父親(クズ)

私は学生時代の記憶がほぼありません。

学校の友達との楽しい時間とか思い出、ほぼ無いです。ただ、その時、めちゃくちゃ辛かった事だけ、今でもフラッシュバックするように鮮明に覚えてます。その思い出したくない記憶の殆どは、父親の記憶です。

父親は重工会社に務める普通のサラリーマンです。

保育園に行っていた時分は、まだ普通だった父親をなんとなく覚えています。小学校に行き始めたぐらいから、父親はほぼ家にいなくなりました。昔からの悪友と飲みに行き、そのまま会社を無断欠勤し、数日帰ってこない。行方不明になったり。

飲酒運転で事故して、そのまま酔っ払って歩いて血だらけで帰ってきたり。何度かありました。

まだ人身事故は無かった事が幸いでした。廃車になる自損事故を何回もしてるのに、死ななかった事が不思議なぐらいでした。

それから、年々酷くなり、半月で飲み代に10万以上使って来たり、飲酒運転で平気で帰宅して、普段お母さんにあんまり喋りかけないくせに、私の前でイチャつこうとしたり。

お母さんが40度以上の熱があり、私がまだ小学校低学年、弟は赤子の時に『飲みに行ってくるわ!』と放ったらかしにされたこともありました。私は覚えてないですが、母曰く熱が下がらなかった為その後自分で救急車を呼んだそうです。

昔からお酒はよく飲む人でしたが、完璧なアル中になってました。母親は身体が弱く、ストレスから来る体調不良や栄養失調で2回入院した事もありますが、父親がその時病院連れってくれたり、傍にいた事はなく、全部、祖母が面倒見てくれていました。

中学に入ると今まであまり家に居なかった父親が、急に家にずっと居るようになりました。でも、家族に喋ることも無く、家にいる間は時々自分の部屋に車のプラモデル作りにいったり、リビングで寝転んでお酒飲みながらテレビを見るだけ。1日休みの日は、朝からお酒を飲んでタバコも大量に吸ってました。

当時生活費がカツカツだったそうで、それもあり飲み代を渡さなくなった為に家にいるようになったみたいでしたが、既にお母さんと父親は口をほぼ聞かない状態になってました。お母さんが何か不満を言うと、分かった。とだけ返事していたのが、だんだん、叫んで逆ギレするようになり、昔から無関心であまり口を荒らげたりする事が無かった父が攻撃的になっていました。

人格が変わったように感じたぐらいから、頻繁に父親の部屋から、身体から変な匂いがしている事に気付きました。昔からその匂いはする事があったのです。でも、それが毎日。何か嗅いだことがある匂い。

しばらくすると顔、体もやつれてまるで別人のような父親になっていました。ご飯もほぼ食べず。次は無言の威圧が始まりました。喋ってはきませんが、急にバーンッ!と机を蹴り始めたり、ドアは壊れるんじゃないかと思う勢いで閉めるし、何も話してないのに急に声を荒らげてきたり。その度に怯える生活が始まりました。部屋にはレイプ、殺人、ドラッグとかかれた雑誌がいっぱい置いてあったり、毎日、木刀の置き場所が私達家族の見える位置で、置き場所変わったり。お母さんが何か話しかけると、殴ろうとしたりする事もあり、急に声を荒らげてブチ切れたり、完全におかしくなってました。

私はそのうち、狂った父親に殺されるんだろうなぁと思いながら暮らしていました。

中学2年になり、とうとう恐れていた事が起きました。お金が無かったので、母親は夜カラオケスナックに働きに行き始めるようになり、夜は父親、弟と3人で居ることが増えました。夕ご飯はなるべく母が作ってくれていましたが、時間が無いと私がしたり、弟の世話は私がしてました。父親は、仕事から帰宅すると酒を飲んでテレビを見ているだけです。たまに友達から電話があると飲みに行ってくる!といなくなる事はありました。

ある日、母親が帰宅して、お風呂に入ってる時に、急に父親が母の携帯を勝手に見始めました。『え、なにしとんの?なんで、お母さんの携帯見とんの?』と話しかけても無視で携帯を見る父が鬼の様な顔になってました。

母がタオルを巻いてリビングに現れた瞬間に、父親が飛び掛りました。首根っこ掴んで、母親をボコボコに殴り始めました。倒れても蹴る殴るを辞めず、アザだらけで顔がパンパンになってる母親の首を締め始めました。

弟は泣き叫ぶし、私はどうしていいか分からず、恐怖で泣きながら辞めてとしか叫べなかったのですが、さすがに首を絞められて息が出来なくなった母親を見て殺されると思い、キッチンから包丁を持ち、父親に突き付け、『それ以上やったら、あんた殺して私も死ぬ!出ていけ!』と泣き喚きました。

それを聞いて父は理性が少し戻ったのか、すぐに家を飛び出し何処かに行ってしまいました。母親は、息も絶え絶えで大変な事になってたので、ばあちゃんに電話して、救急車を呼んで、しばらく入院になりました。

お母さんはあまりにショックが大きかったのかしばらくノイローゼになり、喋りかけても心ここにあらずで廃人の様でした。弟は、また詳しく後に書きますが、知的障害者で、私一人では学校もあり、面倒が見切れなかったので、ばあちゃんに家に来てもらってました。

半年位たち、お母さんも家に帰ってきて仕事をし始めながら、精神的におかしい状態は続いていました。ただ、父親は実家に帰り別居になった為、私も母も気持ちが楽にはなってました。警察に祖母と、父に殺されかけたと相談もしに行ったそうですが、何も出来ないと言われたそうです。別居でしたが、また殺しに来るんじゃないかと考えて、怯える時がありました。

~次に続く~




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?