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文系人間による逆襲の時代

書店に並んでいる本を、上の段から順にタイトルだけを読んでみるのも面白いものです。並んでいる本のタイトルは、その時々の世相を反映しているように思うからです。

最近では持続可能な開発目標『 SDGs 』に関連した本が多く並んでいます。地球環境の問題、開発途上国への援助、倫理的な経済活動、人道的な活動への関心。推進され、議論が深まっていくことは尊いことだと思います。だけどなんとなく、地球規模の遠大なテーマに、想像の域を超えた非現実的な無力感、あるいは時には商業的、興行的な匂いを感じてしまうこともあります。個人としての身近な関心と、考えるべき対象がかみ合っていないような気分。
17項目ある持続可能な開発目標をひとつひとつ読み解いていくと、私たちにとって身近なテーマも含まれていることに気づきます。
8つめの目標、『働きがいも経済成長も』という項目。
英語の原文だと『Decent work and Economic growth』。
エコノミック・グロウスはそのまま経済成長で良いとして、ディーセント・ワークという言葉は、本来は「働きがいのある人間らしい仕事」という意味。それを略して『働きがいも経済成長も』と日本語では表しています。

働きがいのある人間らしい仕事と経済成長、とはなんだろう。
持続可能な開発目標のなかでもビジネスの現場にいる私たちにとって身近なテーマについて、深く考えてみたいと思います。

人間らしさと経済成長の関係

人間らしい働きかたと経済成長は、どのような関係にあるのでしょうか。人間らしい価値、つまりほとんどの人が魅力と感じる「デザイン」という要素の効能に紐づけて説明することができます。

世界のテクノロジーを席巻したGAFA(Google、Apple、Facebook、AMAZON)の四社の中でも、特に卓越したデザイン性によって成功した企業、Appleは、モノとしての形状だけでなくユーザーが直接体験するインターフェイス、文字の形状に至るまで、すべての製品にデザイン哲学を追求しています。
今から20年ほど前の1990年代後半、アメリカ東海岸にある大学院の生徒たちの間で、MP3プレイヤーが流行していました。当時の大学院に置いてあった研究用PCは圧倒的に高性能で、大学院生たちはそのPCを利用してCDから音源を取り出し、音楽プレイヤーとして使用していました。そこに2001年、Apple社のiPodが発売されると、圧倒的に洗練された製品デザインとインターフェイス、インパクトのあるTVCMによって、大学院生たちは非正規の音楽プレイヤーを使うことをやめ、iPodを選ぶようになりました。
iPodは、画期的な技術よりはむしろ、デザイン性によって大学院生たちに支持され、爆発的に普及していきました。同社の製品がその後のiPhoneによって音楽だけでなく電話とコンピューター、世界そのもののを根底から変えていく過程で、革新的なテクノロジーだけではなく優れたデザイン性、「 人間由来の情緒的価値 」によって成長してきました。
デザイン性と経済成長について他にもスターバックスやバルミューダ、星野リゾートやスノーピークなど、成功している要因として広義のデザイン性を有しています。デザイン性というものは言葉で説明することが難しい曖昧な要素ですが、利用したことがある人であればほとんどの人が(個人の嗜好に関わらず)魅力を感じる価値です。
広義のデザイン性は人間由来の情緒的価値のひとつで、他にもアート性、ユニークさ、楽しさ、優しさ、言葉では説明できない曖昧さはあるものの、確かに誰もが感じる魅力です。物質的に高度に発展し、テクノロジーもある程度の高みに達した現代において、人間由来の情緒的価値は経済成長と密接な関係にあると言えます。

人間らしさを生み出すプログラム

人間由来の情緒的価値のある働き方と働きがいと経済合理性の関係は、次のような構造になっています。

働くことという行為は、インプットからアウトプットに至るサイクルです。このサイクルのうち、情報処理の過程で個性という変数が発生します。この変数によって生み出される多様性が人間由来の情緒的価値です。

まず最初に入ってくるインプット情報というのは、その組織のビジョンやパーパス、方針であったり雰囲気、あるいは短期的なタスクである業務指示や業務通達などがあります。

アウトプットされる情報は実際の業務、発言だけでなく何らかの活動や業績にあたります。アウトプットは業績や収入などの数値で評価され、フィードバック情報としてインプット側に還元されます。

同じ組織のなかで、同じインプット情報である例えば業務指示を共有したとしても、組織の成員全員が同じ行動をするとは限りません。そこには個人の解釈の仕方や考えかた、情報処理に感性の個人差、個性があるからです。情報処理に個性があれば、アウトプット側の表現に多様性に富んだ情報が表現されます。この微妙な情報処理の個人差が、デザイン性・アート性・ユーモア性、優しさなどを含有するひとまとまりになって、言葉では説明できないけれど誰もが魅力に感じる人間由来の情緒的価値を生み出します。

アウトプット情報に人間由来の情緒的な魅力が含まれていれば、サービスを利用する顧客にとって魅力あるサービスになるし、社内での評価も好意的なものになります。これらのフィードバック情報は再びインプット情報になり、働くことの幸福なサイクルを形成していきます。これが働きがいのある人間らしい仕事と経済成長が完成するモデルです。
キーポイントになる人間由来の情緒的価値がある情報処理から発せられるアウトプットは、例としてあの人はいつも仕事を楽しそうにしている、アイディアがある、ユーモアがある、などの曖昧ではあるけれど辛うじて何らかの言葉で表現されます。そのような好意的な評価、フィードバックを生むことができれば、まさに働きがいのある人間らしい仕事と経済成長が完成します。
逆に乏しいと、機械的でマニュアル人間だ、お役所仕事だ、冷厳で近寄りにくい、まじめで面白みがない、などと評価され、働きがいにも経済成長にもつながらない、不幸な人間らしくない仕事になってしまいます。
働きがいのある人間らしい仕事と経済成長は、最小単位はひとりひとりの働くことのサイクルのなかに、人間由来の情緒的価値を組み込むというプログラムです。


文系人間による逆襲の時代

言葉で説明することが難しい人間由来の情緒的価値を表現するために、おおまかに、私たちはどのようなことを意識していれば良いのでしょうか。

300年前の産業革命以降、世界中で技術や経済が爆発的に発展し、日本国内においても1991年のバブル崩壊から30年、GDPが停滞しはじめた昭和や平成の時代、大量生産大量消費、インターネットテクノロジーの黎明期にあったビジネスの現場ではマーケティング、プログラミング、ビッグデータ、AI技術などが優位でした。数理的、統計的、理数系的な文脈が優秀であることの条件でした。

しかし時代は変わりつつあります。これらの技術や経済が頂上に差し掛かろうとしている令和の時代において、既存技術をどのように活用するかの方法論にパラダイムシフトしはじめています。デザイン、アート、ユーモア、優しさは、どちらかと言うと文系的な新しい価値です。
私たちは未だに理数系の文脈であることがエリートであるかのような古い経済観念にとらわれており、まだまだ文系人間に軽薄さを感じてしまっています。仕事を好きになろう、仕事を楽しもう、優しさを大事にしようと言った場合、オールドエコノミックな人たちは荒唐無稽な楽観主義的としか理解することができないでしょう。しかしそのような考えかたは、今では国際的な開発目標として掲げられ、17項目も存在していることが現実です。現代の私たちは理数系的な価値ではなく、デザイン、アート、ユーモア、優しさなどの文系な考えかたによって、既存のシステムに人間由来の情緒的価値というプログラムを書き込んで、働きがいのある人間らしい仕事と経済成長の実現を目指すのです。

理数系社会に対する文系人間の逆襲がはじまります。


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