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西川美和著「永い言い訳」(文藝春秋)

「小説」の面白さまでも気づかせてくれる映画監督・西川美和さんの重層的な構成の物語。映画も原作小説もナイーブな部分を参照してくる。

読んでから観るか、観てから読むか、映画の原作小説はいつも迷ってしまう。『永い言い訳』の小説も本木雅弘さん主演で映画になった。今回、わたしは映画を先に見てから原作小説を読むことにした。

この作品、映画と小説は「別物」だった。映画を見終えた後に原作の小説を読むと、頭の中で映画のはなしをなぞる感じがある。けれど、今回は全く違った。

ふた作品とも同じ内容の物語ではあるけれど、映画は俳優たちの表現力に魅せられ、小説は小説ならではの醍醐味があり、その差がとても面白かった。神は細部に宿ると言うが、小説というメディアの中にその意味を見つけることができた。

ストーリーは、小説家津村啓(本名 衣笠幸夫)が、妻を突然の事故で亡くしたところから始まる。夫婦関係が冷めていた津村は、妻を亡くした悲しみをどう捉えてよいのかわからず揺れる。その中で、同じように事故で妻を亡くした家族との交流を通し、人生を見つめ直していく話だ。

映画は本木雅弘さん演じる津村啓を中心に展開するが、小説は各章により人称がばらけたり、物語の視点が場面ごとに変わったりと重層的になっていた。あまりこのような構成の小説は読んだことがないので新鮮。

何より冒頭がすごい。映画を観ているので「そのシーンから始めるのか」という驚きに惹きこまれてしまう。

同じ話でも角度が変われば、また受け止めかたも違うのか。話は結末まで知っているけれど、真っさらな気持ちで読み進められた。夢中になりすぎて、ページをめくる手が止まらなくなったほどに!

小説の文言は、すべてリズミカルで、つい声を出して読んでみたくもなった。妻の残した言葉が出てくるのだが、役者気取りでつぶやきながら読んでみると胸が張り裂けそうになり、いたたまれなくなった。この小説は、わたしのナイーブな部分を参照してくるくらいリアルの越境感がある。

第28回山本周五郎賞受賞、第153回直木賞候補作。西川美和さんは、映画監督・脚本家としても素晴らしいが、小説家としても期待を裏切らない。天は二物を与えることもあるようだ。

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