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イギリスの貴族

日立の元CEO故中西宏明氏が2015年に大英帝国勲章を受章したというニュースがありました。この勲章を受けた人はいわゆる騎士(ナイト)と呼ばれるのですが、そもそもナイトとか貴族とかってなんだろうということで、イギリスの貴族といわれる人たちの定義や、貴族の呼び方のルールなどについてまとめてみました。

【2022.1.28】
参考として、森薫さんの漫画「エマ」の登場人物についてのform of addressを紹介してみました。

貴族とは

イギリスで、貴族(peerage)と定義されるのは、以下の人たちです。


  1. 有爵者 (peer)

  2. 有爵者の妻・未亡人、女性有爵者 (peeress)

  3. 儀礼領主 (courtesy lord)

  4. 儀礼領主の妻・未亡人

  5. 有爵者の息子(儀礼敬称 (courtesy style) がつく人)

  6. 儀礼領主の息子

  7. 5の妻、6の妻

  8. 有爵者の娘

  9. 儀礼領主の娘


それぞれ詳しくみていきましょう。

  1. 有爵者(peer)

有爵者 (peer) とは、爵位をもつ男性のことです。爵位とは、

  • 公爵 (duke)

  • 侯爵 (marquess)

  • 伯爵 (earl)

  • 子爵 (viscount)

  • 男爵 (baron)

の五等爵のことです。

※侯爵は、英国ではmarquess、その他の国ではmarquisとつづります。
※伯爵は、英国ではearl、その他の国ではcountとなります。
※スコットランドには男爵(baron)がなく、かわりにLord of Parliament、略してLordという爵位があります。

2. 有爵者の妻・未亡人、女性有爵者 (peeress)

以下の人たちがそれにあたります。

  • 公爵夫人・公爵未亡人(duchess)

  • 侯爵爵夫人・侯爵未亡人(marchioness)

  • 伯爵夫人・伯爵未亡人・女伯爵(countess)

  • 子爵夫人・子爵未亡人(viscountess)

  • 男爵夫人・男爵未亡人・女男爵(baroness)

※スコットランドではbaronessに相当するものとしてLady of Parliamentがあります。

3. 儀礼領主 (courtesy lord)

儀礼領主 (courtesy lord) とは、公爵、侯爵、伯爵の長男・法定相続人や、法定相続人の長男のことです。

法定相続人 (heir apparent) には、通常、有爵者の長男がなります。長男が死亡したときは、生存中の息子のうち最年長の人が法定相続人になります。法定相続人が死亡したときは、そのまた法定相続人が爵位をひきつぎます。法定相続人になるべき人がまだ生まれていないときは、生まれるまでのあいだ、有爵者の親族のうち、次の爵位継承順位をもつ人が推定相続人 (heir presumptive) になります。

伯爵、男爵の爵位は、女性にもひきつげますので、息子が生まれておらず、娘だけがいるときは、その娘は女推定相続人 (heiress presumptive) となります。

女伯爵や女男爵の夫は、妻の爵位をひきつぐことはできません。

儀礼領主になれるのは、繰り返しになりますが、
公爵、侯爵、伯爵の長男・法定相続人、その長男
です。
子爵、男爵の長男・法定相続人やその長男は、儀礼領主にはなれません。

4. 儀礼領主の妻・未亡人

一部の例外を除き、有爵者の妻・未亡人と同様に扱われます。その例外は後ほど紹介します。

5. 有爵者の息子(儀礼敬称 (courtesy style) がつく人)

儀礼敬称 (courtesy style) とは、LordやThe Honourable (The Hon) などの敬称のことです。

  • 公爵、侯爵の二男以下(Lordがつく)

  • 伯爵の二男以下

  • 子爵、男爵の息子すべて(The Honがつく)

があてはまります。

名乗り方

有爵者

公爵:the Duke of ○○(1人しかいないときはthe Dukeのみ)
侯爵:the Marquess of ○○(口語ではLord ○○
伯爵:the Earl of ○○(口語ではLord ○○
女伯爵:the Countess of ○○(口語ではLady ○○
子爵:the Viscount ○○(of 〜)(口語ではLord ○○
男爵:Lord ○○(of 〜)
女男爵:the Baroness (またはLady) ○○ (of 〜)(大陸式)
    Lady ○○(of 〜)(英国式) ※自分で選択可
スコットランドのLord of Parliament:Lord ○○(of 〜)
スコットランドのLady of Parliament:Lady ○○(of 〜)

○○の部分のことを称号 (title) と呼びます。姓 (surname) とは異なります。

子爵以下はthe Viscount of ○○とかLord of ○○と言わず、ofをつけずにthe Viscount ○○とかLord ○○となります。

子爵以下で、○○のうしろに「of 〜」とつくことがあります(公式文書だけで、日常では名乗ることはありませんが)。この〜の部分のことを土地指定  (territorial designation) とよび、英国の地名(州名と都市名)が入ります。住んでいる場所や生まれた場所、爵位に関連する場所、むかしの戦争のときに活躍した人などは、そのときの合戦場の地名など、自由に選ぶことができます。

Baron Wilson of Libya and of Stowlangtoft in the county of Suffolk(リビアとサフォーク州スタウラントフトのウィルソン男爵)のように、地名を2つつけることもできますが、このときは、少なくともどちらかひとつは、英国内の地名である必要があります。

最近では、Baron Bingham of Cornhill(ビンガムオブコーンヒル男爵)のように、称号のなかに地名をふくむ貴族が増えています(Bingham of Cornhillまでが称号)。ほかの貴族と区別したり、特別に誇ったりするためです。

官位や、階級などは、呼称の前につきます。
例:Major-General the Marquess of Twickenham (少将ツイッケナム侯爵)

手紙などに自署するときは、たとえばthe Duke of Surrey(サリー公爵)なら「Surrey」のように、称号のみを書きます。

有爵者の妻

公爵夫人:the Duchess of ○○
侯爵夫人:Lady ○○【the Marchioness of ○○】
伯爵夫人:Lady ○○【the Countess of ○○】
子爵夫人:Lady ○○【the Viscountess of ○○】
男爵・Lord of Parliament夫人:Lady ○○
※【】内の呼び方は、フォーマルな場で最初に紹介を受けるときのみ

手紙などに自署するときは、たとえばthe Duchess of Middlesex(ミドルセックス公爵夫人)で、自分のファーストネーム (forename) がHelenなら、「Helen Middlesex」のように、ファーストネームと称号を書きます。

有爵者の未亡人

公爵未亡人:
the Dowager Duchess of ○○(存命の最年長の公爵未亡人)
△△, Duchess of ○○(それ以外の公爵未亡人)
侯爵未亡人:
the Dowager Marchioness of ○○(存命の最年長の侯爵未亡人)
△△, Marchioness of ○○(それ以外の侯爵未亡人)
伯爵未亡人:
the Dowager Countess of ○○(存命の最年長の伯爵未亡人)
△△, Countess of ○○(それ以外の伯爵未亡人)
子爵未亡人:
the Dowager Viscountess ○○(存命の最年長の子爵未亡人)
△△, Viscountess ○○(それ以外の子爵未亡人)
男爵・Lord of Parliament未亡人:
the Dowager Lady ○○(存命の最年長の男爵未亡人)
△△, Lady ○○(それ以外の男爵未亡人)
※△△はその人自身のファーストネーム

原則として、最年長の未亡人は、上の表の上段のような、Dowagerのついた形式、それ以外の未亡人は、下段のような、ファーストネームのついた形式で名乗ります。

ただし、近年は最年長の未亡人であっても、ファーストネームのついた形式で名乗るの好む場合が多いです。むかしのように貴族の訃報が新聞に公告されなくなってきていることもあり、名乗り方については、本人の意向を確認し、よくわからないときは、ファーストネームのついた形式であらわすのが望ましいでしょう。

有爵者が亡くなって、爵位をあたらしくついだ人が未婚の場合は、亡くなった前有爵者の未亡人は、亡くなる前と同じ状態のままとなります。爵位をついだ人が結婚したあとは、その未亡人は、上の表の上段・下段のいずれか自分の好きな形式での名乗りが公告されることになります。

有爵者の元妻

有爵者の妻となり、そのあと離婚した人は、離婚後は「Henrietta, Countess of Tolworth」のように、ファーストネームをつけてあらわされるようになります。Her GraceやThe Rt Honなどの敬称 (style) はつけられなくなります。

離婚した元妻が別の男性と再婚したときは、新しい夫の敬称にしたがいます。もし自分の父親から爵位を受けているときは、再婚した時点で、それに復します。

スコットランドの場合は、イングランド法により前妻と未亡人は法的に同等であるため、前妻が再婚しても、最初の夫の称号を名乗ってよいことになっています。

有爵者の子

有爵者の子は、儀礼称号 (peerage title by courtesy / courtesy title) または儀礼敬称 (courtesy style) のいずれかをもちます。


儀礼称号:公爵、侯爵、伯爵の長男が持つ
儀礼敬称:公爵、侯爵、伯爵の娘・二男以下、子爵、男爵の子女すべてが持つ


1926年公布1959年修正Legitimacy Actのもとで嫡出子と認められた有爵者の子女は、現在、Earl Marshal’s Warrantのもと、年少の嫡出子と同等の儀礼敬称をもつことができますが、爵位をひきつぐことはできません。

有爵者の養子については、2004年Earl Marshal’s Warrantのもと、有爵者の二男以下としての儀礼称号を用いることができますが、爵位をひきつぐ権利はありません。

王室によって確認、認識された特別な場合をのぞき、儀礼称号は法定の席次 (precedence) を示し反映します。

公爵、侯爵、伯爵の長男は、父の爵位の称号のうち、父自身が使っているより下位のものを、儀礼称号に用いることができます。通常は、父のもつ二番目の爵位を名乗ります。
例:the Duke of Rutland(ラトランド公爵)の息子や法定相続人がthe Marquess of Granby(グランビー侯爵)と名乗る

儀礼上の侯爵、伯爵に長男(その爵位の第二継承順位者)がいるときは、その長男にもまた、自分よりも下位の爵位を儀礼的に用いさせることができます。

公爵、侯爵、伯爵の法定相続人が息子を残して死亡したときは、その息子(父の死亡とともに祖父のもつ爵位の法定相続人になる)は、その父が生前使っていた儀礼称号を使うことが許されます。

子爵、男爵の長男が父よりさきに死亡したときは、その子女は儀礼敬称The Honourableを用いません。そのため、故John de Courcyは、その父が祖父より先に亡くなったため、祖父がキングセール男爵の爵位をもっていたときは、男爵の子女の敬称The Honourableがつきませんでした。

儀礼称号保持者は、正式な有爵者としての特権をなにももちませんが、有爵者とおなじように扱われます。ただし以下の例外があります。

  • 敬称The Most HonやThe Rt Honはつけられない

  • 手紙などで「The」をつけられない(「The」がつくのは有爵者のみ)

  • 通常「Lord ○○」( ○○卿)とよばれる。ただし儀礼侯爵、儀礼伯爵が自分の儀礼称号を厳密にいう特別な理由があるときは、口語にかぎり「the Marquess of Blandford」とか「the Earl of Burford」のようによばれることがある
    (儀礼子爵、儀礼男爵はこのようなよび方はされない)

儀礼称号保持者の妻は、有爵者の妻とおなじように扱われますが、以下の例外があります。

  • 敬称The Most HonやThe Rt Honはつけられない

  • 手紙などで「The」をつけられない

儀礼称号保持者の未亡人は、有爵者の未亡人とおなじように扱われますが、上記の例外があります。また儀礼称号が故人の兄弟やその他の親族に移った場合は、その称号を自分のファーストネームの前につけます。儀礼称号が自分の息子やまま子に移った場合は、彼が結婚したときにその称号を自分のファーストネームの前につけます。

儀礼称号保持者の元妻については、有爵者の元妻に同じです。

父から息子に直接襲爵されない場合、無冠の兄弟姉妹がいる有爵者になるということが生じます。あたらしく爵位をひきついだ人は、その兄弟姉妹について、その名前の前にLordやLadyの儀礼称号をつける許可をロイヤルワラントに申請することになります。

スコットランドでは、儀礼称号としてマスター (Master) というのがあり、以下の3種類があります。

  1. 以下の法定相続人 (heir apparent) 。通常、長男。

    1. 公爵、侯爵、伯爵、女伯爵の法定相続人。マスターの位をもち、法律文書で代替的に用いられます。爵位と同じ指定 (designation) となり、the Earl of Lauderdaleの息子はthe Master of Lauderdaleとなります。長男の場合は爵位に対する儀礼称号ももち(the Earl of Lauderdaleの息子はthe Master of LauderdaleでもありViscount Maitlandでもある)、そちらのほうがソーシャルには知られています。

    2. 子爵、Lord of Parliament、Lady of Parliamentの法定相続人。法的にもソーシャル的にもマスターの位を有します。

  2. 有爵者の推定相続人 (heir presumptive) 。たとえばLord ○○の弟が推定相続人で、Lord ○○に息子がいないあいだにかぎり、その弟はMaster of ○○の称号をもちます。

  3. 法定相続人のの息子または相続人。儀礼上の爵位をもちます。爵位と同じ土地指定となり、Viscount Maitlandの息子または相続人(いる場合)はthe Master of Maitlandとなります。

マスターの妻は、適切な爵位の称号があればそれで呼ばれ、なければ「Mrs 姓」とよばれます。

マスター位が女性にひきつがれた場合は、「Mistress of ○○」とよばれます。

敬称のつけ方

敬称のつけ方(form of address)としては

  1. 封筒の宛名に書くときの書き方(封筒の宛名)

  2. 手紙の本文を書き始める前の呼びかけ部分の書き方(手紙での呼びかけ)

  3. 口頭で直接、二人称的に呼びかけるときの言い方(口頭での二人称)

  4. 口頭で、他人同士で三人称的に言及するときの言い方(口頭での三人称)

の4つのパターンがあります。それぞれについての、貴族の敬称のつけ方は以下のとおりです。

封筒の宛名

公爵:His Grace the Duke of ○○ / the Duke of ○○
公爵夫人:Her Grace the Duchess of ○○ / Dear Duchess of ○○
公爵未亡人:The Dowager Duchess of ○○ (or △△, Duchess of ○○)
公爵の元妻:△△, Duchess of ○○

侯爵:The Most Hon the Marquess of ○○ / The Marchess of ○○
侯爵夫人:The Most Hon the Marchioness of ○○ / The Marchioness of ○○
侯爵未亡人:The Dowager Marchioness of ○○ (or △△, Marchioness of ○○)
侯爵の元妻:△△, Marchioness of ○○

伯爵:The Rt Hon the Earl of ○○ / The Earl of ○○
伯爵夫人:The Rt Hon the Countess of ○○ / The Countess of ○○
伯爵未亡人:The Dowager Countess of ○○ (or △△, Countess of ○○)
伯爵の元妻:△△, Countess of ○○

子爵:The Rt Hon the Viscount ○○ / The Viscount ○○
子爵夫人:The Rt Hon the Viscountess ○○ / The Viscountess ○○
子爵未亡人:The Dowager Viscountess ○○ (or △△, Viscountess ○○)
子爵の元妻:△△, Viscountess ○○

男爵:The Rt Hon the Lord ○○ / The Lord ○○
男爵夫人:The Rt Hon the Lady ○○ / The Lady ○○
女男爵:(The Rt Hon the) Baroness ○○
男爵未亡人:The Dowager Lady ○○ (or △△, Lady ○○)
男爵の元妻:△△, Lady ○○

公爵の長男:儀礼称号(儀礼侯爵の場合Marquess of ○○)
その妻:儀礼侯爵夫人の場合Marchioness of ○○
侯爵の長男:儀礼称号(儀礼伯爵の場合Earl of ○○)
その妻:儀礼侯爵夫人の場合Countess of ○○
伯爵の長男:儀礼称号(儀礼子爵の場合Viscount ○○)
その妻:儀礼子爵夫人の場合Viscountess ○○
Master:The Master of ○○

公爵・侯爵の二男以下の息子:Lord △△ □□
その妻:Lady △△ □□(夫の姓名)
伯爵の二男以下の息子、子爵・男爵の息子:The Hon △△ □□
その妻:The Hon Mrs △△ □□(夫の姓名)
公爵・侯爵・伯爵の娘:Lady △△ □□
子爵・男爵の娘:The Hon △△ □□(既婚の場合はThe Hon Mrs □□)

※○○ 称号 △△ ファーストネーム □□ 姓 
※スラッシュの前はフォーマルな場合、スラッシュのうしろはソーシャルな場合

ここでフォーマルな場合とは、公式文書などに記録する場合のことを言います。ソーシャルな場合とは、舞踏会やパーティーなどの招待状などに書く場合のことを言います。

手紙での呼びかけ(greetings)

公爵:My Lord Duke / Dear Duke
公爵夫人:Madam (あるいは Dear Madam) / Dear Duchess
公爵未亡人・元妻:Dear Duchess

侯爵以下:My Lord / Dear Lord ○○
侯爵以下の夫人:Dear Madam (あるいは Madam) / Dear Lady ○○
侯爵以下の未亡人・元妻:Dear Lady ○○

公爵・侯爵・伯爵の長男:Dear Lord ○○(○○は儀礼称号)
その妻:Dear Lady ○○(○○は儀礼称号)
Master:Dear Master of ○○

公爵・侯爵の二男以下の息子:Dear Lord △△
その妻:Dear Lady △△(夫のファーストネーム)
伯爵の二男以下の息子、子爵・男爵の息子:Dear Mr □□
その妻:Dear Mrs □□
公爵・侯爵・伯爵の娘:Dear Lady △△
子爵・男爵の娘:Dear Miss □□(既婚の場合はDear Mrs □□)

※○○ 称号 △△ ファーストネーム □□ 姓 
※スラッシュの前後はフォーマルな場合/ソーシャルな場合

口頭での二人称

公爵:Your Grace / Duke
公爵夫人:Your Grace / Duchess
公爵未亡人・元妻:Duchess
侯爵以下:My Lord / Lord ○○
侯爵以下の夫人:Madam / Lady ○○
侯爵以下の未亡人・元妻:Lady ○○
公爵・侯爵・伯爵の長男:Lord ○○(○○は儀礼称号)
その妻:Lady ○○(○○は儀礼称号)
Master:Master
公爵・侯爵の二男以下の息子:Lord △△
その妻:Lady △△(夫のファーストネーム)
伯爵の二男以下の息子、子爵・男爵の息子:Mr □□
その妻:Mrs □□
公爵・侯爵・伯爵の娘:Lady △△
子爵・男爵の娘:Miss □□(既婚の場合はMrs □□)

※○○ 称号 △△ ファーストネーム □□ 姓 
※スラッシュの前後はフォーマルな場合/ソーシャルな場合

ここでフォーマルな場合とは、公式な場(議会や裁判所など)で直接呼びかけられる場合のことを言います。ソーシャルな場合とは、舞踏会やパーティーなどの席で相手から呼びかけられる場合のことを言います。

口頭での三人称

公爵:The Duke (or The Duke of ○○)
公爵夫人:The Duchess (or The Duchess of ○○)
公爵未亡人:The Duchess (or The Dowager Duchess of ○○ or △△, Duchess of ○○)
公爵の元妻:The Dowager Duchess of ○○ or △△, Duchess of ○○
侯爵以下:Lord ○○
侯爵以下の夫人:Lady ○○
侯爵以下の未亡人:Lady ○○ or the Dowager Lady ○○
侯爵以下の元妻:Lady ○○ or △△, Lady ○○
公爵・侯爵・伯爵の長男:Lord ○○(○○は儀礼称号)
その妻:Lady ○○(○○は儀礼称号)
Master:The Master
公爵・侯爵の二男以下の息子:Lord △△
その妻:Lady △△(夫のファーストネーム)
伯爵の二男以下の息子、子爵・男爵の息子:Mr □□
その妻:Mrs □□
公爵・侯爵・伯爵の娘:Lady △△
子爵・男爵の娘:Miss □□(既婚の場合はMrs □□)

※○○ 称号 △△ ファーストネーム □□ 姓 
※スラッシュの前後はフォーマルな場合/ソーシャルな場合

ここでフォーマルな場合とは、公式な場(議会や裁判所など)で三人称的に言及される場合のことを言います。ソーシャルな場合とは、舞踏会やパーティーなどの席で、他人同士がその人のことに言及したりするような場合のことを言います。

一代貴族

これまで紹介してきたのは世襲貴族ですが、一代貴族 (life peerage) といって、男爵の爵位が個人にあたえられることがあります。子爵以上の一代貴族はありません。

これは子にひきつぐことはできず、本人の死亡とともに消滅します。

New Year Honours List、Birthday Honours List、Dissolution Honours List、Resignation Honours Listで公告されるのがほとんどなのですが、個人の一代貴族は新聞やLondon Gazetteで一年をとおして公告されます。

あたらしい一代貴族の称号は、Garter King of Arms(College of Armsのchief herald)またはLord Lyon King of Arms(スコットランドのchief herald)との協議によってきめられます。

称号には、その人の姓が用いられることが多いのですが、姓とまったく異なる称号になることもあります。
例:Peter GummerがLord Chadlingtonになった例

おなじ姓がすでに使われている場合は、その人が死後かなり経っていたとしても、あたらしく叙せられた人は、称号のうしろに土地指定をつけなければなりません。たとえばBaron Smithは死後十年以上たっていますが、そのあとに叙せられたBaron SmithはBaron Smith of Clifton、Baron Smith of Finsbury、Baron Smith of Kelvin、Baroness Smith of Gilmorehillのようになります。この土地指定は、手紙の宛先などに書くことはありません。
例1:Lord Puttnam of Queensgate(クイーンズデールのプットナム卿):
手紙の宛先にはLord Puttnamと書く
例2:Lord Attenborough of Richmond upon Thames(テムズ川のリッチモンドのアッテンボロー卿):
手紙の宛先にはLord Attenboroughと書く

一代貴族の妻

一代貴族の妻は、世襲男爵の妻とおなじようにあらわします。

一代貴族の未亡人

未亡人となっても、終生、亡夫の称号を使いつづけることができます。

一代貴族の夫

一代女男爵の夫は、妻の階級 (class) や席次 (precedence) を取得しません。

一代貴族の子

世襲男爵の子とおなじようにあらわします。ただし一代貴族の子は、父の死後も、儀礼敬称 the Honourable (the Hon) を使いつづけることができます。

敬称のつけ方

敬称のつけ方については、世襲男爵に準じます。

爵位一代放棄貴族

1963年貴族法 (Peerage Act) により、世襲貴族は、爵位を返上することが可能となりました(爵位一代放棄)。

いったん一代放棄した爵位は、取りもどすことができません。爵位の一代放棄は、文書を大法官 (Lord Chancellor) に提出した日から施行されます。

一つ爵位を一代放棄すると、ほかの爵位はあたえられません。爵位を一代放棄すると、襲爵前の状態にもどり、その爵位に由来してこれまで有していた称号や敬称は、いっさい使うことができません。

襲爵後たった数日程度でその爵位を一代放棄しようと思っている場合であっても、前の有爵者の死亡とともに即座にまず襲爵しなければならず、一代放棄するまでの数日間、彼は有爵者の代に数えられます。
例:11th Earl of Selkirk(第11代セルカーク伯爵):
第10代セルカーク伯爵が1994年に死去、襲爵後、同年11月28日爵位一代放棄。

爵位一代放棄貴族 (disclaimed peerage) が准男爵 (baronet) や勲爵士 (knight) でもある場合は、それらは一代放棄後もそのまま残ります。
例: 元Viscount Stansgate(スタンスゲート子爵)Rt Hon Tony Benn

一代爵位は一代放棄できません。

貴族に準ずる人々

上記の貴族の定義からは外れますが、貴族に準ずる人たちがいます。

准男爵

准男爵 (baronet) とは、男爵の下に位置する位で、世襲です。

准男爵にたいしては、敬称として「Sir」が名前の前に、「Baronet(BtまたはBart)」が名前のうしろにつきます。

スコットランドの場合、准男爵は姓と地名が称号になることがあります。この場合はBtがいちばん最後にきます(例:Sir John Macmillan of Lochmillan, Bt)。

官位、階級などの敬称は、Sirの前にきます(The Rev Sir John Pelham, Bt)。

准男爵が枢密顧問官 (Privy Counsellor) でもあるときは、「The Rt Hon Sir John Pelham, Bt」のようにあらわされます(The Rt Honがついていることで枢密顧問官ということは十分あらわされているため、The Rt Hon Sir John Pelham, Bt, PCのような表記は不要です)。

名前のうしろの文字(ポストノミナルレターズ)は、すべてBtのうしろにつけます。

ポストノミナルレターズの種類、つける順序などの決まりについては以下をごらんください。

女性が准男爵位をついだとき(女准男爵)は、「Sir」の代わりに「Dame」が名前の前につき、「Bt」の代わりに「Btss」が名前のうしろにつきます。

准男爵の妻

准男爵の妻は、「Lady」を姓の前につけます。スコットランドでは姓と地名をつけることもあります。「Dame+名+姓」の形は、法律文書に名残を残すほかは、現代では一般的ではありません。ファーストネームを特定する必要があるときは、「Helen Lady Black」のように、Ladyの前にもってきます。同じ姓があり、混乱をさけるために区別するときは、「Lady (Helen) Black」のように括弧でくくる形が、出版物などではしばしばみられます。

准男爵夫人が儀礼敬称Ladyをもつときは、「Lady Helen Black」のように、フルネームで書きます。

儀礼敬称The Honをもつ准男爵夫人(子爵・男爵令嬢が準男爵に嫁いだような場合)は、「The Hon Lady Black」のように、Ladyの前にThe Honをつけます。

准男爵の未亡人

准男爵が死亡したときは、その妻は夫の死亡とともに、ただちにdowagerとなります。年長の准男爵の未亡人が存命の場合は、Ladyの敬称の前に、自分のファーストネームをつけます。

近年は、みな名前であらわされるのを好むので、本人の意向を確認し、よくわからないときは「May, Lady Pelham」のように名前であらわすのが望ましいです。

未亡人が再婚したときは、新しい夫の敬称になります。

准男爵が亡くなって、准男爵位をあたらしくついだ人が未婚の場合は、亡くなった前准男爵の未亡人は、前准男爵が存命時に用いていたのとおなじ敬称を慣習上使いつづけます。准男爵位をついだ人が結婚したあとは、その未亡人は、dowager形式、ファーストネーム形式のいずれか自分の好きな形式での名乗りが公告されることになります。

准男爵の元妻

准男爵と離婚したときは、Ladyの前にファーストネームをつけてあらわされるようになります。離婚した人が別の人と再婚したときは、新しい夫の敬称に従います。

准男爵の子

准男爵の子には、特別な敬称はなにもなく、無冠の紳士淑女の形式のルールにしたがいます。

准男爵の養子には、准男爵位の継承権がありません。

敬称のつけ方

封筒の宛名
准男爵:Sir △△ □□, Bt
女准男爵:Dame △△ □□, Btss
准男爵夫人:Lady □□
准男爵の未亡人:Dowager Lady □□あるいは△△, Lady □□
准男爵の前妻:△△, Lady □□
手紙での呼びかけ
准男爵:Dear Sir △△
女准男爵:Dear Dame △△
准男爵夫人:Dear Lady □□
准男爵の未亡人:Dear Lady □□
准男爵の前妻:Dear Lady □□
口頭での二人称
准男爵:Sir △△
女准男爵:Dame △△
准男爵夫人:Lady □□
准男爵の未亡人:Lady □□
准男爵の前妻:Lady □□
口頭での三人称
准男爵:Sir △△あるいはSir △△ □□
女准男爵:Dame △△あるいはDame △△ □□
准男爵夫人:Lady □□
准男爵の未亡人:Lady □□
准男爵の前妻:Lady □□

※△△ ファーストネーム □□ 姓

勲爵士(ナイト、デイム)

勲爵士とは、一代かぎりの称号で、国家的な勲功のあった人などに王室から授与されるものです。男性はナイト(Knight)、女性はデイム(Dame)です。

敬称として、男性は「Sir」、女性は「Dame」が名前の前につきます。勲爵士号が勲爵士団(order of chivalry)に属するものであれば、該当するものの略称が名前のうしろにつきます(ポストノミナルレターズ)。

男性の場合、下級勲爵士(knight bachelor)があります。下級勲爵士にはポストノミナルレターズはつきません(法律文書や公式文書では名前のうしろにKnightとつけます)。女性の下級勲爵士はありません。

爵位をもつ男性、爵位や儀礼爵位をもつ女性は、名前のうしろにポストノミナルレターズをつけます。

勲爵士に叙せられた人は、爵位授与式をまたずとも、London Gazetteに公告された日から、Sir、Dameの敬称やポストノミナルレターズを使うことがゆるされます。

官位、階級などは、Sirの前にきます:His Excellency Sir Malcolm Edwards, KCMG

イングランド教会(the Church of England)の聖職者(clergyman)が勲爵士に叙せられたときは、Sirの敬称はつけませんが、ポストノミナルレターズは使います。
例:
○ The Rt Rev the Bishop of Westerham, KCVO
× The Rt Rev Sir the Bishop of Westerham, KCVO

それ以外の教会の聖職者が勲爵士に叙せられたときは、Sirの敬称をつけます。すでに勲爵士に叙せられた男性がそのあとでイングランド教会の聖職者に任じられたときは、Sirの敬称をつけたままでかまいません。

儀礼称号Ladyをもつ女性は、Dameをつけずに、名前のうしろに該当のポストノミナルレターズをつけます。敬称The Honをもつ女性は、「The Hon Dame Mary Jones, DBE」のようにあらわします。

イギリス人以外の男性が勲爵士団に属する名誉勲爵士号(honorary knighthood:honouraryとは綴りません)を受けたときは、Sirの敬称はつきませんが、名前のうしろに該当のポストノミナルレターズをつけます。
例:スパイク・ミリガン(アイルランド国籍のコメディアン。2000年に大英帝国勲爵士団ナイト名誉勲章を受章)
○ Spike Milligan, KBE
× Sir Spike Milligan, KBE

イギリス人以外の名誉勲爵士号受章者がのちに英国籍を得たときは、勲爵士号を受ける資格を有し、適切な勲爵士団の勲爵士となれば、Sirの敬称を名前の前に用います。

勲爵士団のうち、ガーター勲爵士団(the Order of the Garter)とシスル勲爵士団(the Order of the Thistle)は男性専用で、階級がひとつだけ(KG: Knight of the GarterとKT: Knight of the Thistle)です。

ほかの勲爵士団は、何段階かの階級があり、上位二階級(男性の場合Knight Grand Cross/Knight Grand CommanderとKnight Commander、女性の場合Dame Grand CrossとDame Commander)が、勲爵士として認められます。

勲爵士団のなかで昇級すると、まえに使っていたポストノミナルレターは消え、あたらしいものに上書きされます。たとえば、Sir John Brown, KCBがGCBに昇級すると、Sir John Brown, GCBとなります。Dame Muriel Brown, DCBがGCBに昇級すると、Dame Muriel Brown, GCBとなります。

おもな勲爵士団と階級
※下記の①②のみ勲爵士とよばれる
Order of the Garter(ガーター勲爵士団)
①Knight of the Garter (ガーター騎士、KG)
Order of the Thistle(シスル勲爵士団)
①Knight of the Thistle (シスル騎士、KT)
Order of the Bath(バース勲爵士団)
①Knight Grand Cross / Dame Grand Cross (大十字騎士、いずれもGCB)
②Knight Commander / Dame Commander (司令官騎士、男性はKCB、女性はDCB)
③Companion (司令官、CB)
Order of the Star of India(スター・オブ・インディア勲爵士団)
①Knight Grand Commander (大十字騎士、GCSI)
②Knight Commander (司令官騎士、KCSI)
③Companion (司令官、CSI)
Order of St Michael and St George(聖マイケル・聖ジョージ勲爵士団)
①Knight Grand Cross / Dame Grand Cross (大十字騎士、いずれもGCMG)
②Knight Commander / Dame Commander (司令官騎士、男性はKCMG、女性はDCMG)
③Companion (司令官、CMG)
Order of the Indian Empire(インド帝国勲爵士団)
①Knight Grand Commander (大司令官騎士、GCIE)
②Knight Commander (司令官騎士、KCIE)
③Companion (司令官、CIE)
Royal Victorian Order(ロイヤル・ヴィクトリア勲爵士団)
①Knight Grand Cross / Dame Grand Cross (大十字騎士、いずれもGCVO)
②Knight Commander / Dame Commander (司令官騎士、男性はKCVO、女性はDCVO)
③Companion (司令官、CVO)
④Lieutenant (将校、LVO)
⑤Member (団員、MVO)
⑥Medal (associated) (RVM)
Order of the British Empire(大英帝国勲爵士団)
①Knight Grand Cross / Dame Grand Cross (大十字騎士、いずれもGBE)
②Knight Commander / Dame Commander (司令官騎士、男性はKBE、女性はDBE)
③Commander (司令官、CBE)
④Officer (将校、OBE)
⑤Member (団員、MBE)

勲爵士団の順位は、上の表の順番になります。つまり、ガーター勲爵士団が最高順位で、以下シスル勲爵士団、バース勲爵士団、スター・オブ・インディア勲爵士団、聖マイケル・聖ジョージ勲爵士団、インド帝国勲爵士団、ロイヤル・ヴィクトリア勲爵士団、大英帝国勲爵士団の順となります。

おなじ階級で複数の勲章を受けた場合は、ポストノミナルレターは、受章順ではなく、その勲章の属する勲爵士団の順位にもとづいた順序で記載します。複数のことなる階級の勲章を受けた場合は、低順位の高階級のほうが高順位の低階級より前にきます。
例:Lt-Gen Sir John Brown, GBE, KCMG, CB, CBO
大英帝国勲爵士団は聖マイケル・聖ジョージ勲爵士団よりも低順位だが、グランドクロスのほうがナイトよりも高階級なので、GBEがKCMGより前にくる。また聖マイケル・聖ジョージ勲爵士団はバース勲爵士団よりも低順位だが、ナイトのほうがコマンダーよりも高階級なので、KCMGがCBよりも前にくる。

The Most Venerable Order of the Hospital of St John of Jerusalem(1831年創立、英連邦諸国、米国、香港、アイルランドにて設立)のメンバーシップを示すポストノミナルレターズはふくめません。Dames Grand Cross and Dames of Justice of Graceは敬称Dameをもちません。

勲爵士団に属する女性勲爵士が、法律上の名前ではなく職業名で公告されたときは、職業名で扱われることを好むのが一般的です。
例:Margot Fonteyn(マーゴ・フォンテイン。バレエダンサー。本名Peggy Hookham)
Dame Peggy Hookham, DBEではなくDame Margot Fonteyn, DBEと表す

勲爵士の妻

勲爵士の妻(勲爵士夫人)は、「Lady Smith」のように、「Lady」を姓の前につけます。「Dame+名+姓」の形は、法律文書になごりを残すほかは、現代では一般的でありません。ファーストネームを特定する必要があるときは、「Edith, Lady Smith」のようにLadyの前にもってきます。おなじ姓があり、混乱するときは、「Lady (Edith) Smith」のように、かっこでくくる形が、出版物などではしばしばみられます。「Lady Edith Smith」のような敬称にはけっしてなりません(ただし公爵、侯爵、または伯爵の娘の場合は別です)。

勲爵士夫人が、子爵または男爵の娘で、儀礼敬称The Honourableをもつときは、「The Hon Lady Smith」のように、Ladyの前にThe Honをつけます。

イングランド教会の聖職者が勲爵士に叙せられたときは、その妻は「Mrs John Smith」と名乗りますが、席次(precedence)は勲爵士夫人としてあつかわれます。

名誉勲爵士の妻は「Mrs John Smith」のように名乗ります。

勲爵士の未亡人、元妻

再婚するまで、勲爵士夫人として扱われます。再婚とともに、あたらしい夫の敬称をうけつぎます。

勲爵士の夫

女性勲爵士の夫は、妻の称号や敬称をとりいれません。

勲爵士の子

勲爵士の子は、特別な敬称はなにもありません。

敬称のつけ方

封筒の宛名
下級勲爵士:Sir △△ □□
ナイト:Sir John Smith, GCB
勲爵士夫人:Lady □□
デイム:Dame △△ □□, GCB
手紙での呼びかけ
下級勲爵士:Dear Sir △△
ナイト:Dear Sir △△
勲爵士夫人:Dear Lady □□
デイム:Dear Dame △△
口頭での二人称
下級勲爵士:Sir △△
ナイト:Sir △△
勲爵士夫人:Lady □□
デイム:Dame △△
口頭での三人称
下級勲爵士:Sir △△あるいはSir △△ □□
ナイト:Sir △△あるいはSir △△ □□
勲爵士夫人:Lady □□
デイム:Dame △△あるいはDame △△ □□

※△△ ファーストネーム □□ 姓

スコットランドだけの称号

スコットランドには、チーフ (Chief)、族長 (Chieftain)、領主 (Laird) という称号があります。名乗り方は、称号+of+土地指定の形式です(例:Fraser of Lovat、Macdonald of Clanranald)。これは厳密にいうと、姓の一部と考えられています。

また名前のうしろに「of that Ilk」(〜一家)とつけられる形式もあります(例:Moncreiffe of that Ilk)。これは16世紀後半にハイランド地方のチーフが王からこのように呼ばれたものです。1707年にイングランドと合併したあとは、ハイランド地方のチーフは名前を単に繰り返すような形式(例:Macdonald of Macdonald)の名乗り方が出てきました。

名前を繰り返す名乗り方のチーフの中には、例えばChisholm of Chisholmなら「the Chisholm」のように、称号の前にtheをつけて、称号を省略するチーフもいます。「The MacLaren of MacLaren」のように、称号や土地指定にtheをつけるチーフもあります。

チーフの妻は、「Mrs」をつける人もいますが、アイルランド式に「Madam」をつける人もいます(例:Madam Chisholm)。

未亡人

チーフ、族長、領主の未亡人は、「Dowager Mrs」「Dowager Madam」+称号の形はほとんどみられませんが、現チーフの妻と同居しているときは有用な見分け方です。

長男や法定相続人は、姓のうしろか全体のうしろに「yr」(youngerの略)をつけます。
例:Ranald Macdonald, yr of CastletonまたはRanald Macdonald of Castleton, yr

長男や法定相続人の妻は、自身が領主位をひきついでいない限り、特別な称号を使いません。

二男以下は、自身が領主位をひきついでいない限り、特別な称号を使いません。

未婚の娘は、家の土地指定を使い、自身のファーストネームを使いません。
例:Miss MacLeod of Glendale

敬称のつけ方

The Chisholmの場合
封筒の宛名:The Chisholm
手紙での呼びかけ:Dear Chisholm
口頭での二人称:Chisholm
口頭での三人称:The Chisholm

Colonel Donald Cameron of Lochielの場合
封筒の宛名:Colonel Donald Cameron of Lochiel
手紙での呼びかけ:Dear Colonel Cameron
口頭での二人称:Lochiel
口頭での三人称:Lochiel

The MacNeil of Barraの場合
封筒の宛名:The MacNeil of Barra
手紙での呼びかけ:Dear MacNeil
口頭での二人称:Barra
口頭での三人称:Barra

The Hon Peregrine Moncreiff of that Ilkの場合
封筒の宛名:The Hon Peregrine Moncreiff of that Ilk
手紙での呼びかけ:Dear Moncreiff
口頭での二人称:Moncreiff
口頭での三人称:Moncreiff

Mrs Mackintosh of Mackintosh(あるいはMadam Mackintosh of Mackintosh)の場合
封筒の宛名:Mrs Mackintosh of Mackintosh(あるいはMadam Mackintosh of Mackintosh)
手紙での呼びかけ:Dear Mrs Mackintosh of Mackintosh(あるいはDear Madam Mackintosh of Mackintosh)
口頭での二人称:Mrs Mackintosh(あるいはMadam Mackintosh)
口頭での三人称:Mrs Mackintosh(あるいはMadam Mackintosh)

アイルランドの騎士

アイルランドでは、FitzGerald家から授与される封建権威として、

  • The Knight of Kerry (the Green Knight)

  • The Knight of Glin (the Black Knight)

  • The White Knight

の3つの世襲騎士があります(ただし「The White Knight」は現在休止状態)。

敬称のつけ方

封筒の宛名:
(The Knight of Kerryの場合)Sir △△ FitzGerald, Bt(准男爵でもあるため)
(The Knight of Glinの場合)The Knight of Glin
手紙での呼びかけ:Dear Knight(結語はYours sincerely)
口頭での二人称:Knight
口頭での三人称:The Knight of Kerry あるいは The Knight of Glin

※△△ ファーストネーム

最後に…無冠の一般人

称号のない一般人は、男性の場合は「Mr John Brown」のようにあらわします。今日では敬称を省いて「John Brown」とあらわしてもかつてほど無礼ととられなくなり、広く使われるようになりました。古くは「John Brown, Esq」のように、名前のうしろに「Esq」というのをつけていたようですが、現代ではめったに使われません。

未婚の女性にたいしては「Miss+ファーストネーム+姓」あるいは「Ms+ファーストネーム+姓」とあらわします。結婚したのちも旧姓を使いつづけることができます。旧姓を使いつづける場合は、彼女の好みがはっきりしない限り、彼女は引き続きMissかMsの敬称であらわされるべきです。

既婚女性にたいしては、伝統的には「Mrs+夫のファーストネーム+姓」となり、「Mrs+自分のファーストネーム+姓」となるのは離婚した女性のみだったのですが、今日では既婚女性や未亡人についても「Mrs+自分のファーストネーム+姓」とあらわすことが広くおこなわれるようになってきました。「Mrs+夫のファーストネーム+姓」の形式は現在でも使われており、公式な手紙のやりとりのときはこれが適切とされています。既婚女性の中には、「Mrs+夫のファーストネーム+姓」は古臭い形式と感じる人も多いでしょうが、既婚であることがはっきりわかり、あいまいさがなくていいという人もいるようです。

ビジネスの場では、Msという敬称がMrに相当する女性の敬称として便利なため使われていますが、MissやMrsでよばれたいか、Msのほうがよいか、常に確認することが望ましいでしょう。ソーシャルな場においてもMsの敬称を好む女性もいます。

一般人の敬称のつけ方
男性
封筒の宛名:△△ □□, Esq あるいは Mr △△ □□
手紙での呼びかけ:Dear Mr □□
口頭での二人称、口頭での三人称:Mr □□
未婚女性
封筒の宛名:Miss △△ □□
手紙での呼びかけ:Dear Miss □□
口頭での二人称、口頭での三人称:Miss □□
既婚女性・未亡人
封筒の宛名:Mrs △△ □□(夫または自分のファーストネーム)
手紙での呼びかけ:Dear Mrs □□
口頭での二人称、口頭での三人称:Mrs □□
離婚した女性
封筒の宛名:Mrs △△ □□(自分のファーストネーム)
手紙での呼びかけ:Dear Mrs □□
口頭での二人称、口頭での三人称:Mrs □□
女性
封筒の宛名:Ms △△ □□(自分のファーストネーム)
手紙での呼びかけ:Dear Ms □□
口頭での二人称、口頭での三人称:Ms □□

※△△ ファーストネーム □□ 姓

参考:森薫「エマ」の場合

森薫さんの漫画「エマ」は、19世紀末ヴィクトリア朝のイギリスを舞台に、貿易商の跡取り息子とメイドの女性との恋愛を描いた作品です。

主人公ウィリアム・ジョーンズ(William Jones)は、当主リチャード・ジョーンズ(Richard Jones)が営む貿易商の跡取り息子です。この家は執事と多人数のメイドを抱える名家なのですが、新興のジェントリなので貴族ではなく、爵位は持っていないので、彼らは「Mr William Jones」「Mr Richard Jones」となります。

ウィリアムの恋人であるエマ(Emma)はもちろん、エマが住み込んでいる家庭教師(ガヴァネス)のケリー・ストウナー(Kelly Stowner)も、優雅な暮らしをしていますが、貴族ではありません。ケリーは若い頃に夫ダグと死別しているので、ケリーは「Mrs Douglas Stowner」と呼ばれるはずです。

ハワースに住むウィリアムの母は「Mrs Richard Jones」、屋敷を構え多人数のメイドを使うメルダース(Mölders)一家もドイツからの移住者であって貴族ではないので、敬称は無冠の一般人の「Mr」「Mrs」「Miss」です。

ウィリアムの友人にロバート・ハルフォード(Robert Halford)という人がいますが、彼は男爵家の跡取りなので、彼に手紙を出すときは、封筒には「The Hon Robert Halford」という宛名を書くことになり、手紙の本文の書き始めは「Dear Mr Halford,」となります。会った人には「Mr Halford」と呼びかけられ、彼のことを話題にするときにも、「Mr Halford」と言うことになります。仲の良い友達からは「Robert」とか「Halford」と呼ばれるでしょう。

ウィリアムはキャンベル子爵(Viscount Campbell)の令嬢エレノア・キャンベル(Eleanor Campbell)と婚約するのですが、このエレノアは子爵令嬢なので、手紙を書くときは、称号、姓ともにCampbellと仮定すると、封筒には「The Hon Eleanor Campbell」という宛名を書くことになります。手紙の本文の書き始めは「Dear Miss Campbell,」となります。会った人には「Miss Campbell」と呼びかけられ、彼女のことを話題にするときにも、「Miss Campbell」と言うことになります。

エレノアの父親はキャンベル子爵(the Viscount Campbell)、母親はキャンベル子爵夫人(the Viscountess Campbell)です。社交の場に夫婦揃って出てきた時は、「Lord and Lady Campbell」と紹介されることになり、面と向かって話しかけられる時はそれぞれ「My Lord」「Madam」と呼びかけられることになります。三人称的に言及されるときはそれぞれ「Lord Campbell」「Lady Campbell」です。

7巻でウィリアムがキャンベル子爵宛に手紙を書いていますが、そのときの封筒の宛名は「The Rt Hon the Viscount Campbell(またはThe Viscount Campbell)」とするのがお作法です。本文の書き始めは「My Lord,(またはDear Lord Campbell,)」となります。

エレノアの姉モニカ(Monica)は、キャンベル子爵令嬢でしたが、ミルドレイク伯爵(the Earl of Mildrake)に嫁いでいます。独身時代にもらったラブレターの宛先は「The Hon Monica Campbell」だったでしょうが、結婚後のモニカ宛に手紙を書くときは、封筒の宛名は「The Rt Hon the Countess of Mildrake(またはThe Countess of Mildrake)」となります。本文の書き始めは、かつてはエレノアと同じ「Dear Miss Campbell,」で、結婚後は「Dear Madam,(またはDear Lady Mildrake,)」です。

4巻でウィリアムはモニカに対して「ミセス・ミルドレイク」と呼びかけていますが、正しくは「Madam(またはLady Mildrake)」となるはずです。口頭での三人称は「Lady Mildrake」になります。

モニカの夫フレデリック(ミルドレイク伯爵)に対しては、封筒の宛名は「The Rt Hon the Earl of Mildrake(またはThe Earl of Mildrake)」、本文の書き始めは「My Lord,(またはDear Lord Mildrake,)」、口頭での二人称は「My Lord(またはLord Mildrake)」、口頭での三人称は「Lord Mildrake」となります。

おわりに

いかがでしたか?

貴族とかナイトとか、日頃あまり接する機会のない方々ばかりかもしれませんが、英国貴族ものの小説や漫画などを作るときには役立つかもしれません。

参考文献:"Debrett’s Correct Form", Debrett’s Limited, 2010.
     Wikipedia各種ページ

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