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哲学?政治? ハンナ・アーレント『人間の条件』

最近、哲学書を読み通せなくなってきた。
読みたいと思って買っても、毎回寝てしまう。
ハンナ・アーレントの『人間の条件』もそう。お風呂で読んでいたら、うとうとした拍子に湯船に本を落とし、哲学書をお風呂で読むのは絶対にやめようと心に決めた。

アレント

シワシワになった…ほんとごめん…

そんなアホな私だけでなく、そもそも、大抵の人が最初の一行で躓くと有名なハンナ・アーレントの『人間の条件』。これを皆で読もうという催しが近所で行われるというので、参加してきた。

会場は、ホテル精養軒。何を隠そう、うちの空太郎の初節句でもお世話になった思い出の場所。地元にお金を落とすためにも、本日は食事付きのイベント。サロンのような雰囲気もあり、いいですね。

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個々にパーティションで区切られて、感染対策もばっちり

本日の講師

千葉大学名誉教授 佐藤和夫先生が講師役を務めてくれる。くどいようだけど歩いていける場所で(ここ大事)ハンナ・アーレント研究の第一人者の話が聞けるなんて、参加しない理由はないでしょう。

佐藤先生は元々、美学に興味があって大学に進学した。哲学は嫌いだった、とのこと。
ハンナ・アーレントの『精神の生活』のはじめに「自分は哲学者だと思っていないし、哲学者と呼ばれることを全く期待していない」と言うようなことが書かれていて、親近感を感じた。その後にアイヒマンのことが書かれていたが、その理論に一気に引き込まれたという。

アイヒマンは普通の官僚だった。上層部からの命令だったから、という理由でユダヤ人の虐殺も淡々と実施した。何も考えないから600万人殺した、という理論が通るのであれば、考えればいいのではないか。人は思考によって、巨悪から逃れることができるのか、と。だが、その答えは「yesではない」というようなことが、1ページ目に書いてあった。これは研究してみたい、と思ったのだという。

戦争に協力した哲学者はいっぱいいる。よく考えている人が戦争に加担するというのはどういうことなのか、などということを疑問に考えていた先生は、日本で事実上忘れられかかっていたハンナ・アーレントの翻訳をすることにした。

7年かかかって翻訳した原稿を、天下のI書店の名編集者が読み始めて3分後には寝てしまったという。
ほら、私だけじゃない(笑)。

ちなみに、売れないだろう、と言われたこの本は、半年で5刷になったのだそう。

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「演劇も大好きです」という佐藤先生

ハンナ・アーレントという人

ハンナ・アーレント(Hannah Arendt、1906年10月14日 - 1975年12月4日)は、ドイツ出身の哲学者、思想家である。ユダヤ人であり、ナチズムが台頭したドイツから、アメリカ合衆国に亡命した。のちに教鞭をふるい、主に政治哲学の分野で活躍し、全体主義を生みだす大衆社会の分析で知られる。

wiki情報。

映画にもなっている。人物像を掴むためには、映画を見るのがいいかも。私もこれから観ます。

ちなみに、先生がつかみとして自己紹介で話した「女性の哲学者はハンナ・アーレントだけだと思っていませんか?実はたくさんいるのですよ」という話の中で紹介された、古代の女性哲学者ヒュパティア。女性版アリストテレスなんて言われることもあるこの人は、最終的にはキリスト教と反目したことで牡蠣の殻で体中から肉を剝がされて殺されたという。なんだそれ…全然本題じゃないけどいきなり胸倉ぐわっとつかまれたー。

いや、初っ端から面白すぎて、終始丹田の位置高め、マスク内鼻息荒めで聴いていました。


ハンナ・アーレントが難しい理由


さて、ハンナ・アーレントが難解だと言われる理由は、ずばりこうだ。ルソーなど学校で習う「哲学者」が述べてこなかった部分を扱うので、既存の知識が邪魔になってしまうから。アーレントは非常な勉強家なので、全ての言葉を吟味して使っている。つまり、既存の言葉もありきたりの意味で使うことをせず、彼女なりの研究を重ねた末の定義を持って使っている。これが彼女の本が読みにくい最大の理由なのだという。だから、何度読んでも「?」が付きまとっていたのか。

素晴らしい点は、全ての発言が、現実に起きていることと関連している。自分が現実の中で行っている活動や経験を必ず照らし合わせることができる、という点。

『人間の条件』の読み解き方

では、どうしたら冒頭の茨だらけの道を歩み進めることができるのか。先生曰く「実は冒頭から41ページまでは、この本の結論が書かれている。ただし、先も述べたように、彼女の熟考の末の結論なので、いきなり読むとまず使われている言葉の真意がよくわからない。まずは第二章『公的領域と私的領域』を読んでから戻ってくるといい。」とのこと。ふむふむ、まずは二章からと…。(メモ)

でも、この公的、私的っていうのも彼女の定義なんでしょ…。と思っていたら、「私的なことは、公的なこと、ということについては第五章に書かれている」という。ん?そしたら第五章を先に読まないといけないのか?まるで迷路じゃん!!

瞳孔を全開にしていたら、先生が五章の内容を示してくれた。「政治的動物と、社会的動物ということは同じではない。ポリティカルであるということと社会的であるということが同様だと考えるのは近代人の考え方で、社会と政治ほど隔たりのあるものはない。これはアーレントの考えではなく、アリストテレスによっても書かれている。お互いのために考えられることを政治と呼ぶのであって、利害の生じることを政治とは言わない」という。

ん?んん?んんん?となった人、安心してください。私もなりました

5→2→1と読み進め、2、3年ほどよく考えると、一章がわかるようになる。とか。ちょっと前にTwitterでドラクエはどれからやるといいですか、という質問をしていた人がいたのを思い出した…。いや全然関係ないけど…。

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DQは普通にⅠからやってほしい…

政治とは何か


自分は哲学者とは呼ばれたくないが、政治思想家と呼ばれるならば良い、とアーレントは言っている。今は人口に膾炙している「全体主義」という言葉はこの本から世界中に流布しているのだそう。それ以前にはムッソリーニがファシストという言葉を使っているが、世界的に知られるようになったのは、この本が発刊されたことによるのだとか。

そしてここでもアーレントの使う「政治」という概念は通念の「政治」とは違う。

彼女のいう政治は「市民運動」を指す

先生が言うには「〇〇市〇〇区」という「行政区」を統治することが政治ではなく、〇〇区で人々が一緒に文化と生きる営みを作って行こう、というのが『政治』。そして、どうして近代人はこのことを忘れてしまったのか、というのがこの本のテーマ」。

がっちょーん。(死語)
私たち、ひょっとしたら本日ここで政治を行っていたのね!?(そういえば、政治もこういうごはん食べながらやるもんね?)

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政治家だって会食しながらいろんなこと決める(今はちょっとあれだけど)

政治は現在、行政及び統治に関わることだと思われている。しかし、私たちが共同の生き方を考えていくことこそが政治なのだ、とハンナ・アーレントは解く。『人間の条件』第五章の中の公的、私的について書かれた部分(P.320)を声に出して読む。(みなさんもよければ声に出してね)

正確にいえば、ポリスというのは、ある一定の物理的場所を占める都市=国家ではない。むしろ、それは、共に活動し、共に語るというこの目的のために共生する人々の間に生まれるのであって、それらの人々が、たまたまどこにいるかということとは無関係である。「汝らのゆくところ汝らがポリスなり」という有名な言葉は単にギリシアの植民の合言葉になっただけではない。活動と言論は、それに参加する人々の間に空間を作るのであり、その空間は、ほとんどいかなる時いかなる場所にもそれにふさわしい場所を見つけることができる。

歴史とは何か

先生は、さらに「歴史」という言葉に話を広げた。歴史とは何か。「そんな難しい質問を…と思いながら、私が思い描いたのは「起きたものごとを記述すること」だった。

先生の答えはこうだ。

1:何か物事が起きること
2:それを語り継ぐこと

アーレントは、「私の語る歴史」と、世界の歴史との関係を本気で追求した人、なのだという。

ちょっと待って。
私たちが昨年やったKATARIBE JAPANの舞台作品『語り継ぐ女性の身体』の主要なテーマと、ほぼ一致するじゃない!!あれは、語り部・艶子さんの「私的な歴史」を語るところから始まって、古事記にさかのぼり、そして与謝野晶子の「私の歴史」を語ることで、現代の女性の在り方を問う、という流れだったのだが…。

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昨年の舞台の記事を引っ張ってきてみた



私たち、歴史をしてるんですねー!(とまた一段とマスクの中の鼻息が荒くなる…!!)

先生も私たちが「語り部の活動をしています」なんて言ったもんだから、意識してこっちを見ながら「ですから、語り部が語ることが大切なんです、そうしないと、歴史にならない」と言っていた。

いよいよ第二章を読み進めていく

さて、ここまでで本読みの会は2時間以上経過しているのだけれども、ようやく、第二章の冒頭「4 人間ー社会的または政治的動物」から読んでいく。(このタイトルに使われている「または=or」ですら、意味の再定義が必要だというのだから、そりゃ一人では読み進められないわ…)

第二章の冒頭を引く。

〈活動的生活〉とは、なにごとかを行うことに積極的に関わっている場合の人間生活のことであるが、この生活は必ず、人びとと人工物の世界に根ざしており、その世界を棄て去ることも超越することもない。ものと人とは、それぞれの人間の活動力の環境を形成しており、このような場所がなければ人間の活動力は無意味である。とはいえ、この環境、私たちがそこに生まれてくるこの世界は、製作された物の場合のように、それを作った人間の活動力なしでは存在せず、また、耕作された土地の場合のように、それを保護する人間の活動力なしには、存在しないだろう。人間生活は、たとえ自然の荒野における隠遁生活であっても、直接間接に他の人間の存在を保証する世界なしには、不可欠である。

活動的生活」というのはとても大事な概念。ドイツ語でこの作品が書かれたときにはこれが本のタイトル(「独題:Vita activa oder vom tätigen Leben」)になっているくらい。「英題:Human condition(人間の条件)」はアメリカで出版されたときに編集者に提案されたタイトルなのだという。

ヨーロッパの文化では、近代に入る前はキリスト教がとても影響力があった。聖職者が権威を持ち、世俗のことには心を向けず、あの世のことに心を預けなさいという考え方。思索すること、世の中を眺めることがとても大切だった。人間とは何かということを常に考えている聖(ひじり)の方が徳が高いという考え方が普通。その頃生活といえば「観想的生活(contemporative life)」>「活動的生活=動物的生活」という図式だった。近代になってそれがひっくり返る。

ルネッサンスに入って、この世というものを肯定する動きが生まれた。物流の交流、生産量の増大、資本主義の形成によって「活動的生活」の方が大事なのではないか、と言われるようになった。ここが近代の最大のポイント。たくさんのものを作り、豊かになれば、人間の生活はよくなるのではないかという考えが起こる。

富を作る社会を作るためには、どういう統治システムがいいのか、ということを考える人たち(マルクスを始めとする思想家)が世に出始める。

だが、マルクスは資本論の第一巻を書いた時から既に、この長大な理論が、富の成長曲線がいつまでも止まらないという仮定のもとでしか成立しないことを知っていたという。そして、アーレントはマルクスの批判をすることになる、敬意をこめて。それが「労働」について書かれた第三章の冒頭に現れている。

第三章 労働
以下の章では、カール・マルクスが批判されるであろう。これは不幸なことだ。というのも、かつてはマルクスの思想と洞察の大きな宝庫から公然隠然と多くのものを借りて生計を立てていたあれほど多くの著作家たちが、今では、職業的な反マルクス主義者になろうと決意しているのだから。しかもこの過程で、あるものは、マルクスが何世代にもわたって著作家たちを養ってきたことを差し置いて、カール・マルクス自身は生計を立てることができなかったということを発見したことさえあったのであるが。こういう厄介な立場に立たされると、どうしてもルソーを攻撃せざるを得ない羽目に陥ったとき、バンジャマン・コンスタンが述べた言葉が思い出される。「私は、偉大な人物を中傷する人たちの仲間にはどうしてもなりたくない。たとえ一点でも彼らと意見を共にするようなことがあれば、私はまず自分が間違っているのではないかと疑うだろう。そして、彼らに同意したように思われる場合、自分を慰めるために…このような誤った友人たちを拒絶し、できる限り彼らを遠ざけておかなければならないと思う」。(『人間の条件』P.133)

アーレントは「マルクスは経済を統治するシステムとしての政治を考えてくれたが、ポリスとしての、人間が語り合い文化を共有するための政治について何も書かなかったことは批判されるべきである」と述べる。「活動的生活」とハンナ・アーレントがいうとき、それは「働く」という経済活動ではなく「文化を作り、共同で語り、話し合うこと」を指す

以下は、ポンポンと参加者からの質問が飛び、それに対して先生がパラパラと語った中で印象的だった部分の抜き書きである。そのため、まとめにはいたらず、次回を楽しみにすることになる。

現代の世界経済というのは、同一の市場の中で競争しなければいけなくなっている。外国との貿易によって生きようとする限り、私たちの経済というものは、もっと売れるか、売れないかという議論の中で翻弄される。単一の国家の中で経済活動を行おうとするならば、それは潰れていく運命にある。(ギリシャが潰れた理由は、官僚たちが私腹を肥したからだけではなく、国民の二割が公務員であったから。)
現存の競争レベルで終われるのであれば、労働時間は減らせる。でも競争がある限りは労働時間は減っていくはずもない。
社会主義国の内包する一番の深刻な問題は、批判的勢力が存在することが許されないというところ。官僚が権力を持ち、腐敗する構造を持ちながら、それを批判することができないというところ。

というわけで、あっという間に3時間が過ぎてしまった。アーレントを読み通せたわけでもなく、その入り口に立って深淵を覗いただけ、という印象だが、非常に刺激的な3時間だった。なにこれ、いま必読の書じゃない!

市民活動という言葉を私が嫌っていた理由が分かった。それは、つまり「政治」だったのだ。そしてそれがわかった今、逆説的ではあるが、わたしはこの言葉を毛嫌いすることはもうないだろうと思う。それとの関係の取り方は、政治との関係の取り方と同じ。それが政治なのであれば、アートとは切っても切れない関係であり、きちんと自分の立ち位置を明らかにして、意見を言っていかなければならないものだ。ようやく、アーティストと市民活動の関係性が見えてきた。


まさかの釣果にさらに丹田が上がって収まりつかなくなっているところである。思いっきり語り歌いたい。アーレントを語りたい。語れるようになりたい。

次回は3月13日に行うとのこと。予定がついたら是非また参加したいと思う。(申込はFacebookグループ『ナカテツ』へ)

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