名付ける愛、名付けない愛。

『名前は、親が子供に最初にくれるプレゼントである』…そう言われている。

私の名前はというと、平凡で、可もなく不可もなく、目立ったところもない名前だ。その時期に流行った女の子の名前ランキングに入るくらい、普通の名前。ただ、秋生まれなのに「雪」という漢字が使われていて、それくらいが『普通』じゃないところだった。

『あなたの名前は漫画からつけられたのよ』と、漫画嫌いの母は言った。父が好きな漫画のヒロインからもらったのだと。

父は言った。『いや、わしの好きなヒロインは報われなかった方だから正確にはヒロインにはなれなかったんだ』と。そのあと父と母でひとしきり小競りあっていたが、それは割愛しよう。

つまり私の名前はどうやら、父の推しヒロインが報われなかったから、『娘と共に報われなかったヒロインよ幸せにになれ』みたいなニュアンスで決まったらしい。

かくいう母にも、私につけたい名前があったそうで、それを却下されたことを結構根に持っているようだった。母は、踏まれても踏まれてもめげずに立ち上がる『たんぽぽ』の花から名前をもらいたかったらしい。

秋生まれなのに春の花か、とは思ったが、秋生まれなのに冬の季語を名付けられた身としてはツッコミようがない。

ただ、35年前に『たんぽぽちゃん』はきっと目立っただろう。当時小学生だった私にもそれくらい想像に難くなかった。クラスメイトが『幸多い子になれ』と幸多(こうた)(仮)になったり、いろんな意味を込められるなか、漫画のヒロインに当て字したものかぁと少し気は落としたものの、悪目立ちするよりはマシだった。漫画嫌いの母がよく許したものだが、父がかなりゴリ推ししてその名前に決まったようだった。(父グッジョブ)

その後も母は何かにつけて『たんぽぽちゃんとつけたかったのに』と話題をぶり返したが、父はただ黙して聞いているだけだった。

あれは成人したあとだったろうか。単身赴任している父が帰宅するタイミングで、自宅で久しぶりに家族3人集まった。わいわいと雑談し、なんの話題からか名付けについての話が出た。いつも通り母が『だから私はたんぽぽちゃんが良かったよ』と言って…そして母がいないタイミングで父は一度だけ言った。『たんぽぽ自体はいい花だけど、タンポンとか言っていじめられたら可哀想だしなぁ』と。

その一度しか聴かなかったが、おそらくそれが父が母の希望を通さなかった理由なのだろう。母が『たんぽぽちゃんが良かった』と何かにつけていうのを見るに、きっとその理由は母にも伏せられたのだ。

目から鱗が落ちたようだった。

『名前は親からもらう最初のプレゼントだ』なんて、私は信じていなかった。現に、私は自分の名前をあまり好きではなかったし、平凡で、名前に込められた願いもない。「願い」という意味で言えば、『たんぽぽ』ちゃんの方がまだ救いようがあった。踏まれても立ち上がれる強い子に、という願い。その願いを退けてまで、なぜ父が漫画のヒロインを娘の名前にゴリ押ししたかの理由を、20年以上私はずっと知らないでいた。

愛情は目に見えないと言う。名前は、親からもらう最初のプレゼントだという。私の名前には、親が望む子への願いはひとつもなく、私に取って私の名前はただ『父が好きなヒロインから取っただけ』の記号だった。

この日がなければ、私は父のわかりにくい愛情を知ることはなかっただろう。困難が降りかからないよう、平凡な名前をつけた、その見えにくい愛情を。

それ以降、その話が出ても父が同じ話をすることはなかった。




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駆け出しライター「りくとん」です。諸事情で居住エリアでのPSW活動ができなくなってしまいましたが、オンラインPSWとして頑張りたいと思います。皆様のサポート、どうぞよろしくお願いします!