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忽湧 6/27 「義実家の栗きんとん」

お正月に、夫の実家へ挨拶に行ったんです。
夫は岐阜の山奥の人で、東京から遠くて。
なので毎年一回しかお義父さんやお義母さんと会わないんですよ。
その話を友達にしたら羨ましいとか、うちは姑の方から家に来るからうざいとか、色々言われるんですけど。
私は年に一回の訪問が嫌で嫌でたまらないんです。

いや、別にいびられるとかでは無いんです。
むしろすっごい優しくて。
この前、妊娠したと伝えたら、家に育児セットとか、妊娠中に気をつけることのメモとかが包装されて届いて。
でも。
義実家はなぜか荷物と一緒に栗きんとんを送ってくるんです。
いや、栗きんとんなのかどうか、私にはよくわかりません。
見た目は栗きんとんなんですよ。
クチナシを使っているのか、綺麗な黄色で、ねっとりとして、ちゃんと練り上げられてて。
でも匂いがひどいんです。魚くさいというか、血生臭いというか。
夫は「これは食べなくていいから」と言って捨てるんですけど。

でも、やっぱ目の前じゃ捨てられないじゃ無いですか。
だからお正月は、絶対にこれを食べなくちゃいけなくって。
他のおせちは美味しいんです。お義母さん、昔料亭で働いてたことがあるくらいの人なので。

「好きやろ?ほうれ。」

そう言ってお義父さんは、絶対に私のお皿に栗きんとんを乗せてきます。
普段は穏やかな人で。お盆になると、夏にとれたみかんと、朗らかな笑顔の写真を送ってくれる方なんですが、
正月の、おせちを食べる時にだけ、わざと歯を見せるようなぎこちない笑みで話しかけてくるんです。
もうこうなったら食べるしかないんです。

私が食べるまで、何も言わずにこっちを見てくるんですもの。
お義父さんも、お義母さんも、夫も。
岐阜の、さらに山奥なんでそりゃあ静かで。
耳が引き攣るような静けさで。耳鳴りがして。
無理にでも食べなければいけないんです。

口に入れた瞬間、匂いで喉の奥から胃液がこみ上げてくるのを感じます。
練られた芋は、なぜかジャリジャリして、何か草のような繊維が歯に絡んで。
栗は口に入れると腐っているように柔らかく、ぐじゅぐじゅと崩れていきました。

すぐにトイレを借ります。
吐くなというのが無理なものです。

この後、決まって私はトイレで20分ほど時間を潰します。
初めて家に来た時はすぐ戻ったんですけど。

あの年の正月、トイレから出てギシギシとなる、冷たい廊下を歩いて居間に戻ると。

夫が栗きんとんをがっついていまして。
おえっ、おえっ、と苦しそうに。えづいて。
泣いているんです。でも苦しいからじゃなくて、
嬉しそうなんです。

「おお、食え食え。」

「あんたこれ好きやもんねえ。」


気持ち悪い。

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