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京都で最後の一軒、漆糸の製造現場に行ってきた。

京都の伝統的工芸品の一つに『西陣織』という織物があります。

それは私が日頃生業にしている産業でもあるのですが、帯や着物、ネクタイなどの需要が盛んだった頃は、その制作工程で分業化と専門化が進み、それぞれの工程で”職人”と呼ばれる人々やその仕事が生まれました。

私自身もよく、「西陣織の仕事に従事しています」と人にお伝えした時には、
「ああ、お家で機(ハタ)を動かしているの?」などと尋ねられることが多いのですが、西陣織の仕事=機を動かす職人ではありません。

私自身の仕事を例える時に、よく工務店さんの仕事を引き合いに出すことがあります。

「工務店さんでいうところの、現場監督のような仕事をしています。」という風に。

織物のデザインを作り、その設計図のような図案を作り、
その織物に必要な材料を集めて手配し、
色や素材をその織物の図案に落とし込んでいき、
それらを京都府宮津市にいらっしゃる機を動かす職人さんの元へ送り、
製織していただいたものを検品、加工に出して、
帯のメーカーさんや友禅染の作家さんなどのご依頼主のもとへと納品します。

それら一連の工程が私の仕事です。俗にいうところの、「織元」と呼ばれるお仕事ですが、他の織元に比べても少し特殊な織物を作ったりしています。

そんな私たちの仕事で欠かすことができないのが、織物の原材料でもある緯糸たち。


黄色の漆糸

今回、お邪魔してきたのは、その原材料でもある金銀糸や漆の糸を作るために必要不可欠な”漆箔”を作られる工程の職人さんの加工現場。

京都でこちらの工程に携わっていらっしゃる職人さんは、最後の一軒となってしまいましたが、とても興味深いお仕事なので、ご紹介したいと思います。




城陽の服部商店さん


京都市の南東方向で宇治市(平安貴族のリゾート地)のさらに南側に位置する、京都府城陽市にその”服部商店”さんはいらっしゃいます。

元々、先代の奥漆さんがある日突然、廃業を宣言されたところからその技術と工場との継承がギリギリ行われたという話を以前から風の噂で聞いていました。

ちょうどそれは4年前ほどのお話。

漆の糸は質感や光沢がとても独特で、父や私なども好んで使用する素材でした。

漆の引き箔


漆の引き箔を織り込んだ帯


「鮫小紋」と私たちが呼んでいる紋様というか柄があるのですが、その鮫小紋の柄を黒の漆の糸で織ると、まるで本物の皮革のように見えたりするので、
このような漆の糸を使ってワニ皮の紋様を織ったりすると、それっぽい雰囲気が出たりなどもするのです。


漆の駒箔を用いてサメ小紋の布地で作ったバインダー


今回寄せていただいた服部商店さんでは、このような”漆”で作った糸を製造されています。

一言で漆の糸と言ってもたくさんの種類があるのですが、
まずはイメージを膨らませていただくためにその製造の工程からご説明します。


原紙に塗りをする工程


漆箔の原紙

こちらの写真にある白いロールの漆箔にする原紙は、
漆素材が乗りやすい”和紙”を高知県の方で金銀紙専用に作っていただいているというお話でした。

この和紙にまず樹脂を塗って漆が滲まないように「目止め」をして、その上に柿渋を塗り、その上に漆を塗っていくのだそうですが、
その工程をそれぞれ3度ずつ薄く薄く重ねていくそうです。

分厚くなってしまうと、ゴツゴツしてしまう上に、ひび割れて糸として機能しなくなってしまうからといいうこと。


こちらの紙は、樹脂と柿渋と漆とを塗り重ねられたもの。


これらの工程は、手作業ではなく専門の機械を使用して行われる作業のようなのですが、その薄さを適度に保ったり、天然素材の漆の性質を理解しないと成り立たない職人の技なのです。


漆を薄く頒布する専門の機械



室に入れて乾かす


私自身は漆芸の手仕事などが実は大好きで、正倉院の宝物殿などにある漆の螺鈿細工の諸々などに小さい頃から憧れを抱いてきましたが、
その匂いや繊細さなどを扱うことなど到底できないために、見る専だったのですが、その制作工程などのお話を聞く機会は何度かあって、理解不足ながらもとても魅力的に感じる性質があります。

漆という塗料が持っている性質の一つに、適度な湿度がないとうまく乾かないというものがあるそうなのです。

適切な湿度を保ちながら乾かした漆は、お互いが手をつなぎ合うように皮膜が張られたような張力を得て、あの美しい艶が出てくるということのようなのです。

なので、以下の写真のように、漆を塗布するごとに室の中に吊り下げて漆を乾かす必要があるということです。


建物の2階が塗布する作業場



室の中に吊り下げて乾かします



室の中から


このように、適度な湿度が保たれた室の中で乾かされることで、漆糸の箔紙が出来上がります。


糸へと加工する


ロールに巻き取られた黒漆の箔紙

これらのようにロールに巻き取られたものを、スリットの加工屋さんで細く裁断して、駒箔(こまばく)という平べったい状態のものにしたり、
スリットしたものを撚糸(ねんし)という工程に出して、撚り(より)をかけて糸にしたりします。

また、初めの方でご覧いただいたように、少し分厚く裁断したものを”引き箔”にするという加工方法もあります。


スリットして更に撚りをかけた漆糸


さらには、一般的に「金銀糸」と呼ばれるものがありますが、
最近は本物ではないメッキのものも多いのですが、元々の金銀糸は、これらのように漆が塗布された箔紙の上に、金属を薄く叩いてのばした、金箔や銀箔や銅箔などを美しく貼って加工したものをそう呼んだのでした。

本物の金箔を貼る工程とその職人さん

このようなたくさんの職人さんによる手仕事の工程を経て、私たちの手元にこれらの漆糸が届けられるのです。


西陣織の課題と行先


糸一つとってもこのように手がかかっているのですが、
実は西陣織の布が一枚出来上がるまでには、
ものすごく膨大な人々の専門的な手仕事を経ているものでもあります。

西陣織はただの高級品ではなくて、たくさんの人の手を通して作られた
高バイブスのこもった素材の一つでもあるということ。

その素材の一作り手でもある私自身は、いつもそんなことを思いながらこの仕事に従事しています。

高いバイブスのこもったものであるからこそ、帯や着物としてだけでなく、
たくさんの人に手に取って楽しんでいただける”もの”へと落とし込んで、
人々の手を通して受け継がれてきたこの素材に触れていただける機会をもっと作りたいと思っています。

私達の作った布地をご覧になったみなさんは、口を揃えて言われるのですが、

「この良さは見て、手に取らないとわからない」

私自身も、このように記事を書いたりする”伝える努力”の必要性も感じながら、
やはり手に取って楽しんでいただけるものにしていく必要性も感じています。

「日本ほど手仕事の残っている国はない」そんなふうによく聞きますが、
西陣織を知らない海外の方や、手仕事の好きな国内の方へちゃんと伝えられる術を持ってスポークスマンとしてのあり方もまた私自身の課題だと感じる機会になりました。

そして、実は今回の服部商店さんへの見学は、別のプロジェクトを始めるための序章でもありました。
また、諸々のことが進みましたら、随時記事にしていこうと思います。


原紙を小分けにしてくださる服部さん

この原紙がどうなるか、乞うご期待です!

ちなみに、こちらは漆糸を帯に使用したものです。(出勤前の自撮りで失礼!)

オレンジのものは絹の色糸、そして茶色い部分に漆の糸を使用しています。
実物はもう少し艶があって皮革のようにも見えるのです。

本藍染めのデニム着物と漆糸の帯、相性がいいですよね♪



後ろ姿

長々と書いてしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございます。

漆糸の素敵さを少しでもお伝えできたり、たくさんの方に応援いただけるように、尽力したいです。


フランスからスペインに抜けて進む、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼旅へいつか出たいと思っています。いただいたサポートは旅の足しにさせていただきます。何か響くものがありましたらサポートお願いします♪