家出して起きた変化

おはようございます。ちょっとだけ家出してたのですが、そのおかげで起きた変化を書いていきたいと思います。

今まで、路上生活しているホームレスを見かけたら、臭いけど明らかに嫌な顔をするのは悪いことだって思って、素早く、何事もなかったかのように傍を通り過ぎるようにしていました。

お金が有限な状態で家出してみたら、寝るためだけにお金を使うのは勿体ないと感じて、路上生活したくなる気持ちがほんの少しわかりました。天気が酷すぎたり、蚊がいたり、友達からやめとけって言われたりしたのでけっきょく野宿はしませんでしたが、しようとはしていて、フラットなベンチや、寝転がれそうな場所探しをしていました。土管のある公園とか無いかなー、とか。街の中心部に近づくにつれて、ホームレス対策と思われる、仕切り付きのベンチが増えていって、差別は無言で行われてゆくものだなと感じました。そもそも路上生活者の視点がないのかもしれませんが。この時期(8月)は天気が急変することが珍しくないので、雨の凌げる場所があると拍手したくなりました。

今日見かけた路上生活してそうなホームレスは、雨がしのげる場所、なおかつ街の中心部から少し離れていて通報されにくそうな所にいて、心の中で「おっちゃんいい所見つけてる!プロすごい!」って、本心から思えました。そりゃ家があるに越したことはないし、みんなそうなればどんなにいいだろうとは思うのですが、路上生活にはその道のやり方やコツがあって、それはそれでスリルとか、ワクワクとかがあると思います。長期間それができるのは体がある程度強くないと難しそうだけど。

それに、臭さへの嫌悪が薄れたように思います。ホームレスをしていない多数の人間はあまりにも浄化された世界にいて、臭さがもともと自然の中にあるものだということを忘れているから、臭さを嫌うんじゃないかと思いました。自然でもなんでも、その綺麗なところだけを抽出してお金儲けの道具に使ってしまうのが今の社会だと思います。それはいやらしさが伴うことだけれど、同じ環境にずっといると、そのいやらしさに気づけなくなるのかな。

家出してみて、シャワーだけできるような施設や場所の希少さに気づきました。たしかに家がある人はこんなものに需要はあまり無いと考えそうです。温泉があるじゃないかという意見もあるかもしれませんが、なるべくローコストで生活を送るのがホームレスのやり方と考えると、浴槽が無い、ただのシャワーが、ホームレスにとっては気軽な気がするのです。

今の社会はお金儲けが至上の課題とされているから、本来無料であるべきものが有料で、しかも税金が課されていることが殆どです。たとえば、食べ物はなければ死んでしまうものの典型ですが、無料の食べ物は炊き出しやゴミ箱の中くらいにしかない。これって、凄く冷たいな、って思いました。働かない人は人間じゃない、税金を納めない人には生きる資格がない、と言っているようで。去年だったか、この話題で炎上している人もいましたね。(遠い目)

ホームレスがいるところや、喋っているところなんて滅多に見ないのですが、あの人たちも、当たり前だけど1人の人なんだよなって思い出せたので、家出してみて良かったです。



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