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珈琲専門店で女将さんに出会った話

はじめて地元の珈琲専門店に行った

今日は、地元の珈琲専門店に行った。以前、働いていたアルバイト先の目の前にあるお店だ。古い木造の店構えで、どことなく大人っぽい雰囲気だった。私はずっとそのお店が気になっていたのだが、ひとりで入る勇気もなく、行けずじまいになっていた。今回は、久しぶりに幼馴染と会う約束ができたので、私から彼に「このお店はどう?少し(価格が)高めだけど」と提案してみたところ、「価値に見合った価格であればそれで良い」と彼もその気になってくれた。

私がお店を訪れた理由は、主に以下の5つだが、実際に訪れた今日は、特に1〜3が印象に残る1日だった。

私がお店を訪れた理由
1.カップとソーサーを選んでみたい
2.美味しい珈琲が飲みたい
3.珈琲の作法を教えてもらいたい
4.落ち着いた雰囲気の静かなお店で過ごしたい
5.遠方から訪れた幼馴染の彼も好みそうだったから


カップとソーサー選びを楽しむ

私たちは、カウンターに座り、目の前にずらりと並んでいる、コーヒーと紅茶のカップやソーサーを眺めた。高級な古い美術品のコレクションみたいで、わざわざひとつずつ仕入れているのが、言われなくてもわかったし、どれも美しかった。私たちは「はじめてのお店だから、まずはブレンドで」という思考をお互いに共有して、「ブレンドⅠ」と「ブレンドⅡ」を注文した。女将さんから「カップとソーサーはどうされますか?」と促された。決めるまでに15分くらいかかった気がする。少なくとも50のカップとソーサーがあり、今日のカップを選ぶのに、女将さんは付き合ってくれて、カップに関する説明をしてくださった。

例えば、「口の広いものは、大抵、紅茶用であり、口の小さいもの(口が垂直に近いもの)は珈琲用である」とか、「カップの底が土台のような形になっていると、珈琲と紅茶どちらを入れても良い、兼用である」とか。さらに、「日本の最高級な洋食器メーカー・大倉陶園のカップもございますよ。皇居の方々もお使いになるそうです。」と、如何にもゴージャスな金色と青色のカップを手にとって言った。

私は「ベルリン崩壊後につくられたドイツ製のもの」(全体が白いのだが、カップとソーサーがチューリップのような不思議な形をしている)か、「大倉陶園」のシリーズか、少し迷った。結局のところ、「大倉陶園・スイートメモリー」という白と金色をベースに青い花柄のついたものを選んだ。


女将さんの珈琲の飲み方

最近、私たちの間では、喫茶店やバーを巡り、店主や従業員の方々と会話を楽しんだり、専門的なお話を教えてもらったりするのが、遊びになっている。今回は、珈琲専門店で出会った女将さんから、珈琲の飲み方を教えてもらった。

「昔から古いものが好きでね。外国のものを見ているのもいいけれど、日本にも良いものがたくさんある。それを知らないで、外国ばかりに目を向けるのは、どうかなあと思いますよ。」

そう言いながら、慣れた手つきで、豆を測り、引いて、私たちが選んだカップに口の長いケトルからお湯を注いで温めた。

「お抹茶を飲むときは、みんな畳に座って、作法を気にしながら飲むじゃない。なぜ珈琲を飲むときは、気にせずに、ガバっと飲むのかしら。」

「ああ〜確かにそうですね。抹茶と珈琲が同じ土俵で話されたり、認識されたりすることは、あまり無いような気がしますね。」

「そうね。まずは、ふたくち何も入れずに飲んでみて。その後は、何回かゆっくりかき混ぜてから飲むの。そうすると、少し味が変わるから。」

言われた通りの手順で珈琲を飲んでみると、確かに味が変化して衝撃だった。二度も三度も美味しいってこういうことかと感じた。

「私は珈琲を飲むときも、カチャカチャ音を立てて飲むものじゃないと思っているの。だから、もしスプーンを使い終わったら、カップの後ろ側に置いてね。」

彼女は、お手本を見せるように、私が使ったスプーンをカップの後ろに置いてくれた。そして、カウンターにあったフレッシュと砂糖を、目の前に持ってきた。

「フレッシュは油だから、不味いものに入れるものよ。入れてもらっても構わないけれど、フレッシュも砂糖も入れたら、溶けてしまうから、珈琲の味を楽しめなくなる。だから、うちの砂糖は、特別に仕入れていて、そのままかじって食べても美味しいのよ。食べてみて。」

勧められるがまま、茶色と透明な砂糖の塊を口の中に放り込んだ。ザクザクとした食感で、固すぎず甘すぎない砂糖だった。砂糖を食べながら、珈琲を飲むのは、新しい体験で新鮮だった。


女将さんの生き方・TPOに応じた品のある姿勢は大切

彼女は、TPOに応じた品のある姿勢を大切にしていた。それが彼女の価値観であり、その価値観は行動にも表れているようだった。

「私は、まず、初めてのお店に行ったら、天ぷらそばやきつねうどんを頼むのではなくて、ざるそばや素うどんから。珈琲も同じで、まずはそのお店のブレンドから。もしお店が気に入って、もう一度訪れるなら、ブレンドを参考に次の一杯を相談するの。店側は(お客様の期待に)答えなければいけないし、お客様もそれに答える。それは最低限のTPOだと、私は思っているわ。でも、私はあなた達からお金を頂いているし、好きなようにしていいわよ。」

彼女は、自分の価値観や姿勢を示しながらも、私たちにそれを強要することなく、穏やかに笑った。

また、お店のしきたりに従い、ご飯を食べに来ているなら、誰かとお話をするよりも、静かに自分の手元を気にしながら食べる。それが、ご飯を提供するお店への礼儀作法で、「家でやっていることは、外へ出ても、やってしまう」から、私は幼い頃から気をつけてきたのだと、彼女は言った。


誰かに出会うと大切なことを思い出す・気づくことができる

私は女将さんに出会ったことで、忘れかけていたものを思い出した。それは、TPOに応じた行動をすること、食事をつくるひとに対する礼儀や敬意を表現すること、食事をゆっくり味わい楽しむことだ。慌ただしい毎日を送っていると、ふと忘れてしまうものがある。一歩立ち止まったときに、自分が忘れているものを思い出させてくれるひとや場所は、とても大切だと思う。なぜならば、自分ひとりで、思い出したり、気づいたりすることは、難しいからだ。ゆっくり時間と心に余裕をつくる環境を作り出せると、何かを思い出したり気づいたりすることができる(気がしている)けれど、誰かの手を借りるほうが近道をたどることができる(気がする)。誰かの手を借りて、自分で忘れていたことを確認できたら、自分を修正することもできるし、自分には必要ないと、そのまま忘れてしまうこともできる。どちらにせよ、思い出したり、気づいたりすることが、自分ひとりでは難しいと感じているので、今日の女将さんとの出会いは、私にとって意味があった。お店に行って良かったなあと思える、気持ちのいい一日だった。



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