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退職後、ギター・ピアノ始めました 第3話「前兆」


 その頃はどこにでもいそうな、いや、少しだけ変わった大学生の「日常」。

 何か欲しい物があるとバイトをする「日常」。

 そんな学生がギター買うために、またバイトを始めた。止めときゃいいのに。クラブの懇親運動会では、いつも足がもつれて転けるのだ。それが「日常」でもある。


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 つづき

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 今度は山の中。道路作る為の測量手伝いをするバイトだった。夏である。

 炎天下。
 うっそうとした背丈ほどの草が生い茂り、風も日陰もないような中を歩く。くーっ、蒸し暑い。まさに「草いきれ」という夏の季語そのものだ。

 社員さん達は暑さに慣れてるし、早く仕事済ませて帰りたいもんだから、やたら歩くのが早い。学生の奴はというとギターばかり弾いてるもんだから体力が全くない。なのに、重い測器を担いで必死について行く。やばい。

 「あっ…」
 急に目の前が真っ白になり、ぼやけ、、、 意識失い真後ろに倒れた。真後ろである。。


 気がついたら、もう病院ベッドの上だった。母や兄、そしてバイト先の社員さんが並ぶ。
ずいぶん寝ていたらしい。

「おー、起きた。大丈夫?」
兄に聞かれたが、聞かれても倒れる寸前の朦朧とした所までしか記憶がないわけで…、
 「いや、大丈夫。。。バイトは?」
 「いやいや、今日はもういいよ。疲れてるやろ、検査もある」

 全くわからなかった。

「どうなったん?」と聞くと、兄が「暑すぎたやろ、倒れたんよ。市民病院運ばれて、ずっと寝てるから心配したよ」
「救急車?」
「そうよ」


 意識を失い倒れて、救急車で運ばれたのである。発作を起こしてたらしいが、いっさいの記憶がないので状況を飲み込めない。

 検査が行われても結果は判明せず。
「しばらく安静にして様子を見ましょう。」のようだった。頭はボーっとしている。

 2〜3日だけの入院だったと思うが、退院しても家族には「薬飲んでおけば大丈夫よ。」などと軽く言われ、なにかよくわからない。

 症状がわからない奴は、暑さにやられ疲れて倒れただけなのだ…と、その後何十年も続く難治性の病気になっていくなど、思いもしなかった。

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 よく理解せぬうちに発作を繰り返すようになってしまう。なのに、家族も本人も病気の話を避け、あえて深く理解しようとしない。理解したくないのである。

 なぜなら、当時は隠す病気であり隠さなければならなかったのだ。
 身内に居ては困るのだ。

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 薬を飲んでいても発作を起こすことがある。発作を繰り返していると、学習する脳は身を守る為に不安を感じ始めるのである。
 (このパターンが続くならば発作を起こすかもしれない。気をつけろ!)と全神経に不安を感じさせるのである。これが予期不安という「前兆」である。

 ずっと、この「前兆」に苦しめられることとなった。

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 「前兆」とはどんな感じなのか。忘れてはいけないので記しておこう。

 それは突如、日常生活に現れる。
 日々の暮らしの中に突如「発作を起こすかもしれない」という不安が、脳に割り込んで来るのだ。
 例えば、仲間とギターを弾き呑んで騒いでいる時だったり、彼女と一緒の夜。あるいは新幹線で移動中や会社での会議中などだ。
 そして一番多いのは、家族で楽しく食事中である。

 突如、内臓全てがギュッと締め付けられ、全身に不快感が走り、脳内でなにか異変が起こり始めてることがわかる。
 これは脳内の神経細胞が混乱し始めた時であろう。

 神経細胞が違う回路に繋がる前のことである。回路が繋がりそうなのを繋がらないように、脳内で何かが闘ってるような感じがする。

 「死さえも厭わず」とでもいうような、しつこい不安感に襲われているのに、逃げたくても逃げられない感じだ。

 どうにも説明しにくいけれども、例えば、、、土砂降りが続く日、すぐ隣の崖から小石がコロコロと落ちてくることに気づいたとする。だが、気づいていても逃げられず、他人には助けを求められないような閉塞感である。もし他人に助けを求めてしまうと人格否定までされてしまうような感じなのである。
 それが「前兆」。その感じ方は人によって違うのだろう。

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 おそらく、パニック発作や広場恐怖症の予期不安と似ていて、脳の中で不安が連鎖していくのだ。人に助けを求め難くも自分では止められないのである。


 脳神経は身体を制御するはずなのに、脳が暴走を始めるのだ。あの夏がきっかけとなって、神経が本来と違う場所に繋がる回路を作ってしまったのかもしれないが、よくわからない。

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 しかし、その病気も妻のおかげで一度は寛解した。感謝している。

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 だが、今から5年前に再発した。

 仕事帰りの道、運転中に意識が、、と同時に中央線またいで走っていた。 「はっ!」と、すぐハンドルを戻したものの、危ないところだった。だが、安心できない。
 辺りは見慣れない景色で、道路案内標識を見ると帰る方向と違う。
「どこ?」
わけがわからなかった。

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 田舎の県道をそのままゆっくり進み、すぐに現れた道路案内標識を見ると、場所はわかった。いつもの曲がり角を通り過ぎ、ずっとまっすぐ進んだようだが、ここまでの記憶がない。
 すぐにコンビニに入り、車を止めた。頭がボーッとして眠気がした。どうやら発作が起こったようだった。

 すぐ休職した。


つづく


 なんかさみしい話になってしまいましたが、「前兆」や「予期不安」というものは経験した人にしかわからないことなので、書いてみました。ほんとは書くのは止めようと思ってましたが、ま、noteだからいいやと…。

 それに「日常」なんてものは、いとも簡単に崩されてしまいます。


 オマケ
 突如、首を締められた「おかづ」動画付き。




雨、雨
また
雨、雨




 話はこれで終わりではないです。後一つ。最終話へ、、、
 つづく⏬️


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