見出し画像

11章 粒子の不思議


曖昧を確実に


「全治1月くらいでしょうか。」
フランチェスカは、優しげな目元を憂わせて、包帯ずくめのエリカを見た。

ここは医務室のベッド。
医務室と言っても、宮殿の一室のような様相をしていた。

窓からは西日が射し込んでおり、
先ほどの大騒動など無かったかのような、穏やかな夕暮れ時である。

マリアが、看護師のように包帯を変えてくれる。
軍服姿であるが、白い海軍の制服の為か、本当に看護師のようだ。

「それで、何か有益な情報は持ち帰ってきたのですか?」
フランチェスカが問うた。

急に彼女の麗しげな瞳がわざとらしく感じる。

「勿論です…!」
エリカは慌ててそう言うと、報告を始めた。

「人間が魔力を手に入れる方法が分かりました。

人間の魔力は、遺伝子のイントロンを活性化することにより発生します。
魔族でない普通の人間は、その活性化を維持するには、常に酵素を接種しなければならなかったのです。」

「それは知っています。
私はその酵素を手に入れたからこそ、魔法を扱うことが出来るようになったのですよ。」
フランチェスカが厳しい声で言い放った。

その言葉でハッとするエリカ。
フランチェスカだけが魔力を手に入れた理由が、この瞬間に明らかになった。

彼女の鋭い視線を受けて、エリカは我に返る。
「まだ、報告はあります。」

そう言って続ける。
「酵素に頼らずとも、魔力を維持する体質を人工的に作り出す方法があります。
それは、人体をγ線に照射させるというもの。
勿論、生身のままでは肉体が損傷するだけですが、
活性化酵素を摂取した状態で照射すると、
まるで電池のように、魔力を粒子に溜め込むことが出来るというのです。」

「証拠はあるのですか?」
フランチェスカが真っ直ぐにエリカを見据えて問うた。

「確固たる証拠はありませんが…」
エリカはそう言いながら、
懐から1枚の紙を取り出し、フランチェスカへ差し出した。

「ゴルテスへの手紙です。
あのベールの者達の1人が持っていたものです。」

フランチェスカは、手紙を受け取ると、吟味するように言った。
「研究の詳細な資料は一切添付されていませんね。
しかし、いいでしょう。
手紙に偽りを書く理由はないので信じるとしましょう。」

それから彼女は顎に手を当てて、伏し目がちに話し始めた。

「そもそも、
粒子自体謎に包まれています。
この世の物質を構成する最小単位にも関わらず、未知の領域です。

この世の全ての粒子は、破壊されれば、只のエネルギーとなって完全に消滅してしまいます。
完全に消滅するのですよ?
燃焼されて人間の目に見えない形で空気中に散らばるなどではなく、
物質そのものが、
       完全に、
                この世から抹消されるのです。
逆に、エネルギーを集約すれば、それは粒子となる。
つまり、何もない所から物質が誕生するのです。

エネルギーというものは、物理世界では目に見えず実態もありませんが、確実に存在します。

似てると思いませんか?
実態のないエネルギーを、実態のある物質に変える行為。
存在自体があやふやな意識を、確実に存在するエネルギーに変える行為。

どちらも、曖昧なものを確実なものへと変える行為です。

この2つの行為はとても似ています。
粒子を調べていけば、魔法を使用する際に発生した、あの青い光の正体が分かるかもしれません。」

フランチェスカは、そう言う結論に持っていくと、手紙を自分の懐にしまった。

それから、話を変える。
「あの2人は、どうしてエリカさんを助けようとしたのでしょう?」

あの2人とは、ジャスミンとエヴァンのことだろう。

エリカは肩をくすめて言った。
「同時に殺ろうともしましたがね。
他の輩はどうなったのでしょう。」

「あの黒づくめの方々も紐づる式にあぶり出しましたが、みな愛国心が強いのでしょうか。
自死されてしまいます。
それとも、尋問が怖いのでしょうか」
フランチェスカがまったりとした口調で言う。

間諜スパイも人間ですからね、、、。
あの2人も、役割を果たす為なら手段は厭わないのに、
いざ被害者つまり私ですが、を、
目にすると臆病になる。

同情する余地は十分にあります。
環境が違っただけ。
私も、助かる為に手段を厭いませんでした。
あの時に。」

寝台から覗かれそうになった時に撃ってしまったのだ。
護身術を身につけているとはいえ、人を殺めたことは、これまで無かった。

震えそうになる手をぎゅっと握りしめる。

その恐怖を払拭するように、明るく言った。
「気休めとは思いますが、あの2人の哀願書を出します。
一応、一度は助けだそうとしてくれたのですからね。」

「先輩が撃った相手とは、寝台で倒れていた者でしょうか?」

マリアが唐突にそう問うた。

エリカが顔を向けると、彼女は淡々と言った。
「奇跡的に、急所は外していました。
鎖骨付近に複数の銃創が確認されましたが、全て気管を避けていました。
更には銃弾が流血を止めていたのです。
意識を無くしていただけです。
脱走した所を確保しました。
先輩が殺ったと恨んでいましたよ。
供述の後、自死されました」

「では、、、私は殺めてないと?」

「そういうことになりますね。」

エリカは、暫く茫然としていた。

「やはり、罪人の遺体は死因も確認するのですね。
さすが軍部です。」
思わず言葉が漏れた。

「軍人でも処刑人でもない方に、殺人のトラウマを植え付けてしまうわけにはいかないのです。」
マリアはそう言った。

、、、それが理由?
予想外な答えに、エリカは意表をつかれたように固まった。

どんな台詞も言葉も、淡々と無感情に言ってのける彼女。

エリカが茫然としている間にマリアは去っていった。

臆病者

ギャラクシアの陰鬱な牢獄で、
船長と名乗った男は床に項垂れていた。

度々やって来る少佐の尋問に怯えつつ永遠とも思える時を噛みしめなければならなかった。
解放という僅かな希望を持ちながら、、、。

すると、どこからともなく、低い吐息が聞こえてきた。

それは、通路のずっと奥から少しずつ近づいてくる。

男は、得体の知れぬ不気味な音に恐怖で震え出した。

しかし、人間らしい音が、救いの女神のように反対側から聞こえてきた。

チャリンチャリンという鍵の音と共に、食事を持った看守がやって来たのだ。

「食事だ。」
看守は、柵ごしに皿を置く。

その瞬間、がしっと看守の手が捕まれた。
囚人の汚ならしい手は、力強く看守の手を握っている。

「お願いだ。
ここにいてくれ。」

「放せ、、、!」
看守が手を振りほどこうとする。

「ここには変な化け物がいるんだ。」
囚人が訴えかけた。

「だろうな!!」
そう言った後、看守は顔を強ばらせた。

不気味な吐息に気づいたのである。

看守は、今まで以上に抵抗し、囚人もそれ以上に力付くで引き留めた。

その時、、、、
化け物が、、、
正体を表した。

それは、全身毛むくじゃらの巨大であった。
唇と思しき部位には、毛が生えていない。
人間と同じような形の唇をしていたが、
毒々しい紫色をしており、異常に大きい。

その唇が大きく開かれた。

『カギ、カギ、カギ番!!
カギ番はオレ、、、ダ!!!』

化け物は、黄ばんだ歯を見せながら、舌足らずな声をあげた。

看守は震え上がり、遂に囚人の手を振りほどいた。

そして、震えるおぼつかない手で、ベルトかかる鍵を取ろうとする。

恐怖でもたつく看守のベルトに、化け物が手をかけ引き裂いた。

ベルトに付けられた2つの鍵輪っかの内、1つがおちる。

化け物は、おちた方には目もくれず、ベルトと一緒に鍵輪っかを握った。

そして、去っていく。

囚人は、柵ごしにおちた鍵輪っかを見て、柵の隙間から手を伸ばし、そっと手にした。

看守は、囚人のその行動には気にも止めぬ様子でよろよろと立ち上がり、おぼつかない足取りで逃げていった。

どれくらい経ったことだろう。。。

再び看守の足音が聞こえてきた。

囚人はさっと鍵を隠す。

先ほどとは別の看守が、新たな囚人を連れて現れた。

涙ぼくろの女の子と、目付きの鋭い男の子。

ジャスミン・ベンジャミンとエヴァン・ブラックである。

2人は、船長の斜め向かい側の牢獄へ連れていかれた。

意外な未成年の囚人に、男の囚人=船長は柵を掴みながら興味津々で見ていた。

「陛下と話をさせてください!!!
あの人達(ローブとベールに包まれた男達)には、脅されていただけなんです。」
ジャスミンが、出任せに出た言葉を響かせた。

間諜スパイなどではありません!!
どうか御慈悲を、、、!」
エヴァンも訴えている。

「うるさい!黙って入れ!!
犯罪者は、子どもでも許されない!」

そう言って看守は、2人を牢へ押し入れ、鍵をかけた。

秘少石を探せ

医務室では、例の囚人についての話が成されていた。

「犯罪者を解放ですか、、、」
フランチェスカは困ったような顔をしていた。

「あの者は、魔界の入り口に入りかけた過去があります。
彼は今、記憶喪失でその場所を忘れてしまいましたが、
並外れた航海術が役に立つに違いありません。
魔界への入り口は、見つけるのは勿論、入ることも相当難解だと思われますから。」
ベッドの上で、エリカが言った。

「そうですねぇ、、、。」
フランチェスカは、頬に手を当てて考える素振りを見せてから言った。

「今ギャラクシアは、我がアクア公国とメイデン帝国、どちらの管轄とも言えない微妙な立ち位置にあります。
ですので、帝国からの囚人だとしても、公国の政府が手を出すことは不可能ではないかもしれませんね。」

それからフランチェスカは、2人を見て言った。
「一刻も早く、長老を見つけ、聞き出すのです。
唯一、魔界から生還した人物を、あわよくば入り口の場所を。」

エリカは包帯の自分の体を見てげんなりとした。
まだ、動けそうにない。。。
色々と散々な目に合ってきたものだ。
また狙われたりしないだろうか、、、。

マリアは、そんなエリカにはお構いなしに言った。
「承知しました。」

「承知しました。」
エリカは疲れをひた隠しにして言った。

「怖いのですか?」
フランチェスカは、エリカを見て言った。

眉を下げて心配そうな表情をしている。
保母さんのように、優しい顔だ。
しかしその中に微かに、彼女らしい挑発の感情が見えた。

「怖く、ありません!」
エリカは剥きになって言った。

それから誤魔化すように続ける。
「頭の中で情報が錯綜しているので、1度整理したいです。」

言ってみて気づいた。
確かに、色々なことが分かったが、それらを1本の紐にまとめる必用がある。

「そうですね。」
そう言うと、
フランチェスカは顔つきを変えて話し始めた。
「魔法の謎を解くキーは、、、
           秘少石に違いありません。
私達は魔界の入り口を見つけ、そこに入り、その石を探す。
これが今あげられる限りの具体的な行動計画です。

ここまで分かってきたことは3つ。
1つは、秘少石の光が、意識をエネルギー化する力、つまり魔力を発生させることが出来るかもしれないということ。
そして魔力は、皇族しか持たないはずでしたが、、、
今回の騒動で、放射線により、人工的にそうした体質を作ることが可能だと、分かりました。

2つ目は、粒子と魔力に何らかの関係性があるということ。。。
覚えていますか?
秘少石の光には粒子が存在しないという、あり得ない実験結果を。
しかし、今回分かったことは逆に、魔力を粒子に留めることが出来るというもの。
粒子の存在しない秘少石の光が、魔力を作り出し、それは粒子に留めることが出来る、、、。
魔法について調べれば調べるほど、
何かにつけて、粒子という言葉があがってきています。

そして3つめ、、、
魔力を自在に操るには、4次元空間を認知しなければならないということ。

秘少石と粒子と4次元空間、、、

この3つの繋がりを明確にするには、秘少石を見つけ出すより他に道はありません!

そして、秘少石を探す為には魔界に行かねばなりません。
更には、魔界に行くにはまず、長老に会わねばなりません。」

「はい。」と、エリカは強い眼差しで頷いた。

フランチェスカはそんなエリカの様子を見て言った。
「安心してください。
例の活性化酵素を大量に抽出しましたよ。」

ベッド脇の小テーブルに、複数の注射器が置かれる。

エリカが度肝を抜かれていると、フランチェスカが微笑を浮かべて言った。
「これらは、意識をエネルギーに変える為の物なのですから、
怪我の治癒は、あなたの意思にかかっていますよ」

エリカは、ふと思い起こして尋ねた。
「研究長、まさかとは思いますが、被爆しようなどとは考えていませんよね?!」

「さすがの私も、被爆までしようとは思いません。
酵素頼りです。

そして、いくらでも酵素を抽出出来るわけではないのですよ?
なぜ、私が学園に来て早々に、魔力を作り出すことが出来たのか、分かりますか?」

フランチェスカの言葉にハッとさせられた。
確かにそうだ。
いくら彼女が優秀と言えど、直ぐに酵素の存在に気づくのだろうか。

フランチェスカは言った。
「エメラルドですよ。
エメラルドは、ギャラクシアとは切っても切り離せない関係がある。
エメラルドには、ギャラクシアについての文献が眠っているのです。
私はそれで、ギャラクシアと、酵素の存在を知りました。
更に、エメラルドには、酵素の抽出剤が保管されていました。
それは限りあるものなのです。
抽出剤がどんな成分から出来ているのかも、調べあげましたが不明です。

つまり、抽出剤のことを知ってしまった者達の争奪戦が始まるのは必然と言えましょう。

そして、黒ずくめは方々もその一員。
恐らく、彼らは、エメラルドの助手のまた助手のまた助手、くらいの立ち位置の者達でしょう。

何故なら、
ゴルテスの差し金にしては、あの方々はあまりに無能。
、、、あら、ベンジャミンとブラックのことも忘れていました。

まぁ、2人はともかく、大人が、生徒1人にあそこまで手こずるのは、素人だからです。
ですから、ゴルテスとは無関係。
2人はまんまと騙されたのでは?」

「しかし、それくらいの能しかない者が、抽出剤を見つけ出せたことに驚きます」

エリカの問いに、フランチェスカが答えた。

「恐らく、黒幕は署長でしょうね。
学園にいれるかいれないか、の瀬戸際を生きる者達を買収したのでしょう。
そんな方々から、私は、大切な大切な酵素を盗み出されてしまったわけですよ。
私も素人ですわ。」
フランチェスカが楽しげに笑った。

そんな彼女とは対照的に、エリカは顔を潜めていた。
ため息をついて言う。
「つまり、公国の上層部も穏やかではないということですね。」

間諜の話

一方、牢獄では、囚人はニヤニヤ笑いながら2人を見ていた。

「な、何か変な人いるよ…」
ジャスミンが彼を見て、引いたように言った。

しかしエヴァンは、何か勘づいたような顔をしていた。

彼は、「捕まってよかったんだ。」と言うと、声を圧し殺して続けた。
「あの男は、例の航海士だ。」

ジャスミンもハッとして男を見る。

ゴルテスに雇われ、魔界の入り口へ手引きするも、その直前で逃げ出した、臆病者、、、。

しかし、彼女は顔を曇らせて不安げに言った。
「何言ってんの、、、。
捕まったら意味ないじゃん」

男はヘラヘラと笑いながら挑発する。
「ガキが一丁前に間諜なんざするからそうなるんだ。」

「お前、ゴルテス様の金貨を返せ!」
エヴァンが声を荒げた。

「や、やめなよ。
変に刺激しちゃ。
もしかしたら、例の航海士じゃないかもしれないしね」
ジャスミンが震える声でエヴァンを抑えようとする。

男は引き笑いをしながら言った。
「もしかしないぞ。
この俺が正に、お前達が待ちに望んだその航海士だ!
そのゴルテス゛様゛とやらは、相当オレを恨んでいるわけだ。」

「ゴルテス様は、ありがたいことに、またお前を雇うつもりでいる。」
エヴァンは、興奮と恐怖を抑え、落ち着き払って言った。

「いやだね。
オレに何の得がある?」

「お前への恩赦だ!!」

男は鼻で笑った。
「はっ、、、ごめんだね。
用が済めばどうなることやら」

エヴァンは焦りを顕にした。
「だとしても、お前を処刑して何の得がある!
正真正銘の恩赦だ!」

「ほう、、、。」
と男は感嘆すると、投げ掛けた。
「逆に聞くが、俺を生かしておいて何の得になる?」

「、、、、、、」

エヴァンが言葉を失っていると、男はニヤニヤしながら言った。

「まぁいい。
1つ条件を出そう。
オレに何か有益な情報を聞かせるんだ」

「情報だと、、、?」
エヴァンは眉間にしわを寄せ、鋭い眼光を光らせた。

「ねぇ、あのことまさか言うの?
ただの口約束でしょ?
絶対に言っちゃだめ。」
諭すように言うジャスミン。

エヴァンは、彼女の言葉に返答せず、黙りこくった。

囚人は、服の中から鍵輪っかを取り出し、チャリンチャリンと音を鳴らして見せつけた。
「これがほしいか?」

ニヤニヤしながらそう言う男を見て、
ジャスミンは囁いた。
「さっき、私たちに鍵をかけた看守はそのまま真っ直ぐ行っちゃったよね。
この鍵は違うよ。」

しかし、男はジャスミンに反論した。
「合鍵がある。
用水路の魚が時々看守を襲って鍵を食べるんだ」

エヴァンが訝しげに問うた。
「魚が?
何でそんなことするんだよ。
あいつら何者なんだよ。」

男はぎらりと目を光らせて言った。
「やつらは、ここの元囚人だ。
処刑を間逃れる為に悪魔と契約したんだ。
鍵と看守に対する憎みが強い、と看守がぬかしていたぞ。

戯言かもしれないがな。
奴等は監禁されてない。
監禁されてない者には、真実を吐かせるという、この牢獄の壁の魔法が効かないからな。」

それから、ニヤニヤとした笑みを深めながら続けた。
「ゴルテス゛様゛は助けてくれないだろうな。
切り札として捨てられるだけだ。
オレがお前らの話を聞いたとこで、お前たちが話した証拠はない。
みすみす捕まった能無し認定されるか、賢く逃げ出すのだとしたらどっちを取る?」

「例え逃げ出せたとしても、すぐ捕まるよ。
ゴルテス様をお待ちするしかない」
ジャスミンは不安げに言ったが、
エヴァンは意を決したように声をあげた。

「先に鍵を渡せ!」
「いや、先にお前達が話すんだ」
囚人は食いぎみに言った。

しばらくの沈黙が続き、両者は対峙した。

先に折れたのは、エヴァンだった。

「話したら、必ず渡すんだ。」
エヴァンが、威嚇するように言う。

「勿論だ。
監禁されれば嘘はつけない。
さっさと話をしろ!」

男に促され、エヴァンは話し始めた。
「シェフがいなくなり、調理係りは当番制になった。
当番の日に、厨房には魔法写実画があることに気づいたんだ。

いや、絵自体はジャスミンにしか見えなかった。
恐らく、厨房シェフの魔法を解いたからだ。

シェフは、笑いながら、若い男と肩を組んでいたんだと、
偉大な発明をした、自慢の息子、とタイトルが添えられていたと、ジャスミンは言った。

その男がおそらく、長老が人間だった頃だ…

長老はシェフの息子だったんだ。

開校と閉鎖の間には約一万年ほどの年月がある。
長老は、開校された時代の人間だ。

そう考えると、
シェフは、ギャラクシアが封鎖された時ではなく、開校された時に、大切な息子=長老と共に学園に魂を売ったんだと考えると筋が通る。」

「なるほど。」
男はにやりと笑うと念を押した。
「その話、でたらめじゃないだろうな。」

エヴァンが言った。
「ギャラクシアの牢獄の壁の魔法を知っているだろ?
嘘はつけない」

ジャスミンが不安げに言った。
「それにしても、話しすぎたんじゃない?」

「この壁の中では、一度口を割れば話さずにはいられなくなるんだ。
拷問に強い者以外はな。」
エヴァンは憤りを見せながらそう言うと、
男に向かって叫んだ。
「もう話しただろ。
鍵を渡せ!」

男はにやりと笑うと、柵の下から鍵をスライドさせた。

エヴァンは、自分たちの柵ごしにやって来た鍵を、食いつくように取った。

それから、複数ある鍵を1つ1つ差し込んでいく。

「もしかして、この中に無いんじゃ。」
ジャスミンが弱々しく言った。

「うるさい、黙ってろ」
エヴァンは、焦りを露にしながら、該当する鍵を探していく。

すると、鍵穴に綺麗に入った鍵があった
そのまま回すと、綺麗に解錠した。

「開いたぞ。」
エヴァンが静かに言うと、ジャスミンはほっとしたような表情になった。

「ゴルテス様にお伝えして、必ず迎えに来るから待ってろ!」
エヴァンは囚人を見てそう言うと、解錠した格子を開こうとした。

しかし、格子はびくともしない。

2人とも、眉を潜めた。

何度もガンガンと音を鳴らしながら、格子を押したり引っ張ったりするが、
格子は固く閉じられたまま。

ひゃっひゃっひゃ、という男の笑い声が響いた。

「ここはギャラクシアの牢獄だぞ!
原始的な方法と、魔法で二重に鍵がかかっている。

魔法で解錠しようとするヤツもいるからな。」

エヴァンが格子をガンと蹴って言った。
「お前どういうつもりだ、騙したな!!」

男はニヤニヤしながら言った。
「騙せるわけないだろ。
この牢獄の壁の中じゃな。
オレは鍵を渡すと言ったから渡した。
何もウソはついていない。」


魔物ではない何か

深夜、図書館の照明は消えており、
階段や本棚の間に並んだ間接照明のみが、ぼんやりと暗闇を緩和していた。

だがしかし、閲覧禁止のエリアだけは一切の照明が無い。

奥は漆黒の暗闇に包まれていた。

その黒に、淡い黄色の絵の具を垂らしたかのように、光が一ヶ所灯っていた。

蝋燭の光である。

周囲が闇に取り囲まれる中、蝋燭に照らされながら、
1人の少女が朗読していた。

「昔々、1人の優しいコックさんがいました。
彼の名はメイデン・ギャラクシア。
メイデンには大事な一人息子がいました。

しかし、ある時、息子は呪いにより恐ろしい城の姿に変えられてしまいます。

お父さんは、息子の呪いを解こうと必死になりました。
けれども、どうしても助けることが出来ません。

そこで、お父さんは悪魔と契約をして、城に取り付く魔物となり、息子と添い遂げました。

しかし、呪いは不死を作り出す一方で、魂はどんどんと老いていくばなりです。
お父さんはいつしか死を強く望むようになってしまいます。

ある時、人間達が城にやって来ました。
お父さんは、死よりも、人間に戻りたい気持ちが勝っていきます。
みんなと仲良くしようとします。

けれども、醜い魔物のお父さんをみんな忌みきらいます。

その中で、1人の女の子だけが、本当の気持ちに気づいてくれたのです。」

おっとりとした話し声。

読み手はマーシャであった。

彼女を取り囲む漆黒の闇の中からは、沢山の謎の視線が集まっていた。

姿は見えない、強烈な視線。

朗読を遮るように、人間の声がした。

「いくら本が好きでも不自然すぎると思った。
妙に色々と知っていたのはこの為だったんだ。
地縛霊が見えるんだね、、、。」

そう言って暗がりから出てきたのは、ラベンダーであった。

ラベンダーは、マーシャを真っ直ぐに見つめて話した。

「メイデン・ギャラクシアは、
魔法物理学を創り上げた科学者の父であり、
更にはその子孫は閉鎖後に魔族となった。。。

魔法遺伝子が注入された受精卵は、、、彼の子孫の物だった。。。

それをお伽噺のように描いた絵本があったのね。
著者は、魔界から生還した唯一の人間の代筆者と言われてる。

でも絵本はお父さんが忌み嫌われる所で終わってる。
今、あんたが絵本の続きを語れた理由は何?」

その理由とは、辺りの得体の知れぬ視線を、暗に示していた。

「色々と教えてくれる存在がいるからだよ。」
マーシャは言った。

「ここは危険なの。
魔物でも人間でもない、正体不明の何かが潜んでいるから。
それに規則を破れば、長老の逆鱗に触れるよ。」

マーシャは、「そうだよね」と笑ってから、
いつものおっとりとした口調で言った。
「魔物は実態が無くても、みんなに共通の姿形に見えて、物質としての触感まである。
存在する公の幻覚みたいなもの。
でもね、
実態もなく、存在さえも気づかれない、けれど心がある何かはいる。
見える人間が、関わってあげなければ、その心は誰が救うの?」

「公の幻覚とは、上手いこと言うね。
あんたは修道女にでもつもりなの?」
ラベンダーは肩をすくめて砕けた口調でそう言ったが、
すぐに厳しい目付きになった。

「二択の内どちらかを選んで。
ここに永遠に死ぬまで居座るか、永遠に立ち入らないか。
行き来するのは、許されない。
他の学生も危険に晒しかねないから。
前者だとしたら、食事と簡易トイレくらいは持ってってあげる。」

マーシャは、ハーフアップの長い髪を手にして言った。
「入浴は許されますか?」


長老とは?

あの事件から、半月ちょっと経った。
エリカの体は、注射のおかげか、思ったより怪我の治りが良く、
ベッドから起きても普通に生活出来るようになっていた。

魔法の影響からだろうか。
遥か上空をいく雲の上でも、季節は巡る。
木々はいつの間に、葉を黄色や赤色に変えていた。

落ち葉が風に舞い散る中、
洋館を背景に、
タイル張りの地面を行き交う生徒や職員。
みな、表情が暗い。

掲示板に張り出された施行状を見たからだ。

エリカは、マリアと共に歩きながら、その内容について不安を吐露していた。

「成績上位者に血液検査を義務付けって、、、。
お妃様は一体どういうつもりななでしょう。
何の意図があるのでしょうか?」

「かつて行われていた魔女狩りを彷彿とさせます。
魔女狩りでも、血液検査が行われていました。」
珍しく、マリアが意見を言った。

「魔女狩り、、、、、、?
皇族以外にも魔族がいるということでしょうか。」
エリカが目を丸くして言うと、「分かりません」と言うマリア。

「とにかく、成績については、調整するしかありませんね。
ま、、まぁ、私は、そんな必用はありませんけどね。」
エリカは辟易として言った。

その時、知っている声に呼び止められた。

「もう随分と歩けるようになりましたね。」

見ると、
1人、ベンチに座っている人物がいた。

フランチェスカである。
背もたれに背中を預け、脚を組んでいる。

中々様になる格好だと思いつつ、
「お陰様で」と返す。

フランチェスカは、すっと立ち上がって言った。
「では、行きましょう」

「?」
またもや唐突な指示が出た。

「料理の手伝いです。」
そう言うと、
フランチェスカは、ポケットから手を出しつつ、何やら紙を取り出した。

「あの囚人さんが、子ども2人を手玉にとって聞き出してくれました。
厨房にとある魔法写実画があります。
そこには、人間だった頃の長老が写っていたそうなのですよ。
残念ながら、魔力がないと見えない。
あの酵素も全てあなたにあげてしまいましたからね。」

「すみません、、、。」

エリカの謝意には一切関せずにフランチェスカは聞いた。
「酵素の効果は役に立ちそうですか?」

そこまで言われて、彼女の要求に気づいた。
酵素は魔力を生み出す。
それで魔法写実画を探せというのか、、、。

「酵素の効果は、怪我の治癒の力に全てもっていかれたと思いますよ。
それに、魔力だけじゃ魔法は扱えない。
魔力の使い方は、4次元計算しないと分からないはずです!」

「それでも可能性にかけるのです。」

「、、、」
またもや無理難題を突きつけられてしまった。

「承知、致しました、、、。」
渋々返事をする。

その時、ふと思い出した。

「あ、その長老なんですが、、、
人間がアリのようだと形容していたようですよ。
すみません、、、報告遅れました」
エリカが縮こまりながら言った。

フランチェスカは暫く考えた末に、指で上を指し示した。
「拝見するには、、、展望でしょうね恐らく、、、
アリからしたら巨大な人間。
その全体像を把握出来るのは、展望した時だけ。」

あっさりと謎が解決してしまった。
エリカはその考えに納得しながら呟いた。

「アリは何も分かっていないでしょうがね、、、。」

「例えですよ。」

「分かっています、、、
しかし、、、と、いうことは、長老というのはとても巨大な存在だということでしょうか、、、。」

エリカが言うと、フランチェスカは「そういうことになりますね。」と答えた。

巨大な、そして偉大な長老の姿を思い浮かべる。

すると、ふとある考えが浮かんだ。
「もしかして、長老は魔法物理学を創造しただけではなく、
秘少石を創った科学者でもあるのではないでしょうか。」
(秘少石:魔界の扉を開き、更にはその後消失されたとされる石。)

場の空気が一瞬にして変わった。

フランチェスカは、感心したように言った。
「その可能性は、非常に高いですね。」

それから、整理するように言った。
「起きたことを時系列に沿って要約するとこうですね、、、

かつて、とある1人の科学者により秘少石が生み出された。
その石の力により魔界とこの世が繋がってしまった。
魔界から魔物がやって来るようになると、人間は悪魔と契約をし、ここギャラクシアを授かった。
ギャラクシアには、敷地内にいる者達に、人知を超えた思考力を与える魔法が施されていた。
こうして、そこで科学を研究する者達の手により、魔法物理学が発明された。。。

その秘少石を創造した人物と、魔法物理学を築き上げた人物は、同一人物、、、
長老だということですね。」

言いおえると、フランチェスカは意味深な顔で言った。
「厨房のシェフといい、ここの魔物たちは、人間だった頃の思い入れの深い場所にいることが多いのです。
長老も、然り。」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

目次にとぶ⬇️


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?