砕くもの。」

その時、突如青い光は消え去った。

フランチェスカは狂気に満ちた顔でそれを見届けると、
結果から推測される数式をタブレットキーに打ち込んでいく。

機械は、情報量に追い付いていない。
度々固まっては、遅い速度で処理されていく。

フランチェスカが苛立ちを露にした時、画面に「完了」の文字が映し出された。

結果を開いた彼女は目は輝かせ、狂喜に満ちた好奇心を爆発させた。

早口で捲し立てる。
「たった今、この謎の光は、ATPエネルギーと混じり、消えました。

それと同時に、
ATPエネルギーは、 魔力意識エネルギーに変わり、
このシェフの顔を膨張魔法の発動させていたのです!!!」(※2)

言い終えるとフランチェスカは目を閉じて、再び開けた。

普通の瞳に戻り、彼女は考察を述べる。
「意識がエネルギー化されたもの=意識エネルギーは、魔力と同義。
それは、魔法物理学として知られていることです。

どのように意識をエネルギー化するのか、、、その原理は一切の不明”でした。

しかしたった今、前代未聞の発見をしました。
それを可能にしていたのは、この謎の光、、、

つまり、青い光が魔力を生じさせていたのです。」

マリアが、微笑を浮かべて言った。「研究長。その光は、恐らく、⚛️秘少石です。魔界にあるとされる青い光を放つ石。

有史以前の昔に、人間が魔界の扉を開けたのは、その石を発明してしまったからだと。

なぜか、扉が開いた際に魔界へ飛ばされてしまったようです。

学園の図書館の本棚に、隠し扉があり、そこの棚の裏に書いてあるのを見つけました。」

フランチェスカは首を傾げて聞いた。

「?
魔界へ飛ばされたにも関わらず、なぜ、
その光がこちらに瞬間移動したかのように現れたのです?」

マリアは淡々と考察を口にした。
「普通の光ではないのでしょう。

素粒子(物質を構成する最小の粒)がないにも関わらず、
物質として見えるその光の謎こそが、魔法の謎と言えるのではないでしょうか。」

フランチェスカは目を見開いて、嬉しそうに言った。
「素晴らしいわ。
さすが、我が腹心。
でも、どのようにして見つけたのです?」

「用務員のラベンダーを徹底的に尾行して分かりました。
いつも、鍵を肌身放さず持っており、その形は、棚下の隙間のある不自然な穴と合致していました。
その棚にある書物を執念深く読み漁った結果、分かったことです。」
マリアはそう言って薄ら笑いを浮かべた。

エリカは、府に落ちない表情をしていた
秘少石とやらの光が、意識をエネルギー化するとしても、
なぜ一般の人間にはその光が届かないのか、、、。
どのようにして、フランチェスカはその光を出現させる体質を手に入れたのか、、、。

そう思った時、苦痛が絶頂を迎えたであろう魔人まびとの姿が目に入った。

膨張した顔は真っ赤に晴れ上がり、目も鼻も口も、異常な位置に移動し、形も変形して伸びていたのだ。

ピキピキと亀裂が入る。

墓場

フランチェスカは体を緊張させた。
「そろそろ危なくなってきましたね。
絹を取りましょう。」

ようやく事態の重さに気づいたようだ。

マリアが無表情で、破裂寸前の恐ろしい化け物に迎い、巻いてある衣を剣で割いた。

次の瞬間、、、、!!!
遂に、膨張の限界を越えてしまった。
凄まじい勢いで破裂する!!

マリアも、フランチェスカもその衝撃で吹き飛んでいく。

エリカも拘束具と共に倒れ、
それにより、止め木が外れ、解放された。

魔人まびとの顔は、これまで以上に、平時を遥かに凌ぐ、恐ろしい化け物に変化していく。

破裂した中から出てきたのは平時の膿んだ顔。
しかしそれは、破裂前よりも何倍もの大きさに膨れ上がり、口は縦向きに歪み、頭の先からは何かが顔を覗かせた。

それは、、、、
不気味な花だった。
毒々しい紫色の花、、、。

自然界に咲いていたとしても、まず触れようとは思わないだろう。

マリアが銃を取り出した。

「研究長、お逃げください。
この魔物は、元人間。
物理行使が効きます。」

しかし、フランチェスカは、固まったまま動けずにいた。

マリアが、彼女を連れ出そうと駆け寄った時、
絶望的なことが起こった。

何と、化け物の頭から、花が意思を持つように抜けたのだ。

花が抜かれて割けた魔人まびとの頭からは、再び花が咲き出した。

何とも不気味な咲き方であろうことか。

抜かれた花は、こちらへと向かってきた。

知性のない魔物にしては機敏な動きである。

状況は更に悪化する。
何と、もう1つの花も抜けてしまったのだ。
この調子でいくと、花は抜けては生えてを繰り返しながら増えていくだろう。

マリアは、フランチェスカの元へ行くのを止めて、二本の花へ立ち向かって行った。

花は魔物とはいえ元人間。
マリアの銃に打たれ、傷ついていく。

しかし、死にはしない。

防衛手段しかない中で、3本目の花も咲き始めてしまった。

放置されたフランチェスカに、解放されたエリカが駆け寄った。

「研究長!、、、立ち上がってください!!!」
エリカがそう言って肩を揺さぶるが、フランチェスカは放心状態で動ける様子は微塵も感じられなかった。

彼女は、護身術を身に付けていないのだろうか。
エメラルド関係者、いや、今やギャラクシアの関係者となった者は、常に狙われている。
大半が、それなりの護身の策を秘めているのだ。

エリカもその一人だが、軍人のマリアには到底及ばない。
だが、なりふり構っていられる状況ではない。

その時、部屋の扉が勢いよく空いた。

中に入って来たのは、
紫髪の少女、ラベンダーであった。

そして、それと同時に入って来た者がいた。

「フランキー少佐!!」
心強い人物の登場に、エリカは思わず歓喜の声をあげた。

赤毛のボブの背の高い女性、
ライラ・フランキー少佐が、複数の配下を引き連れ援護に入ったのだ。

軍人は剣で、ラベンダーは腰から叩きで、それぞれの武器を手に、機敏な花たちに向かう。

が、形勢は逆転しない。

傷つきながらも死なない花に、新たに花が加わり、個体数では明らかに負けている。
何故なら、抜けては生えての循環が、加速度的に速度を増していたからだ。

花の無差別な攻撃は、戦闘力の無いフランチェスカにも平等に向かってきていた。

その時、エリカは、彼女の懐に銃を見つけた。

考える間もなく、それを取り出すと、引き金を引いてた。

手が震えている。
死領域にいた獣を撃ち抜く時とは、遥かに心持ちが違った。

それは、相手が元人間だからであろうか。
それとも、獣とはいえ生き物と悪魔の違いに恐怖を感じたからであろうか。

どちらにせよ、目の前の化け物を退治しなければならない。

銃弾は、至近距離の為か、奇跡的に命中していた。

花は倒れ萎れていくが、やはり、枯れはしない。

しかし、エリカは、近距離戦での成功に、獣を打ち止めた際の心持ちを取り戻していた。

その場を動かず、迫ってきた化け物を標的に戦う作戦を取ることに決めた。

訓練された人間ほど機敏ではなかった為か、
枯れはしないものの、花を着実に仕留めていく。

しかし次の瞬間、、、!

花のツルが手に当たった。

エリカは、バランスを崩して転倒、銃は投げ出された。

そして、無惨にも銃は花の餌食となり、エリカは丸腰の状態になってしまった。

その時、内ポケットに入っていた固い何かが、転倒により胸を圧迫していることに気がついた。

エリカはハッとして懐に手を入れる。
彼女の手には、横笛が握られていた。

一方、
ラベンダーは花を捌きながら、フランチェスカに向かって叫んだ。
「こうなったら、私でも止められないですよ!
魔物が疲れる果てるまで、ひたすら相手しなきゃなりません!」

抜けては生えて、増え続けるしかない花の魔物に対して、
人員は1人も増えない、地獄絵図と化していた。

、、、が、突然、敵の動きが鈍くなった。

それと同時に、綺麗な横笛の音色が部屋を響き渡る。

それは、不思議な旋律の曲であった。

音楽は、人々の心を揺れ動かす。
それは時に、絶大な効力を発揮し、具体的な行動を誘発させてしまう。

音楽の範疇を越えて、魔法だと錯覚してしまうほどに、、、。

今、エリカの横笛は、副交感神経の刺激により、戦闘心を押さえつけていた。
自律神経を持つ哺乳類、引いてはそこから派生した魔物にも、その効力が発揮されることが示された 。 (※)

みな、突然の魔物の変化と笛の音色に唖然としていた。


その様子を、ジャスミンは扉の入り口からそっと見つめていた。

「あまり肩入れしすぎると、任務に支障をきたす、、、」
彼女の背に、エヴァンが沈んだ声で言った。

「肩入れしてるわけじゃないよ。
ただ人として終わりたくないだけ。」

「それは自己満だろ。」

しかしジャスミンには、エヴァンの言葉はもう耳に入っていなかった。

大丈夫、大丈夫、、、

深呼吸して、ゆっくりと足を踏み入れる。

いつの間にか、戦闘は冷戦状態に入っていた。
笛の音は、人間に等しく効果を発揮しているのだ。

魔物に成り果てた人間も含めて、、、。

誰も何も言わず、笛の音色だけが響き渡る。

人間と魔物の間に流れる緊張の空気の中を、ジャスミンは歩いていく。

側を通る度、花は、一体一体、彼女に花弁を向けた。

微かに?攻撃的な雰囲気を醸し出しているが、襲うまでには至らない。

そして、本体の側に辿り着いた。

膨れ上がった顔に、縦向きに割けた口、膨張により端に追いやられた小さい目。

その目が横目でジャスミンを捉えた。

瞳の奥は泣いていた、、、。
涙は出ていない。
けれども、小さく震えている。

「騙してごめんなさい。」
ジャスミンは、巨体を見上げて、声を絞り出した。

怖くないと言ったらウソになる。
声も体も震えあがっていた。

「自分の意思に関係なく、悪に蝕まれていくのは苦しいですよね。」
彼女がその言葉に間諜としての思いを馳せてしまった時、
頭に浮かんだのは、これまでのシェフの様子。

学生と共に食べようとする姿。
会食に誘った時の嬉しそうな笑顔。

彼は、化け物の皮を被った人間だったのだ。
血の通った、普通の人間の感情を持っている、、、。

「この学園に縛り付けられる、その呪いの対価もまた、ここにいたかったから、なのではないですか?」
気がつくと、ジャスミンは言葉にしていた。

突然、、、、!

花の個体群の動きが、完全に止まった。

そして、不気味な色が更にしわがれていき、花弁をおとし始めた。

その生みの親は、顔をみるみる内に収縮させていく。

それだけではない。
等身や体の大きさ、スタイルも変化し始めた。

そこに現れたのは、何もかもが普通の人間の姿。

それどころか、初老前の貫禄はありつつも、とても整った顔立ちをしていた。

エリカは、その様子に見とれて、演奏を止めた。

「、、、呪いが、、、解けた。」
ラベンダーが目を見開いて言う。

扉付近にいたエヴァンは、微かな疑念を胸に唖然としていた。
「お伽噺話だなまるで」

彼は、鋭い眼光をラベンダーに向けて言った。
「現実の悪魔だ。
優しさで解けるほど生ぬるい呪いなのか?」

ラベンダーは、答えた。
「呪いを解いたのは、優しさじゃないよ。

彼女が、シェフの払わなければならない代償を見破ったからだよ。

呪いと契約による代償は、厳密な線引きはない。
けれども、対価に対しての代償に、本人が耐えきれない時、それを呪いとして定義される。

だから、呪いとはいえ、代償なんだよね。

決して、契約は取り消すことは出来ないの。
代償を打ち消すことが出来ない限りは。

彼の代償は、縛り付けられるだけじゃなかった。
ここにいる価値を無くすこと。
学生と楽しく食事をするというね。

だから、ギャラクシアが開校しても、化け物になった姿に、人間として扱われることはなかった。
今現在までね。」

しかし、ラベンダーの言葉とは裏腹に、シェフは困惑したような顔をしていた。

白髪混じりのその男性は、みなを見回して、何かを訴えかけるように言った。

「#####」

発っせられた言葉は聞き取り出来なかった。

帝国の物でも、隣国の物でもない言語である。

「英語を話してるんだよね!」
ラベンダーが、シェフの肩をポンと叩いて言った。

、、、英語?
エリカは首を傾げた。
不思議な響きを持つ言語である。

ジャスミンがハッとした表情になって言った。
「、、、英語、、、?
絶滅が危惧されてる言語です、、、。
今は、偏狭の地の小さな村で、細々と語り継がれてるって。」

彼女の村のことである。
間諜スパイ故に、他者目線からの言い方しか出来ない。

「そうなんだ。
地上での出来事は分からないけど、
彼が話してるのは、英語だよ。
姿形だけじゃなくて、本来の人格に戻り始めているの。」
ラベンダーが言った。

シェフは、言語は通じずとも、自分について話されていることに気づいてはいるのだろう。

怪訝な顔でラベンダーを見つめていた。

彼女はお構いなしに、話を続けた。
「自分がどういう状況にあるのか分からずに困惑してる。
魔人まびとだった時の記憶は、今ので消えたよ。」

「私が、、、消してしまったのですか、、、?」

「結果的にはそうなるね!
消して”しまった”じゃないよ、消すことが”出来た”」

ラベンダーはニコッと笑うと、付け加えた。

「但し、
その間に流れた膨大な時間があることを除いてね。」

「つまり彼は、睡眠から覚めたように、時間の経過だけは感じつつ、その間にあった出来事は忘れていると、、、?」
そう言ったのは、フランチェスカだった。

先ほどまで正気を失いかけていた彼女であったが、今は水を得た魚のように、目の前の”獲物”に興奮していた。

シェフが再び口を開いた。

「ラベンダー。
この子達は一体誰だ?
息子はどこにいるか、知ってるか?
ずっと探しているんだよ。」

突然、言葉が通じる。

皆が戸惑っていると、その理由が語られた。
「今、翻訳魔法を使いました」

何の前触れもなしにそう言ったのは、やはり、フランチェスカだった。

シェフは話し続ける。
「ジョセフやマイラーやミーニャはどこだ?
彼らも息子を探してくれているんだ。
息子はアイ」
「ストップ!
話しすぎると翻訳魔法の効果が薄れるよ!」
ラベンダーが叩きをシェフに突きつけた。

それから、ため息をついて言った。
「生徒と息子のとこに連れてってあげる。
あなたの時代のね。」

真っ白なギャラクシアの雲。
一点の曇りもなく、光を乱反射し綺麗に輝いていた。

ただ1つ、墓場を除いて、、、。

そこは、禁止領域のすぐ近くにあった。

風が一際強く吹き、足元はくすんだ灰色をしている。

幾つもの墓石が並ぶ場所に、ただ一人、ぽつんと佇む者がいた。

白衣を着た白髪混じりの男性、、、。
厨房シェフの魔物?は今や人間の姿をしている。

ここに、彼の時代の学生と息子がいるのだ。

シェフは泣きもせず、肩をおとして立ち尽くしていた。

その様子を、墓場の外から見守っていたのは、
被験体を騙して連れてきた2人ジャスミンとエヴァンと、
それで実験を行ってしまった3人エリカ、マリア、フランチェスカであった。
そこにいる潔白の者は、ラベンダーだけである。

「、、、ずっとああしていますね。」
フランチェスカが言った。

エリカは、この殺風景な景色を見回して茫然としていた。
そろから、ラベンダーに尋ねる。
「ここ、閉鎖の影響で亡くなった人達の墓なんですね。
ギャラクシアだから、閉鎖以外の理由も紛れてそうだけど、、、。」

「紛れてるかもね。
多すぎるから、雲の中に隠れてる物もあって、
あたしも全ては把握出来てないけど。」
ラベンダーが言うと、
フランチェスカが微笑を浮かべて疑念を投げ掛けた。
「シェフは、本当に魔法が解けたのでしょうか、、、?」

「どういうことでしょう?」
と言ったラベンダーの目はぎらりと光っていた。

「閉鎖前の人間なのだから、少なくとも
1000才以上にはなるはず。
それなのに、体が全然老化していない。」

フランチェスカの言葉に、ラベンダーは珍しく動揺した素振りを見せ、それから苦い顔で言った。
「まだ、解けきっていないです。

完全に解けるには、代償の真逆を完全にやり通さなきゃならない。

彼はまだ、ジャスミンの言葉で一時的に魔力に抗っているだけ。」

「と、いうと?」
フランチェスカが言葉を促す。

「時間が経てばまたあの化け物に戻る。
しかも、代償を破れば、更に魔力は強固になってしまいます。
だから、今この場で解ききらなきゃいけないんです。」

「つまりは、、、」
エリカが苦虫を噛んだような表情を向けると、ラベンダーが頷いた。

「学園から去らなければならない。
それも、魔力の弱い、禁止領域からね。」

「但し、学園の規則を破れば、長老の逆鱗に触れる可能性が高いよ。

閉鎖前も、この禁止領域から、何人もが投げ出されて空の藻屑と化したよ。

その殆んどは、自業自得なやつらだけど、死をもって制裁されるほどじゃない。

長老は魔物だよ、しかも、悪魔寄りのね。」

「私達のこの行為は、、、」
エリカの言葉をラベンダーが引き継ぐ。
「グレーだね。」

皆が凍りついた表情を浮かべた。

「 ま、まぁシロではないけどクロでもないよね。」
ジャスミンが気休め程度に言って笑ったが、笑いきれていない。

「それがグレーだろ。」
エヴァンが沈んだ声で言った。

皆が懸念していると、
シェフがこちらを向いた。

腰を折ってお辞儀をしている
そして、背を向けて歩きだした

禁止領域に向かって、、、。

「去るみたいだよ。
この学園から。」
ラベンダーが、ジャスミンを見て言った。

ジャスミンは、暫くその言葉を噛み締めていたが、
思い直したような表情になると、
去り行く背中に向かって声を張り上げた。

「ご馳走さま!
美味しかったです!!」

ラベンダーは、にっこり笑うと、
シェフに向かって手を大きく振って叫んだ。
「お疲れー!」

「お疲れ様です!!」
エリカも2人に感化されたように、頭を下げた。

フランチェスカは、公国に伝わる贖罪の姿勢を取り、マリアもそれに倣った。

エヴァンも、複雑な表情を浮かべながらもマリアに続く。

声をあげていたエリカ、ジャスミンも、他3人と同じ姿勢を取る。

皆に見送られて学園を去る、、、。

皮肉なことにも、それはシェフを実験台にした張本人達である。

しかも、贖罪を受けながら、、、。

しかし、そんなことは気にも止めぬほど、彼の表情は穏やかだった。

そして、禁止領域に到達した瞬間、
一際強い風が吹き、シェフの体を浚っていった。

青空へと飛ばされていく、、、。

一気に体が老化し、肉が枯れはて、ミイラ状態になりながら、空の彼方へと消えていった。

その時であった!!!!!!!!!

足元の雲が、急に、ぼこぼこと泡立ち始めた。

「完全にクロ!!!」
ラベンダーが叫ぶ。

その言葉で、長老の逆鱗に触れたのだと皆が悟った。

目の前に広がった墓石が次々と雲の中に沈んでいく。

禁止領域方面に見える空に、
屈折光が見え、透明な何かが出現したのだと分かった時、
耳をつんざくような卯なり声が響いた。

『『『墓から出てけー!!!!!』』』

皆が両耳を押さえ、何人かはその場で崩れた。
そこには、透明な顔があった。

空を背景としたその顔は、大空に浮き上がるに相応しいほどに、巨大であった。

恐ろしい形相で、目を剥いている。

その顔は、記憶の中のあの皇帝に酷似していた。

エリカは記憶を蹴散らすかのように立ち上がり、叫んだ。
「近くにはいるけど、一歩も入ってないです!」

しかし、気づくと既に他の5人は走っていた。

「規則は遵守しています!」
言い残すと、慌てて後を追い、墓場から離れる。

無我夢中で走り、一同は園庭まで逃げついた。

息を切り、切羽詰まった様子で走ってきて、へたりこむ6人。

通りすがりの学生が怪訝な顔で見つめながら去っていく。

「セーフだよセーフ!
クロになりかけたけどね!」
ラベンダー=管理人の言葉でみな胸を撫で下ろす。

ふとエリカは視線を感じた。
見ると、マリアが微笑を浮かべてエリカを見ていた。

「ルイスさん、、、単純な疑問です。
先ほどから一言も言葉を発していないようですが、なぜです?」

「?話す必用がないからです。」

「多くは語らず、求められた時だけ話す、、、。
中々かっこいいキャラだったんですね。」

「それはどうも。」

「、、、呪いはつまり、代償ですか?」

「?」

「誰かがどんどん突っ込んでいけば、ルイスさんの代償とは真逆になっていきますか?」

「その誰かとは、、、先輩のことですか?」

「誰がの話はしてません。
仮定の話です。

ところで、何でこちらを意味ありげに見てきたのです?」

「話す必用が出来たからです。」

「何の話ですか?」

「魔法が解けたのは、調教の影響が少なからずあるかと思ったのです。
私の見識を広げてくださり、ありがとうございます。」

思いがけないマリアの言葉に、エリカは戸惑った。

「あ、ありがとうございます。」
礼の言葉を述べて実感した。
調教の可能性を、、、 。

エリカはハッとして、ラベンダーを見た。
「ところで、明日からの食事はどうなるんですか?」


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