御命いただきます〜ワーホリ養豚場で感じた大切な事〜
私は今ワーキングホリデーにてオーストラリアで生活中
仕事も見つかり養豚場で働いているが、この仕事は畜産業で命を扱う仕事。命に関わるが故、普段生活するよりも強く感情に振り回される事が多々ある
私たちは日々命の誕生に感動し、命が絶えゆく姿に哀しみ、そして時には心が擦り切れる感覚に陥ったり
養豚場で働くようになって同僚からよく聞かれるようになったこと
「お肉、豚肉は食べられるかと」
聞き方としてはベジタリアンかどうかや宗教的な聞き方とか少し違った表現だった為、なんとなく違和感があったのだけれど、その違和感もすぐ分かった。
それは私より先に働いていた友人の1人の話を聞いてからのこと。その友人は養豚場で働き始め豚と関わってから豚肉は食べられなくなったと言っていた。
その気持ちはとても理解できた。
なぜなら今まで自分がお世話し見守って来た懸命に生きる子豚達が大きくなり、屠畜され、スーパーに商品として陳列される。
今まで食べていたお肉の本来のルーツを初めて目の当たりにした事で感じたものがあまりにもショックだったんだと思う。
その為新しく入った私にみんな口を揃えて私に聞く「ここは期待していた通りだったか」と
実際その質問に答えるには私も“NO”と言える
生まれてくる子豚に生を感じるほど死を考えてしまうなんて残酷すぎると思うから
実際私はここで働くよりも前からこの残酷さを知っていた。なぜなら私は畜産を学び経験し命と向き合った事があったから
経験者とて全てを受け入れる事が出来るかというとそうではない。少なくとも私はそう思うしそうだった
畜産を学び始めた当時、私も彼らと同じ感情に何度も陥った。ある授業では解剖の授業があって鶏の御命いただいて身体の仕組みを学ばせてもらった。私はその授業以降お肉がしばらく食べれなくなり、ある匂いを嗅げば記憶が蘇り吐き気までした。いわゆるトラウマになっていたと思う。
今となっても思い出すし、正解も不正解もないけどこの経験を経たお陰で本当の意味で命と向き合えるようになったと思う
考え、感じ方はその時々で変化するものであるけれど、大前提として私は
お命いただく、その意味を理解し感謝をする
食事する時にはこれを常に持つようにしている。つまり命と向き合う。
せっかく日本には「いただきます」「ごちそうさまでした」と素敵な感謝を表せる言葉があるので大切な言葉だなとそれ以来身に染みて感じるようになりました。
命あるもののおかげで今の私が生きていられる
その事を意識するだけで少しだけでも動物達が報われれば良いし、食に対する考え方も変わってくるのかなとそう思ったり。
命をいただく有り難さ、こんな貴重な経験をした私から沢山の人に伝えたい。
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