ユン・イヒョン著「小さな心の同好会」(亜紀書房)
リアリティのある社会派小説、ファンタジー、SFと、一冊の中にジャンルやテイストの違う11の短編小説がぎゅっと詰まっていて読み応えあり。物語の結末はいい意味で裏切られ続け、読了後はせつなさと痛みが残る。
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お菓子の詰め合わせパックが好きだ。いろんな味が交互に味わえるから、最後まで飽きずに食べられ、欲張りなわたしにはぴったり。
この短編集『小さな心の同好会』は、まさにそれに似ていると思った。喩えて言うならば、物語のバラエティパック。リアリティのある現代小説から、ファンタジー、SFとジャンルもテイストも違う短編小説が11作品、ぎゅっと詰まっている。色々な話があって読み応えがある。
内容も一筋縄ではいかないから、予定調和では進まない。女性同士のカップルの話や、性同一性障害を巡る家族の話、性的被害を受けた女性の告発の話、戦うドラゴンが出てきたと思ったら、異星人やロボットの話まである。
ひとりの作家が、これほどまでに多岐に渡った趣向の作品を書け分けるものなのかと、著書のユン・イヒョンさんに興味がわいた。
思えば、はじめての韓国文学だった。チョ・ナムジュの小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房、訳・斎藤真理子)がベストセラーになり、韓国文学やフェミニズム文学が注目されていて気になってはいたが、わたしは波に乗り遅れてしまい今に至る。今回、はじめての韓国文学、フェミニズム文学だったが、気負わずに純粋に楽しめた。古川綾子さんの日本語訳も素晴らしいのだと思う。
収録されている作品の中で好きだったのは「四十三」と「これがわたしたちの愛なんだってば」だ。
「四十三」は、母をがんで亡くした主人公が、性適合手術を終えた弟と再会する短編小説。43とは主人公の年齢のことで、親の死というライフイベントや40歳を越えた自分自身のこと、弟の生き方などを振り返りながら、家族や性、人生について立ち止まって考える話だ。姉と弟のセンシティブな会話がいい。
「これがわたしたちの愛なんだってば」は、異星人?に拉致されてしまった男性が、辛酸を嘗める話だ。男性と女性が入れ替わり、立場を違えたことで今まで見えなかったジェンダーバイヤスに気づく、なんて設定はよくあるけれど、人間ではないものの介入による物語設定は巧妙で唸る。かなり辛辣で、読後感は決して爽快ではないけれど、シニカルな中に現実が透けて見えてドキリともした。
「ニンフたち」はやや難解。実験的な文章スタイルにおおいに戸惑ったが、それを面白がれるひとは目から鱗で、忘れ難い作品になるだろう。
全体的には、互いに分かり合えないせつなさのようなものが漂っていて胸に痛みを覚えてしまう。でも、互いに辛さを抱えながらも、粛々と生きていかねばならないという気持ちにもなる。ゆるやかな連帯、という言葉をよく聞くが、それを問われている気もした。
どの作品も話の結末にいい意味で裏切られ続ける。一冊読み終えた後は、腹づつみを打ちたくなるくらい、満腹。
ただひとつ残念なのは、これだけ惹かれた著者のユン・イヒョンさんが、現在、作家活動を中断されていることだ。
とりあえず過去の作品を読んでみたいと思う。
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