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もう記念日さえ覚えていないけれど

もう記念日さえ覚えていないけれど、あのとき流れていた曲だけは覚えている。

シャッフル機能で音楽を聴いていたら、君の部屋で別れ話をしていたときに流れていた曲が流れてきた。
「未来の俺たちみたいだね」って少し切なそうに笑った君を思い出した。

高校2年生の秋、初めて付き合った恋人と別れた。
彼とは中学が一緒で、同じ本を読んでいたことがきっかけで仲良くなり、中3から付き合っていた。

高校生になり、彼は野球部、私は吹奏楽部に入り、お互い部活が中心の、忙しくも充実した日々を過ごしていた。
なかなか一緒に過ごす時間がなかったけれど、私たちは心でつながっているから大丈夫、そう思っていた。

あの頃は「永遠」とか「絶対」とか、そういう不確かなものを根拠もなく信じていた。
「ずっと一緒にいようね」って約束して、ずっと一緒にいるって信じて疑わなかった。

高校2年生の夏、先輩たちが引退し、彼はキャプテン、私は副部長になった。
部員をまとめる立場になった責任感や使命感も加わり、それまでよりもさらに忙しくなって、時間にも心にも余裕がなくなった。

2人の間に大きな何かがあったわけではないけれど、すれ違いが多くなり、ぶつかることが増えた。
部休が重なった日、このままではいけないと、彼の部屋で話し合った。

好きだけれど、今はお互いのために別れよう。
私たちが一緒にいるのは、今ではないのかもしれない。
また時が来たら一緒になって、そして、ずっと一緒にいよう。
そう約束して、君の部屋を出た。

もう記念日さえ覚えていないけれど、あのとき流れていた曲だけは覚えている。
君は、「未来の俺たちみたいだね」って少し切なそうに笑ってた。

過ぎていった たくさんの月日が
風に乗ってふわり 舞い戻った
そうね 少し落ち着いた仕草で
懐かしい響きの名前で 私を呼んだ
あの頃と同じようで
照れくさくなったり
なんだか大人になったあなたに
少し戸惑う
もしすべてのことに何か
隠れた意味があるのならば
そう きっとあの瞬間に
始まっていたんだ
私たちのStory
手を振る姿 愛しく見えて
わかった
I know the meaning of us
(出典: The Meaning Of Us/歌:安室奈美恵.
作詞:MOMO"mocha"N.作曲:MOMO"mocha"N.)

大学を卒業して社会人になって数年たったある日、彼と同じ野球部の友人から電話があった。
電話に出ると、友人ではなく、君の声がした。

「〇〇、元気だった?」
あの頃の記憶が、あの頃の感覚が、ふわりと舞い戻った。
彼は本当に、あの頃と同じように、懐かしい響きの名前で私を呼んだ。
懐かしくて、懐かしくて、泣きたくなった。

けれど、あの頃と同じようで照れくさくなることはなかった。
なんだか大人になったあなたに、少し戸惑うこともなかった。
思い返せば、別れたのは秋ではなかった気もする。
“君”はまだあの頃にいるけれど、私はもうあの頃にはいない。

もう記念日さえ覚えていないけれど、あのとき流れていた曲だけは覚えている。
「永遠」とか「絶対」とか信じていたあの頃は愛おしい。

ああ、きっと、隣で一緒にハーブティーを飲んでいる夫にも、こんな思い出があるんだろうな。
あの頃にしまっておきたい物語。

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