🅂14 損失は耐えられない痛手...。

「A little dough」 第１章　自分をどこまで信用する？　🅂14

▽さて、私たちの判断根拠は効用によるらしいということはわかりましたが、こうしたベルヌーイの考えに誤りあると指摘した方がいます。「きっと数えきれないくらいの人が気付いていたはずだ」といいながら指摘したのは、ほかでもないダニエル・カーネマンです。先に紹介したファスト&スローの下巻（第25章ベルヌーイの誤り）に詳しく記載がありますが、ここでは結論のみ記載します。

次のシナリオを考えてほしい。
今日ジャックとジルはどちらも500万ダカット持っています。昨日ジャックは100万ダカット、ジルは900万ダカット持っていました。今日は二人同じようにしあわせでしょうか（すなわち同じ効用を持っているでしょうか）？
　ベルヌーイの理論では、富の効用によって幸福の度合いが決まる。今日のジャックとジルは同じだけ富を持っているのだから、ベルヌーイの理論によれば同じようにしあわせのはずだ。だが（中略）、今日のジャックがご機嫌でジルがしょげていることは直ぐにわかるだろう。（中略）ジャックとジルが感じるしあわせは、当初の富の状態に対する変化によって決まるのである。この当初の状態を参照点（reference point)と呼ぶ。

出典；ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー」
早川書房／ハヤカワノンフィクション文庫

▽カーネマンによれば上記のような設例を示したときに、どちらが幸せかは自明のことであり、なぜこの「参照点」が200年以上も無視され続けてきたかは腑に落ちないようで、最終的には研究者が陥る罠のようなことをつらつらと書いていますが、私にはもう一つわかりません。ただ本質的には以下の部分の理解があればいいということだろうと推察します。
▲富の持つ効用によって幸福の度合いが決まる。
〇幸せは当初の富の状態に対する効用の変化によって決まる。

▽ベルヌーイの理論に疑問を持ったカーネマンはその後ハリー・マコーウィッツの「効用は富の変化から得られる」という言葉にたどり着き、その方向で研究を進めたといっています。そして、1979年にカーネマンとトベルスキーは「プロスペクト理論」の論文を発表します。

▽「プロスペクト理論」について、「行動経済学入門」（著・筒井義郎ほか・東洋経済新報社））では以下のようにまとめられています。
（１）期待効用仮説は「各状態で得られる効用に、それが生じる確率をかけて足し合わせたもの」と定義する。
（２）プロスペクト理論では「各状態で得られる価値関数に、各状態が生じる確率加重関数を掛けて足し合わせたもの」と定義する。つまりプロスペクト理論は期待効用仮説と似た形をしており、それを修正したものである。

▽期待効用仮説の、各状態で得られる「効用」が、プロスペクト理論では参照点からの変化である「価値関数」に変わっています。また期待効用仮説の「生じる確率」とは客観的な確率を意味していますが、これがプロスペクト理論では主観的な確率である「確率加重関数」に変わっています。つまりプロスペクト理論とは「参照点からの効用の変化を主観的な発生確率でかけて足し合わせたもの」ということになりそうです。

例えば、1000万円の試算を持っている人が、半々の確率で10万円の賞金を得たり、5万円の損失を被るくじを持った時、それぞれの状態の資産は1010万円と995万円である。しかし、参照点が初めの資産1000万円である場合、この人の期待効用は参照点からの乖離である10万円の利得と5万円の損失に基づいて求められるのである。
すなわち期待効用仮説では、1010万円から得られる効用と995万から得られる効用にそれぞれ生じる確率をかけて足し合わせたものが期待効用である。これに対してプロスペクト理論では、10万円の利得から得られる効用と、5万円の損失から得られる効用にそれぞれ生じるだろうとその人が主観的に感じる確率をかけて足し合わせたものである。

出典； 筒井義郎ほか著「行動経済学入門」
東洋経済新報社

▽さてそれでは結果としてどうかということに関しては、下の図を参考にしていただきたいと思います。下の図は縦軸に心理的価値、横軸に金額を取り中央の参照点から金額軸に対して心理的価値がどのように推移するかを示そうとしたものです。金額がプラスで推移する場合と比較して、マイナスの場合の心理的ダメージが大きくなっていることが確認できると思います。

プロスペクト理論の価値関数／岩崎恵子（ニッセイ基礎研究所主任研究員）

▽カーネマンはプロスペクト理論について、３つの認知的特徴を挙げています。いずれもグラフに明確に表現されている内容ですね。
（１）評価が中立の参照点に対して行われる（参照点の存在）
（２）感応度逓減性（変化の効用は逓減する）
（３）損失回避性（損失と利得の非対称性）

▽最後に２つの質問を考えてみます。
（設問１）あなたはどちらを選びますか？
①確実に９００ドルもらえる。
②９０％の確率で１０００ドルもらえる。
（設問２）あなたはどちらを選びますか？
①確実に９００ドル失う。
②９０％の確率で１０００ドル失う。

▽（解説）設問１では多くの人が①を選びます。確実に利益がある方がいいのです。そして設問２になると、多く人が②を選びます。今度は確実に損失になるのは嫌なのです。私たちは利益が出るとこれを確実なものにしようとし、一方で確実な損失に対しては向き合うことがず、大胆にリスクを取る傾向があります。これは、後で述べることになると思いますが、株式の売買を行う際の「利益を直ぐに確定してしまう人」「損切ができない人」そのものなのです。こうした私たちの振る舞いを「感情的」になっていると考えるのではなく、人間の持つ系統的なエラー、つまり「認知バイアス」として理解しておくことが大切です。合理的ではありませんが、ほとんどの人がそう考えてしまう。だって「確実な損失は耐えられない痛手...。」だからです。