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6章 魔人の怒り

魔人まびととは

ギャラクシアの大食堂は、バラ窓から注ぎ込む射光による、微妙な明るさの下で、それなりに賑わいを見せていた。

マリア・ルイスは、
食事の入ったトレーを持って、空きテーブルに座った。
1人で無表情に黙々と食べ始める。

エリカはそんなマリアを見かけると、
彼女の元へ行き、意を決して声をかけた。
「ルイスさんお疲れ様です!」
元気に挨拶をするエリカ。

マリアがそれに気づき、微笑で返した。
「お疲れ様です。」

「一緒に食べてもいいですか?」
エリカが快活に言うと、マリアが静かに答えた。
「構いませんよ」

エリカは笑顔で向かい側に座った。
「実はこの呪いの髪、、、
色だけでなく、髪型もこのまま固定されてしまったのです。
髪止めも取れませんし、ツインテールを後ろで縛ってもすぐにほどけてしまいます。」

唐突に話題をふるエリカ。

マリアは目もくれることなく言った。
「お気に召していないのですか?」

「勿論気に入っています。
学校では、笑われるので封印していたのです。」

「そうですか。」

淡白な返事である。

2人の間で沈黙が続く中、
無邪気に笑い合う生徒達が通りすぎていく。

エリカは擬しそうに言った。
「何か、好きなことはないのですか?
どうしていつも、冷静でいられるのですか?」

「悪魔と契約したからです」
マリアは、相変わらず、淡々とした口調で言った。

何の感情の起伏も見せず言ってのけたので、エリカにはその告白がすっと頭に入ってこなかった。

理解が追い付いた時、口の中の物を吹き出しそうになった。

そして、軽口に対して少々ばつが悪そうにしながら聞く。

「それは、、、本当ですか?
でも、ルイスさんは、明白地帯アクア公国とベータ軍国のある地帯の民ですよね。
魔法の国メイデン帝国がある暗黒地帯にしか、悪魔は出現しないのでは?」

マリアは食べるのをやめ、初めてエリカの顔を見て言った。
「魔物は、明白地帯にも出現します。」

「え、、、」
予想外の恐ろしい言葉に、エリカは息を呑んだ。

マリアは続けた。
「詳しい経緯は契約完了した途端忘れましたが、悲しみを取り払う為に行ったということだけはよく覚えています。
代わりに、それ以外の感情もなくしてしまいました。」

エリカは、彼女の可愛らしいたれ目を見つめた。
瞳の奥は無機質であり、本当に何の感情も宿してないかのようだった。

悲しみも、またそれを無くしたいという思いも、感情の1つである。
一切の感情が無ければ、人は楽になれるのだろうか。

一頻り考えていたが、マリアは既に、この会話など無かったかのように、食事を再開していた。

そんな彼女を見て、エリカはふと、冷徹な表情の中に素朴な少女らしさを感じた。
それは、愛嬌のある生来は顔立ち故かもしれない。

マリアは何も感じてないであろうが、
エリカは今の話題から少し話を逸らした。

「呪いがかかる前、、、
何か、好きだったことはありますか?」

「覚えていません。」

「ピアノや武術、得意な物ならどうでしょう。」

「指示される通りに動いているだけです。
呪いや代償という類いは甘くありません。」

「、、、そうですよね。」

エリカが押し黙った時、初めてマリアから言葉を発した。

「私にそのような類いの質問をされても、何もお答え出来ません。」

「すみません、、、。」

小さくそう言った時、ふとあのピアノ召還の日のことを思い出した。

魔物も人間も感性を共に出来る、緻密に計算された曲。
それを弾きこなす技術があれば、、、

「調教の可能性を見ることが出来ます!」

思わず心の声が漏れていた。

怪訝な顔をするマリアに、エリカは意気揚々と言った。

「ピアノでも調教は可能です!!」

マリアは、空虚な瞳を向けて言った。
「私が言う資格はありませんが、生き物を弄ぶことは非常に危険な行為ですよ。」

「、、、」
その言葉に、何も言えずに押し黙る。

「ごちそうさまでした。」
マリアは淡々とそう言うと、いつの間にか空になっていたトレーを持って立ち去っていった。

唖然としたまま、その様子を見届けていると、
パリンとガラスが割れる音がした。

故意に割れたような、明らかに破壊的な音に、エリカも、他の生徒たちも音の元凶に注目する。

そこには、食堂の床にガラス破片が飛散し、倒れている女の子の姿があった。

特殊部隊の見習い生、気弱そうな涙ほくろの女の子、💠である。

その前に立ちはだかっているのは、これまた見習い生の男の子⚕️である。
そう、帝国の少年兵でもあった彼だ。

端正な顔立ちだが、鋭い目をしており、厚を感じさせる少年。

誰もが、その少年エヴァンにより突き飛ばされたのだと理解した。

エヴァンは、ジャスミンを恫喝した。
「魔法の乱用により世界が破滅する前は、魔族は存在しなかったんだぞ?

充満した魔法エネルギーを吸いとった遺伝子によって、魔族が誕生したんだ。

つまり、魔族から魔法が始まったわけではない。
その逆だ。
普通の人間が、魔物と契約し、この学園を授かったことで魔法が始まったんだ。

そんなことは歴史の一般教養として誰もが知ってるだろうが!!

人間が創り出してしまった恐ろしい力、皇族の方々はそれを制されておられるのだ!」

気弱そうなジャスミンは、震えながら声を絞り出した。
「私は、帝国の者ではないので、そんな一般教養は知りません!
聞くところによると、お妃様は、皇帝の魔力を乱用しようとしているそうではありませんか!」

「うるさい!!!」
エヴァンが、手をあげようとしたとき、
彼の背に銃口が当てられた。

「旧友をいじめないでください。
ギャラクシアでの暴力は、良くて退学、最悪地方に追放ですよ。」
背後からの声を聞き、
ハッとしたようにエヴァンは言った。
「ブラウニーだな、、、。
何でそんなもん持ってるんだよ、、、、。」

「護身用です
公国は隣国ベータ軍国との紛争が続いていますからね。」

その時であった。

食堂の奥から、荒い鼻息の巨体がのそりのそりと歩いてきた。

コック帽を被り、白衣を着た料理人である。

膿んだ大きな顔や、体型のバランスは、明らかに人間のものではなかった。

学園に住んでいる魔物である。
歩きながら魔物は、ぶつぶつと呟いた。

「リョウリ ソマツ スルナ
リョウリ ソマツ スルナ」

鼻にかかった声で、舌足らずに何度も同じことを言う姿は、本能のみで生きる生き物のようであった。

皆、そのあまりにも不気味な様子に、言葉も出ず、逃げ出すことも出来ずにいる。

魔物の料理人は、散らばったガラス破片の元でぴたひと脚を止めた。

床に散乱している食べ物を見て、膿んだ顔が更に膨れ上がっていく。

「ソマツ した!!!!!」

気味の悪い恫喝が響き渡った。

大きく膿んだ口が更に大きく開かれ、
黄ばんだ歯の隙間からツバを散らしている。

それは、小さな目でぎろりとエリカを見て、低い声で問うた。
「おマエか、、、?」

エリカは体を硬直させ、頭を横にふった。

「おマエか、、、?」
魔物の小さな目は、今度はジャスミンを睨んだ。

ジャスミンも震えあがりながら、頭を横に振った。

「おマエかー!?!?!?!!?」
急に大きな声を出し、膨れ上がった顔を向けられたエヴァンは、ジャスミン以上に震えていた。

料理を投げた当の本人である彼も、大きく首を横に振った。

突然、、、、
魔物は、金切り声を上げた。
鼓膜が破れそいなほどの声に、みなが耳を塞いだ。

膿んだ顔がどんどん、風船のように膨れていき、
それに従い、顔が赤くなっていく。

赤みが増すごとに、顔に亀裂が入り、破裂する前兆かのようである。

本当に、破裂するのだろうか、、、。
もしそうなってしまったら非常に良くない結果になろうことは、人間ならば誰もが想像するだろう、、、。

その時であった。

この腫物に空のトレーが差し出された。

「ごちそうさまでした!
美味しかったよ。」
と言って、にこっと笑ったのは、
作業着を着た、紫のショートヘアーの女の子であった。

腫物は素直にそれを受けとって穏やかに言った。
「あぁ、ラベンダーか。」

顔が少しずつ収縮していく。

紫髪の女の子は、散乱した食べ物を、おちた容器に入れて、エヴァンに差し出した。

それから、女の子は魔物に言った。
「ちゃんと食べてくれるから、安心して!」

エヴァンは、成すすべもなくトレーを受けとることしか出来なかった 。

魔物の料理人は、のそりのそりと厨房へ帰っていく。

ラベンダーと言われた女の子は、
皆を見渡してから、にこっと笑って言った。
「あたし、🔮ラベンダー・スミス。
この学園の用務員件管理人です。
よろしくね。」

それからラベンダーは、トレーを持ったエヴァンを見て言った。
「ここは、魔物が住み、運営している学園。
怒らせては危険だよ。
もちろん、あたしも含めてね。」

エヴァンは、彼女を見るだけで何も言えずにいた。

「美味しいよ。」
にこっと笑いかけられるも、エヴァンは、顔面蒼白な顔で、トレーを持って行ってしまった。

それからラベンダーは、倒れたジャスミンに手を差し出した。
ジャスミンは、手を取り立ち上がると、彼女をを見て頭を下げた。

「私、ジャスミン・ベンジャミンと申します。」

それから、ラベンダーとエリカを交互に見て礼を言った。

「ラベンダーさん、ありがとうございます。
エリカも、ありがとう。」

ラベンダーは明るく返した。
「これが、あたしの仕事だからいいの。
魔物から生徒を守ることで、魔物自身を守っているの。」

「魔物自身を守っている、、、?」
エリカが尋ねると、
ラベンダーは肩をすくめて言った。

「ここの魔物はね、元人間なの。
魔物に魂を売ってここで働く内に、自身が魔物になってしまった哀れな生き物。

だから、⚛️魔人まびとって呼ばれてるんだ。

あたしは、人間に酷似した魔物だったせいで、ここに放り出されたの。
それでここで育てられた。
だから、みんなに恩返ししたいの。
変なヤツらだけど、本当は苦しんでるんだ。
あまりは不気味に思わないであげて。」
あっけらかんとした感じで話す彼女に、エリカは「はい」と返事をすることしか出来なかった。

ラベンダーはにこっと笑って続けた。
「それに、魔物達から放たれる魔力は、人間を守っているの。
高所の低気圧や強風からね。」

そう言われて気がついた。
ここに来た時から一切体に不調を感じることなく、
この遥か上空の厳しい環境に、馴染んでいた。

「あ、言い忘れてたけど、重要なことだからみんな聞いて!」
ラベンダーが唐突に声を張り上げる。

みなが注目する中、彼女は周知した。
「柵の向こうの⚛️禁止領域には絶対に立ち入らないでね。
魔物の力が及ばないから、吹き飛ばされて死ぬよ。」

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目次(1章)にとぶ⬇️


https://note.com/abc318/n/nd866c779db58


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