やらない善よりやる偽善?

二酸化炭素を30%offしてこの製品は作られています。この工場では、二酸化炭素の削減に取り組んでいます。現在では当たり前になった地球温暖化の取り組みが本質的には、地球温暖化への取り組みになっていないと考えられる。理由として、各企業が行う地球温暖化への取り組みのほとんどが地球温暖化の解決として取り組みを進めているのではなく、企業のイメージアップに繋がるためにやっているからである。地球温暖化への取り組みを行わないこと自体がリスクになっているのである。消費者側も、地球に優しい製品を購入しがちであるが、本質的には、財を消費すること自体が既に地球温暖化へ影響を与えている。この偽善が大きくなれば二酸化炭素排出量は、減るかもしれない。しかし、それが本質的には偽善であるかもしれないということを意識する必要があると私は思う。なぜなら、行為の善し悪しは、行為者の善し悪しによって規定されるのではなく、行為を受ける取る側が決めることであるからである。だから、いくら行為者が善と思ってやっていることでも、行為の受容者が偽善と思えば、それは偽善なのである。例として被災地に大量に送られる千羽鶴である。やらない善よりやる偽善は、行為者の傲慢さが顕著に露呈している言葉であると私は考える。私たちの行っている地球温暖化への取り組みは実質的に地球を助けていないかもしれないのである。

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