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3年前の『マイブック』

新潮文庫から出ている、『マイブック』という本がある。

中はほぼ白紙で、各ページの右側に日付が書いてあるだけ。
いわゆる、文庫本サイズの日記みたいなものだ。

2020年の1年間、私はその本を使って日記を書いていた。
そしてそれは私が積読したままになっている多くの文庫本と一緒に、本棚に片されていた。
そんな日記を昨日読み返す機会があった。




昨日の情緒はどう考えても最悪だった。

いや、とはいえ今日も大して回復しておらず、朝から1人きりの車の中で発狂して泣き散らしてから会社に来ているんだけど。

嫌なことがあったわけじゃない。
どちらかといえば楽しいことの方が多かったはずなのに、急に情緒がおかしくなり。

そういう時に私は、なんでもいいから文章を書きたくなる。

テキトーなボールペンで、殴り書きでもいいから、なにか心の内を書きだしたい。
そんな思いでボールペンを握り、何かメモ帳のようなものを探していた時。


ふと目に留まったのが、2020年の『マイブック』だった。


noteも投稿しちゃえば二度と読み返したくない私は、日記も読み返すようなことはしないタイプ。
なのに昨日は、吸い込まれるようにその本に手が伸びた。


一月一日

当時付き合っていた彼氏のことがとても好きだと書いてあった。
幸せな一年を願っている。
そんな文章でスタートしたこの本は、丁寧な字で書かれている日もあれば、殴り書きのように書かれている日もある。


仕事のこと。
上司がウザかった話。自分(当時は社会人1~2年目)がお店の中で戦力外通告をされている気がする。
水族館に携わる仕事がしたい。
でも誰にも成績で負けたくない。出来る子だと思われたい。

恋愛のこと。
彼氏のことが好き。ダイエットを頑張って褒められたい。
いつまでも一緒にいたい。結婚したい。

食べ物のこと。
今日はあれを食べた、ここのお店が美味しかった。

友だちのこと。
あの子とランチした。気兼ねなく話せて楽しかった。


そんなありふれた内容の日記でも、手書きだとなんだか味がある。
他の誰かの生活を覗き見るようで、少しワクワクしながら読み進めた。


しかし日記は、2020年の9月に向かうにつれて、内容がおかしくなっていた。


単身赴任していた父が家に戻ってくる。
あの浮気野郎。邪魔だ、帰って来ないでほしい。

自由にリビングでテレビを見ることも出来なくなる。

ご飯にいちいち文句を言うので食事の時間が苦痛だ。
いなくなればいいのに。食べなきゃいいのに。

また母親が泣いている。
私は何もできない。
ダメな娘でごめんなさい。

彼氏がいつもラブホに行こうとする。
私はセックスだけの女なのか。


そして9月の某日を最後に、日記は更新されなくなった。


最後の文章は、

母親が父親に「私一人では無理です。助けてください。」と叫んで泣いているのを盗み聞きしてしまった。
なんで私は何もできないんだろう。しっかりしなきゃ。

と荒々しい書体で書かれていた。


なんだろう。
まず、これを書いていたのはたった3年前の自分なのに、本当に他人事のように感じることが驚きだった。

彼氏のことも、仕事のことも、家族のことだって、書いてある文章を読めば思い出しはするんだけど、読まなければ二度と思いだすこともなかった気がする。

共感する内容もあれば、「それは違うんじゃない?」って思うこともあって、まるで友達とメールをしているみたいな気持ちになった。

たった1年とかではなく、3年前っていうのがこういう気持ちにさせる原因なのだろうか。


それでも一つ、今と何も変わらなかったのが、
推しであるジャニーズに救われ、励まされ、どうにか前を向いて生きているということだけだった。


読み終わったときには幾分情緒も落ち着いて、眠気もやってきたので、布団にもぐって寝た。


なんだか、面白い。

だから今日は仕事終わりに蔦屋書店にでも寄って、『マイブック』を買ってこようと思っている。
書き心地よりもデザインだけで選んだボールペンをセットで買って、年が明けたら書いてみよう。

それでまた、嫌になったら書くのをやめて、3年くらい経ったら読み返してみればいい。
きっと、これに救われる情緒の日が、また来る。



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