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「今年最後の美容院」



 今年の一月から新しい美容院に通い始めている。去年まで髪を切ってくれていた美容師さんが年内いっぱいで離職するということで、なるべく家の近くにある美容院を探したら居心地のよさそうな店を見つけることができた。
 去年まで担当してくれていた美容師さんは、「難波さんのカットのデータは残しときますので、次回指名なしでこのまま来ていただいても引き継げるようにしときます」と言ってくれたのだが、新しく担当になる美容師さんへの心配ではなく、そのまま通い続けた場合お店の美容師さん達に自分がどう思われるかが不安で、継続することが出来なかった。
「あっ、そのまま通い続ける珍しいパターンや」とか、「この店そんなに気に入ってるん?」とか、「隣でカットしてるの見てて気難しそうな奴やから自分が担当やったら嫌やなぁと思ってたんやけど」とか、もしまた予約をするとそんな風に思われるんじゃないかという、勝手な妄想に取り憑かれて身動きが取れなくなってしまったのだ。

 そこからネットで美容院を検索するのだが、近所のお店は前回検索した時にほぼ調べたので、検索範囲を最寄駅の両隣まで広げる。幸いどちらの駅も徒歩圏内なので特に問題はなかった。一度近所の美容院に通ってしまうと、髪の毛を切りに行くだけの為に電車に乗るのがもの凄く面倒臭くなってしまう。
 次に検索ワードに必ず「メンズ」と打ち込む。そうすれば、メンズカットであったり、メンズが多いとか、メンズが得意などという文言を紹介に添えたお店がヒットする。
 できるだけお洒落な空間で髪の毛を切りたいとは思うが、それだけを考えて選択をして場違いな感じになってしまうのが恐ろしい。予約をして店に着いたらお客さんが女性ばかりで、ずっとうつむいたまま汗をかき続けていたということが若い頃に一度だけある。

 さらにはお店の外観、内観、美容師メンバーの顔写真、それらの全ての要素を踏まえ、慎重に慎重を重ね、お洒落で雰囲気もいいがあまり攻め過ぎてはいない絶妙なお店を導きだす。最後の予約においては、初来店で指名をするのは少し気持ち悪いかもと考え、顔写真の優しそうな雰囲気からこの人に切ってもらいたいという美容師さんを2〜3人ピックアップした後、他の美容師さんの予約スケジュールと照らし合わせた上で、この日のこの時間ならピックアップした誰かが絶対担当になるという日を割り出して予約する。
 文章にして気づいたが、初来店で指名するより、よっぽど気持ち悪いことをしてしまっている。

 そうやって今のお店と美容師さんに巡り会えたわけなのだが、この一年間お世話になり本当によくしてもらった。僕があまり喋るタイプでないと初回から見抜いてくれたのか、必要以上の会話はせずに、気まずい雰囲気を一切出さない心地いい接客をしていただいた。言葉足らずの僕の説明の意図を読んでイメージ通りの施術をしていただいた。きっと来年、再来年と長いお付き合いになるだろうと安堵した。
 12月の中旬、今年最後のカットを終えると、会計を済ませ店を出た僕を担当の美容師さんがわざわざ店の外まで追って来てくれた。

 きっと年末の挨拶で、律儀で丁寧な人だなぁと思った。

「難波さん本当に、今年一年お世話になりありがとうございました!」

 いえいえ、こちらこそやで。

「それでですね…、私今年いっぱいでお店辞めることになりまして…」

 はぁっ?

「来年からはデータ引き継ぎさせていただきますんで、また是非よろしくお願いします」

 聞いたことあんな、その台詞。

「良いお年を〜♪」

 こうして僕はまた一人放り出されてしまった。

 一人になった僕に、去年にも首をもたげそうになった恐ろしい妄想がいよいよ現実味を帯びて覆いかぶさってきた。一人ならいざ知らず二人も立て続けにこんな事態に陥るということは、美容師さんの事情ではなく、僕の客としての態度に問題があって辞めるのではないだろうか。会話もせず、完成するまで一切自分の髪型を確認しようとしないが、何故か定期的に必ずやって来る気味の悪い男を、二人とも同じように怖くなって辞めるのではないだろうか。
 いや、辞めるのであればまだいいが、辞めるというのは実は嘘で、僕を店から追い出す作戦なのかもしれない。前の店の美容師さんも今だって変わらず出勤し続けているのかもしれない。今の美容師さんも、店に戻って美容師仲間とハイタッチをしているかもしれない。

 もうこれ以上は傷つきたくない、来年からは千円カットにしか行かないでおこうか。プラスでもう二千円ほど渡せば、こんな僕にも優しくしてくれるかもしれない。



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