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忽湧 6/26 「宙掌」

取引先の方が面白い話をしてくれたので、脚色しつつ載せさせていただきます。

私が七歳の時。飛行船に乗せてもらったことがあるんですよ。
大きくて真っ白な飛行船。くじらのお腹みたいだ。なんて思いました。
中も広くて、映画でしか見ないような赤絨毯、金色で煌びやかに装飾されたシャンデリア、白いシーツの敷かれたテーブルの上で照ったご馳走。
とにかくワクワクして。ここが楽園なんだ。天国ってこうなんだな。
そう思いました。

ただ、やっぱり人が多いんでね。私は母とはぐれてしまったんです。
いつもなら私がふらっとどこかに行こうとすると母は止めてくれたんですが、緊張していたんでしょう。
私はすぐに迷子になってしまいました。

先程まで楽園のように感じていた会場は、一気に輝きを失いました。
着飾った人々はこちらに目をくれず、ただただ笑っているだけで。

そんな時、一人の女性が声をかけてくれたんです。
30代ほどで、ふくらはぎの中間ほどの丈のレースの入った黒いドレスをきていたと思います。

「こっち、こっち。」

私は彼女のことを知りません。ですが子供からすれば、大人は自分のことを守ってくれるものですから。
ああ、よかった、母の元に行けるぞと。安心して。
彼女は私の手を引いて、どこかに連れて向かって歩いて行きました。
ただ、母の元に行くのではなく彼女は会場を後にして。
あ、迷子センターに行くのかな、なんて思ったんですが。
それにしては、通っている通路がおかしいと思って。

ナットが剥き出しで、階段の間に隙間があるような。
非常階段のような、そんな感じです。
お客さんが通常使うような通路ではなかったと思います。

ああいうのは火災の時に逃げられるように、金属製じゃないですか。
だから歩くたびに、こん、こん、こん、と靴の音がなるんです。
でも、その女の人からはそういった音がしなくて。

足を見るとね、裸足なんですよ。
びっくりして、改めてその人を見ると、ずぶ濡れなんです。
手も、粘っこいものがくっついていて。不快で。

ゾッとしましたね。これからどこに連れてかれるか、
わかったもんじゃないぞと。

「あの、もう大丈夫、1人で大丈夫。」

そういうこと言ったら、まあこういう怖い話なんかじゃ、化け物に変わってさらに手を引いたりすると思うんですが、そういうことはなく。

「あっそう。」

それだけ言って手を離してくれました。

早く逃げないと。そう思い、きた道を早足で戻りました。

「ざんねーん」

あの女の声です。

振り返ると、女が手を振っていました。

「ざんねーん」

抑揚がなく、録音した音声が繰り返されるような。

女はこちらを馬鹿にしたような、ニタニタとした笑みを浮かべながら。

「ざんねーん」

手のひらを大ぶりに、大袈裟に振る舞うように、手を振り続けていました。

気味が悪いので、やっぱり、そそくさと逃げました。

それから、特に問題なく、飛行船のツアーは終わりまして。

ただね、今になっても、空を飛ぶもの、鳥とかは平気なんですけど。

飛行機とかヘリとか。そういうものが手のひらに見えるんです。

なんなんですかねこれ。




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