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“間”は大事という話よりも、ボイパに全力を注ぐ!…な話。

なぜこの日シュプレヒコールの話が始まったのか、そしてなぜ全力ボイパに発展したのか、もはや覚えていない。
2年近く前の話になる。

シュプレヒコールというのは、デモ等で参加者が一斉に訴えを唱える行為のことである。


ヤングのデモ
「〇 〇 は や め ろ」←拍を裏で取りながらリズミカルに言う。〇〇にあたるのは、その時の政権トップの名前など。
あるいは、SEALDsに見られるような英語の早口言葉みたいなやつ。BBAには聞き取れないし、決して詠唱できない(;´Д`)
どちらもまるで若者音楽のようなノリ。

※SEALDs (=自由と民主主義のための学生緊急行動)
2015年~2016年に活動していた学生による政治団体。

これに対して、ミドル・シニアのデモは…

「〇〇政権(謎のがある)は~んた~~~い」

娘「このの意味が分からない。」

私「いやいやいや、あの英語のとか、あのリズムで行進できないし。」

娘「いやいやいやいや、こうやってノリながら歩けるっしょ。」

やって見せる娘。何やら英語のシュプレヒコールも唱えてくれる。
え?何その得意顔(゚∀゚)

私「え?今何て?」

まぁ、何度聞かされても聞き取れない。
SEALDsが活動していた頃は、私だって5歳も若かったわけで、その時ですら聞き取れてないんだからね。

まぁでも、は~んた~~~い も、それで行進はできそうにないけど(;^_^A


そして話はその【】についてに移っていく。

私「日本には古来から音符にできない【】があるんだよ」

これを聞いて、あぁなるほど という顔をした娘、いきなり奇声を上げる


娘「ピヒー ピリヒー」

私「 Σ(θДθ!! 」

娘「ピーヒー」奇声

私「ナニソレ?…なんか…笛的な?雅楽?うん、まぁ、上手いね、ボイパっつーヤツですかね?」


娘「ぬぉぉぉおおおぉぉ」奇声

えっ?なんか唸り始めた。呪術? いや、詩吟?詩吟なのか?!

娘「んあー、あ、むあーーー」奇声
娘「ピー、ピー、ピーリヒッ」奇声

私、大学生の奇行をただジッと見守り中(笑)


娘「昔、お母さんがやってたお囃子みたいのだよね!」

あっ!?何?何の話してんの???
全てが唐突過ぎんのよ(゚∀゚)

奇声(ボイパ?)に圧倒されて分からなくなってたけど、何の話してたのかを思い出す。

シュプレヒコール



奇声

ハッ!!Σ(゚∀゚

か!!(笑)


私は小学生の頃から12~13年、地元の祭り囃子に携わってきた。
それだけ長く関わる子がほとんどいなかったので(部活などを理由に辞めてしまう)、
私、妹、幼馴染(私とは祖父同士が従兄弟)の3人が、言ったらエース的なポジションでやっていた。

祭り囃子は、一般的な呼び方で言うと、
大太鼓、締め太鼓、篠笛、かね
でなっていて、いわゆる楽譜というものは無くて、口伝えで覚えていた。

それが、娘が熱く声出ししていた笛の音である。

ピー、ピリヒ、ヒャオロ みたいな感じで、やったことのない人からしたら、
それでどうやって覚えられるんだ?と思われるかもしれない。

太鼓も同じで、大太鼓は ドドスコ とか、ドドンガ とか。
締め太鼓(小太鼓)は テンテン とか、テンステレン とか、テンステレンツク とか。

日本の伝統的な楽器は、西洋の楽譜で表さないものが今でもあると思うのだけれど、
五線譜と音符にすれば学校でも少しは習うし、誰にでも取り組みやすいはずなのに、それをしない(してる場合もあるかも…)。

まぁ、伝統ってそういうものかもしれないけれど、結局のところ

音符にできない【】の存在

があるからなんじゃないのかな と思っている。

よく「が悪い」とか「が良い」とかっていう言葉を使うと思うのだが、
日本人というのはこの【】というのを大事にしてきていて、とりわけ伝統芸能の世界ではそれがあると思う。

ネットを検索していて見つけたページに、「とは空間」であるということが書かれていた。

単純に言ってしまえば、空いている場所・空いている時間ということになるのだけど、
音符のようにきっちりと決まった大きさ・長さではなくて、

その時その時に一番心地よく感じる空間

それが、日本の伝統芸能における【】なんじゃないだろうか。
なので当然、音符に当てはめることはひじょうに困難なのだと思う。


そしてこれは昔から考えていることなのだけれど、

ってのは呼吸

ということ。
呼吸って一定じゃない。でも自然と良いタイミングで行われている。
誰かと何かを一緒にやるときにピッタリとうまくいくことを「息が合う」というけれど、
この時の「息」こそが【】なのだと思う。

音符にした場合、たぶんまずはキッチリとそこに合わせて演奏することが求められると思うのだが
(ズレることもあるだろうけど、それは指揮者が導くのかな???)、
日本人の感覚として、空気を読むじゃないけど、空間である【】を読むことの方を、
大事にしてきたということなんじゃないだろうか。


ミドル・シニアのデモのシュプレヒコールの、若者には理解できない謎の【】の話から、
私が大好きで続けていた祭り囃子の【】の話を、まさか娘が思い出してくれるとは思ってもみなかったので、
驚いたし、ちょっと嬉しかった。
そして…そうだよ!その通りだよ!我々は【】を大事に生きているんだよ!
と、この【】についての個人的な見解を熱く語ってみたのだが…

やっぱり
「〇〇政権(謎のがある)は~んた~~~い」
の【】は理解できないそうだ(^▽^;)

そして、私のそんな話には割と上の空で、いかに楽しく奇声(ボイパ)をあげれるかにご執心の娘であった。

ちなみに、ぬぉぉぉ とか んあー とか唸ってたのは詩吟ではなく、お囃子だと分かった時に、木遣りのことだ!と気づいた。

木遣りというのは元々は、木を運んだりする時の音頭取りの歌で、祭礼などによって伝えられてきている。


というわけで、2020年5月9日のTwitter投稿のスピンオフ
「“間”は大事という話よりも、ボイパに全力を注ぐ!…な話。」
でした。

祭囃子の楽譜(口伝え)、こんな感じです↓


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#どうでもいい話 #スピンオフ
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