🅂11 好き嫌いで決めます!!

「A little dough」 第１章　自分をどこまで信用する？　🅂11

▽私は人事企画の仕事を何年か担当しましたが、採用グループの仕事は隣で見ていてもなかなか大変だったように思います。面接を受ける学生側からすると、面接官は高圧的だったり好き勝手なことを言ってるように見えるのかもしれませんが、実際は大きなプレッシャーで頭を抱えています。１名の採用につき3億円近い人件費投資、100名で300億円です。彼らが働く40年間、しっかり利益を出してくれる人材を採用しないと、会社は傾いていきます。

▽ところがそうした会社の未来を託す人材の、選考に関する情報はとても限定的です。一応客観的情報といえるのは、学歴と成績とSPIくらいでしょうか。そのうち学歴と成績は、先にも触れた代表性ヒューリスティックの温床です。結局その先は面接担当官の主観のぶつかり合いの場となり、下手をすると学生本人の資質ではなく担当した面接官のプレゼン能力が決め手になったりします。外野から見ていると、ベース基準を越えた後の選考は「好き嫌いで決めている」というのが一番ピッタリしていたような気がします。

▽もちろん当の採用グループの面々はそんな意識は微塵もありません。あくまで客観的に総合的な人物評価を行い、採用したいタイプのカテゴリー毎に評価上位者から選抜している、という態度で一貫しています。社内の人事評価のレベリングなどもそうですが、限定的な客観情報だけで評価を行うのは不安と恐怖との闘いとなり、仮にやり遂げたとしても違和感満載で、即座に却下されてしまうでしょう。また説明責任を求められたときにも、客観データだけに頼ると、現場の猛反発で即白旗を挙げる羽目になります。結局主観のぶつかり合いという極めてグレーな総合評価部分を半分残して、因果関係のしっかりした人物ストーリーを作った方がうまくいくのです。かなり意図的に感じられるかもしれませんが、良し悪しは別にして、そうしなければ決定できないという事情があるのです。

▽「感情ヒューリスティック」はその名の通り、好き嫌いや気分の良し悪しなどの感情を使って物事を判断します。しかし「あの人のことは好きだからお金を貸してあげよう」とか、「今日は気分がいいから株式を買おう」ということになると、自分の行為と向き合っていないという点で問題が起こる可能性が高くなります。実際、天気が良い日は株価が上がるという統計もあるようですが、こうした事実は本人に自覚がないという点でも大いに気になるところです。

▽またこの感情ヒューリスティックは、採用担当者の間ではとても有名な「ハロー効果」を生み出すといわれています。「ハロー効果」を日本語にすると「後光効果」です。プレバトをご覧になっている方はご存知かもしれませんが、名人になると光の装飾が付いた椅子が用意されます。あの光が後光です。「後光」になり易い例として「ルックス」があげられます。街で奇麗な女性を見かけると、その方のプライベートのあれこれまで、なんだかセンス良く素敵なものに思えたりします。でも根拠はありません。

▽「ハロー効果」とは「一部の情報を基に全体評価が歪められてしまう傾向」を言います。後光は一般にありがたいものというイメージですが、ハロー効果にはポジティブなものと、ネガティブなものとがあります。またハロー効果は勝手な思い込みなので、後になってロス・ゲイン効果がついてきたりします。先ほどの奇麗な女性が、街中で大声でけんかするのを目撃したら、私の妄想は一瞬にして消えます。これがロス効果です。自分で勝手に妄想して、勝手に幻滅している分には構いませんが、そのわずかのあいだに重要な意思決定があったりすると、とりかえしがつかない事になります。

▽ハロー効果の力は絶大です。そのため企業のブランディングや広告には頻繁に有名人が起用されています。Amazonのヘビーユーザーの方なら、たくさんのレビューがハロー効果を生むことも実感されたのではないでしょうか。残念ながらハロー効果も「ミュラーリヤーの錯視」と同じ効果を持っています。「ひょっとしてこれはハロー効果かも...」と疑いながらも、心のなかは後光を一杯に浴びているためにどうにもなりません。それならそれで何もしないことこそ、最良の選択かもしれません。「もしあなたの心が逸ったら、その場では絶対に決断しないこと！」私が思いつくアドバイスはこれくらいです。

※「心が逸る」とは「ちょっと心臓がドキドキしてきて特段理由もないのに早く決断しなきゃいけない、と思い込むような心の状態」を想定しています。「Amazonの良心」とでもいうべき、カート内の「後で買う」のボタン。この仕組みのおかげで、いくらかでも無駄なものを買わずに済んでいるのは私だけでしょうか？「返品のしやすさ」といい、この辺のマーケティング力はAmazonならではです。でも、だからAmazonから離れられないともいえます。因みに「後で買う」のボックスも、時折カラにしましょう。放っておくと保有効果が生まれるかもしれません...。

▽さて、はるか遠い昔のことですが、私が大学4年生になりたての頃、学生課に呼ばれて就職担当官と何度か面接をしました。成績が散々だった私に対して、担当官がひねり出したくれた励ましの言葉は「きみ、第一印象はすごくいいね。それ売りにしようよ。自信もって！」というものでした。訳も分からず「そうか、そういう風に見えるんだ、よしっ！」と私はその気になって就活に邁進したのですが、今から思えばこれはすなわち、企業の面接担当官の認知エラー（ハロー効果）を誘え、という戦術だったようです＾＾;。