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帰る道

 私は歩いていた。
これは行く道なのか……
それとも帰る道なのか……

 多分帰る道なのだろう、前に進む様な前向きな気配はここには無い。

 果たしてここはどこなのだろう?

 ああ……妻と子供達の顔が見える、どうしたんだそんなに悲しそうな顔で……
おや?気のせいだった様だ……消えてしまった……

 坂を登って中腹まで来ると、雪が降って来た……
冬の景色も見る分には良い。
しんしんと静かに降る雪は、その冷たさとは裏腹に心が温かくなる、こたつに家族で暖まりながら蜜柑を食べた日を思い出す。

 はは、結婚式の時か……綺麗だな、妻は私には勿体ない女だ。私は幸せ者だ……
……また消えてしまった。
いつまでもこんな日が続くと思って疑わなかったな。

 山を登り切ると、辺り一面見事な紅葉の景色が広がる。
おお、綺麗な紅葉だ……
風にそよぐモミジの紅はなんとも風流だな。
妻と良くドライブに行ったもんだ……

 これは社会人一年目の私だ……
緊張してガチガチじゃないか。
同期の連中も若いな、将来への期待と不安に胸を膨らませている、実に良い顔をしてるじゃないか。
ん?……みんな何処へ行ってしまったんだ。

 下り道、強い日差しが辺りに濃い影を作る
しかし暑いな……
蝉の声と風にそよぐ青々とした木々、皆んなで海へ遊びにいって、夕日を見ながらバーベキューなどしたな……

 おーおー可愛らしい……
これは子供の頃の私だ。
隣に住んでいた、幼馴染の彼は今どうしているのかな、また一緒に駄菓子屋でラムネを飲みたいな。

 麓まで来ると柔らかな春の風のなか、桜吹雪が舞っている。
春の風の何と芳しく心地よいことか……
見事な桜だ!桜は散るからこそ美しい。
私の最後もかくありたいものだ。

 はて……道はここで終わっている様だが?

「お帰りなさい、ここが貴方の始まりで終着点です……」

 真っ黒なスーツに身を包んだ男が厳かに告げる。

「そうか!わかったぞ今のが走馬灯と言うものか!……私は……死んだんだな……」

「ええ、ご家族に看取られて立派な大往生でした」

「そうか……私にしては充実した人生を送った、なんの悔いもない……」

「それは何よりです……では、行きましょうか」

 男と共に田んぼの畦道を歩くと、カエルの大合唱が一斉に鳴り響きく……まるでいままでお疲れ様と言われている様で誇らしい気分になる。

やがて小高い丘に辿り着くと、そこに大きな扉があった。
男は扉を見つめながら

「こちらが……あなたのお墓です。
これからはここでゆっくり過ごして下さい」

「ここにはもしかして、私の死んだ両親や友人が?」

「いいえ……あなた1人だけ……あなただけの居場所です……」

「そうか、1人か……寂しいな……それで次の人生はいつくらいに始まるんだね?」

「?……何のことですか?」

「ほれ、生まれ変わりとか、あるんだろう?」

「いえ……あなたの人生はここで終わりです、これからはありません」

「じゃあ天国とか……地獄とか……」

「良くその様な事を言われる方が居られますが……ありません」

「そんな……ずっと1人で」

「ええ、永遠に……」

私はその場に崩れ落ちた。

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