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無人島一枚

 南雲のさあ、無人島一枚ってなに?と聞かれて、何のことか分からなかった。
「無人島に一枚だけCDをもっていくならなにを選ぶ?」という事らしい。
へーそんな言い方するんだ、流石、音大出は違うねえとか思いながら、さて、なんだろうと考えた。

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無人島にはCDプレイヤーなんか無いじゃんよ、とかいう無粋な話はさて置き。 無人島、つまり何にも無いと仮定した場所で最大限、自分の求める音楽、その音楽がもたらすもの。ってなんだ。

そう考えると単純に好きなアルバムを選んで良いものかちょっと考えてしまう。
その時のお気に入りはKevyn LettauのBrazil Jazzというアルバムだったが、

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「いやいや何度も聴いたものをいまさら、無人島で聴くのか」

「とは言えやっぱり聞き慣れたお気に入りがいい、」

「聴いたことない音楽で新しい価値観を発掘だ」

「買ったけど殆ど聴いてないのあるじゃないか」

「そんなもの持っていってもまた聴かないだろ」

と、考えはまとまらない、、

そこで頭を無人島の生活に切り替えてみた。最初は、ちょっと楽しいかもしれない、、そうだな、助けが来るまでの期間を1年半に設定しよう。

住みかの確保と、食料の調達、いま身につけている物を長期間活かす工夫。天候や外敵に備える、やる事は多そうだ。恐らく今までの経験が役に立たない本当のサバイバルが始まる。受験戦争を戦った、とか就職戦線を生き抜いた、とか、そういうのはちゃんちゃらおかしい話しなのだ。

やはり最初から楽しくは、ないかもしれない。

知らなかった世界に入り、生き抜く為に必死になった経験。それに一番近いのはやっぱり就職したスタジオでの修行の日々か。

その時に出会って、凄く助けられた音楽があったのを思い出した。

それは毎日ボロ雑巾のように這いつくばりなりながら働いていたスタジオで流れていた。

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優しいハーモニカの響き、懐かしいボサノバのリズムと歌声。黒いオルフェ、
折れそうな心が癒され、元気づけられていく、、なんなんだ、このCD、、。

仕事が終わって、隙を見てスタジオの片隅にあるCDのジャケットを見た。

TOOTS THIELEMANS / THE BRASIL PROJECT 、

なるほど、、
よくみると、カエターノベローソ、ジャバン、イヴァンリンス、ミルトンナッシメント、シコバルキ、他にも懐かしい名前が連なっている。なんだか故郷からの応援の音色みたいに感じて、じわっときたのはこれか!!

アルバムの主、TOOTS THIELEMANS(トゥーツ・シールマンス)はベルギーのジャズハーモニカ奏者で1922年生まれ、ビルエバンスやステファングラッペリなど名だたる演奏家達との共演をもはたしている巨匠であった。

その頃はろくに音楽を聴く時間もなく、そもそもジャズなど聞かなかった事もあり僕はこんな巨匠すら知らなかったのだが、そんなTootsが、子供の頃耳にしたアーティストと共演したアルバムで僕の心に響きを届けてきたのである。

こう言うのを運命という。

しかしなんとも、豪華でドラマチックなアルバムである。

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これを一日の出来事に例えるとこんな感じである

1曲目「Comecar de Novo」はイヴァン・リンス、自らが歌いキーボードを奏でる。短い歌詞だか郷愁たっぷりに歌い上げていく。日が昇る事への準備が出来ていく。

2曲目「Obi」はブラジルの吟遊詩人ジャバン。軽やかに何気ない独特の歌い方、気がつけば乗っている。
さあ、カメラを準備して、今日が始まっていく。

3曲目「Felicia and Bianca」はオスカー・カストロ・ネベスの曲、オスカーはリズムギターをそしてリー・リトナーがソロギターを弾く。アップテンポなリズムに仕事の手も早まる。今日はなんか行けそうな気がする。失敗を恐れるな、

4曲目「O Cantador」はドリ・カイミ。どこまでも深みのある声。
アシスタント業務の切なさがよぎる。僕はまだ、いつも会話の外だ、、

5曲目「Joana Francesca」はシコ・バルキ。、、さらに哀愁がふかく、ああ俺はまだまだ、、こんな事もできないのか、、

6曲目「Coisa Feita」はジョアン・ボスコ。日がさすような明るいリズム。昼休み到来、さあ、切り替えていこう。

7曲目「Preciso Aprender a So Ser」はジルベルト・ジル。
これは、もう哲学。
そう僕は学ばなくてはならない、、

8曲目「Fruta Boa」ミルトン・ナシメント。甘い、切ないメロディー、むせび泣くスキャット。
耐えろ。耐えろ、目の前の事に、人生に、

9曲目「Coracao Vagabundo」はカエターノ・ヴァローソ。
ギターとハーモニカ音色はここまで切ない音をだせるのか、、
この辛さは心にしまって、、無我の境地へ、おれはどこへ行くんだ、、

10曲目「Manha de Carnaval」はルイス・ボンファ作の映画“黒いオルフェ”の曲、イントロから、すっと強烈な哀愁を含んだままテンポが上がる。
このテンポアップのタイミングで高揚し、心の涙腺が崩壊する、負けない、やめない、立つんだ、前を向け。

11曲目「Casa Forte」はエデゥ・ロボ 。これも突如のアップテンポに力が漲る。トゥーツのハーモニカとエデゥのボーカルのユニゾンが美しい、
頑張れる。やるんだ、やるしかないんだ。今日の力は今日使い切ってやる。

12曲目「Moments」はイリアーヌ作の曲、本人がピアノを弾く。
落ち着いた、癒しの効いたなめらかなメロディー
やりきった、なんとか今日も戦えた。

13曲目「Bluesette」はトゥーツ・シールマンス1962年発表の曲、
トゥーツのハーモニカにイヴァン・リンスから次々と参加メンバー達が歌や楽器ソロを繋いでいく。大団円の曲。
さあ、帰ろう。我が家へ、誰も待っていないけど、週末には会えるさ。

長々とかいてしまったが、こんな印象をもったアルバムだ(笑)。なに言ってるかわからないと思うので、是非とも買って聴いてみて欲しい。
もちろん全ての曲をトゥーツのハーモニカがつ包んでいる。

特に10曲目と11曲目は、もうこれがなかったら倒れてたかもしれないと思うほど勇気をもらった。

本当に一目惚れのように心にさくっと入ってきたし、これさえあれば、泣きながらでも色々頑張れる気がしていた。なんの迷いもなく「これ下さい」といえるアルバムだった。
スタジオでこのジャケットを見つけた時、タイトルをささっとメモり(写メとかない時代ね)その週末にレコード屋に買いに走った事はいうまでもない。(もちろんダウンロードもない時代)

しかし、昔聴いた音楽が持っているこの癒しの力ってなんだろう。頑張ろうって思えるのはどういう事だ、

思うのは、その音楽を通じてその時の自分に出会うからだろう、少年の頃の自分。何者かになりたくて、そしてその決心をした自分。
その自分の前ではカッコ悪くいたくない、頑張って、フォトグラファーになる為にする努力はあの頃の自分との約束なのだ。

僕の無人島一枚は
TOOTS THIELEMANS / THE BRASIL PROJECT
に決まった。

そこからトゥーツにハマり、ブルーノートに来た彼の音楽に何度か会いにも行った。その時すでに80を超えていてそれが最後の来日となったが、本当に会えて良かったと思う。あのニコニコとした顔と優しく温かい、切ないハーモニカの音色は忘れられない。一緒にきていたギタリストのオスカー・カストロ・ネベスもカッコ良かったなあ、

そうそう、名盤 THE BRASIL PROJECT にはVOL.2があり、これがまた、たまらなくいいアルバムなのだ。無人島にはちょっとズルをして2枚1組で持っていく事にする。

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なんてったって、命がかかってますからね。それくらはいいいだろうと思う。

Meu coração vagabundo ♬

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当時の筆者(^^)

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