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昭和時代のバレンタインデーの想ひ出と、その追体験

 話は、数日前にさかのぼる。

 勤務時間も終わり、周りの人気(ひとけ)も少なくなった頃、私よりも10歳以上も年上の(60歳近い)お姉さまアルバイトが、私の席のところにくる。少し、仕事の話をした後、会社の茶封筒――少し膨らみのある茶封筒――を私の机に差し出してきては、彼女が言う。
「少し早いですけど、これ、明日の……。」
 明日? 会議でもあったか? 彼女は続ける。
「内緒でこそっとしてますから……。」
 明日……14日? 内緒? ……もしかして、バレンタインデーか? 私の口から、とっさに言葉がこぼれる。
「えっ! ……こ、困ります!」
 彼女は続ける。
「これはリーダーだけ。こそっと……(笑)。」

 確かに、うちのチームには女性(Z世代)がもう一人いる。その人と合同で――ということでもなさそうだ。それに、チームには私以外の男性もいるが、彼らにも渡さない、ということなのだろう。
「(気を使ってもらって)すみません。ありがとうございます……。」
 と……言ったような記憶もあるような、ないような。私も、若干テンパっていて、正直あまり覚えていない……。

 その後は、また少し仕事の話をして、その場は終わった……。

 彼女が1日早く渡したのは、恐らく、確実に「こそっと」ことを済ませるためであり、そのために早めに準備をしておいて、今日のように、周りに誰もいなく2人きりになれるチャンスをねらっていたのだろう。「こそっと」渡したのは、チーム内の他の男性にはあげたくなかったからだろうが、まあ、アルバイトという立場もあり、他の社員やアルバイトたちからも抜け駆けのようなマネを見られたくなかったのもあったのかもしれない。

 というのは、実は我社では、私が入ったときから「虚礼廃止」と言われていて、年賀状も「やめましょう」となっていた。具体的に、バレンタインデーもやめましょう――というのは聞いたことはなかったのだが……。

 そういえば、転職する前の会社では、総務の女性集団から、ドカドカと機械的にもらった覚えはある。また、数年前に関連会社へ出向していた時も、個人的に部下女性から頂いたりもした。しかし、やはり、我社においては、特段、バレンタインデーの甘美な記憶は残っていない。

 ということで、今回のケースも、私自身、取り立てて新鮮な経験というわけでもないが……なぜだろう。今回、私は、なんだか懐かしい想いをしてしまったのだ。それに、私の口からとっさに出た「困ります!」という言葉。自分で発しておきながら、これは、一体どういうことなのだろう……?

 

○チョコレートをもらって困ったワケ

 まあ、一般的に考えて、上司部下の関係があって、虚礼廃止もうたわれている中、このようなものを……しかも、「こそっと」もらっては困る、というのもあっただろう。私も人間なので、今後の彼女とのいろんなやりとりにおいて、今回のことが全く影響を与えない――というような自信はない。

 しかも、「こそっと」もらったものは、やはりお返しも「こそっと」することになるだろうし、だとすれば、これもなかなかハードルが高い。まあまだ、私は彼女の上長に当たるので、別室への呼び出しなどは難しくはないが……。

 ただ、そういった一般的な「答え」があるとしても、私自身、何かもっと引っかかるものを感じたのである。年上の女性から「こそっと」……。

 もしかしたら……。

 

○中学時代のバレンタインデーの想ひ出

 ――話は、私が中1の頃までさかのぼる。実に、32年前の話だ。

 それは、バレンタインデーの前日における、「帰りの会」での担任からの言葉だった。突然、何の話かと思えば、担任から、
「勉強に関係のないような、贈り物のようなものは学校に持ってこないように!」
と言われたのである。この辺、明確に、
「バレンタインデーだからといって、チョコレートなどは持ってくるな!」
と言わないところが、なんとも学校らしいのだが、いずれにしても、近くの女子が、
「もう少し早く言ってくれれば……もう! 手作りチョコ作ったのに!」
と言っていたのを覚えている。学校とは、まあ、この程度のものなのだ。

 なので、元々非モテな私も、
(これで、ますます誰からももらえないだろう。大義名分もあるし、落ち込むこともなくなった!)
くらいにしか思っていなかった。

 ――思っていなかった。

 しかし、その日の朝、いつも通り、部活の朝練が終わった後、とある先輩から呼び出しを食らう。なんだろうと思いつつも、先生からの忠告もあったし、
(さすがにチョコじゃないよね?)
などと思いながら先輩の元に行くが……なんと! やはり、「こそっと」ソレを頂いてしまったのだ!

 その時、とにかく困ったのを覚えている。まず、持ってきてはいけない、と学校から言われていたものが目の前にある。とても受け取らない、というような選択が許される雰囲気でもなく、もらわざるを得ない状況。そして、仮にこれをもらったとして、それどうやって自分の教室のロッカーまで運ぶのか。また、もらった以上は、来月、お返しを持ってこなくてはならない。先生との約束もある。学校のルールを守るべきか、先輩との信頼関係を取るべきか……。

 正直、こんな想いが同時に脳内を駆け巡り……嬉しさよりも、困惑の方が大きかった。

 余談だが、当時その先輩は、特段私に対して何か恋心なようなものはなかったと思っている。というのは、それまでの部活においても至って普通の関係で、「そのような態度」を匂わすことすらなかったからだ。

 話を戻すが、とりあえず、無事、ソレを自宅まで持ち帰り、中身を確認する。やはり……それはそれは、立派なチョコレートだった。まだ、小学生気分が抜けていない頃の私(当時、身長135cm。)にとっては、とっても大人過ぎたというか、私には似つかわしくなく、違和感でしかなかったことは、今でも覚えている。

 いや、それよりも、そんなことよりも、お返しはどんなものがいいのか……対策を考えないと。……どんなところで買えるのか。

 今みたいに気軽に様々な情報にアクセスする手段がなかった時代。今話題の ChatGPT などもなかった時代。中1とはいえ、まだまだ世間知らずだった私。年代的にも、女子と男子で、だいぶおマセ度合いが違うお年頃。元々交友関係も乏しく、こういうことを聞ける友人もいない。お受験して入った中学校ということもあってか、基本的に周りはクソまじめな友人ばかり。

 この時、女子に相談ができていれば、明快な回答が得られただろうが、そんなことができるわけなく、一応、当時一番仲の良かった友人にそれとなく相談しようとするが、
「まさか、(先生からダメと言われたものを)学校で受け取ったりしてないよね(笑)?」
などと、悪事には手を貸さないよ? と予防線を張られてしまう始末。

 ということで、あとは、頼れるべきは母親しかいなかった。

 

○母が用意してくれたお返しとは

 母も、我が息子にしては、えらく似つかわしくないというか、えらく大人っぽいものをもらったと思ったのだろう。もっと、中学生らしいもののお返しで充分だと思ったのかもしれない。

 数日後、母がお返しとして用意してくれたものは……なんと! 未だに売られている、超ロングセラー――お菓子の会社でおなじみ「ブルボン」の「チョコあ~んぱん」だった……。

 ――当時、さすがの私も、中1のホワイトデーのお返しとしては、だいぶズレている――というか幼稚に感じたのだが、母に頼んだ以上、
「それは違う!」
とも言えないし、仮に言えたとしても、じゃあ、どんなのがいいのか……と言われれば、見当もつかない。その間、母は、自信満々に、別途大事に保管していた包装紙――以前何かで使ったことのあるような折り目のある再利用包装紙――で、それを器用なまでにラッピングしている……。

 コレ、仮にうまくお返しができたとしても、お返しの品としては不適切ではないだろうか?

 また悩みのタネが増えてしまった……。

 ということで、先生からの注意、先輩の気持ち……だけでなく、母の気持ち(?)まで巻き込んだこの事件は、いろんな人のいろんな想いが錯綜する中――3月14日の朝、私は忘れずにソレをカバンにしまい込み、学校へ向かった。

 

○それでそれで?

 その日、朝練の場で、先輩と目が合うことはあったが、なかなかふたりきりになれる機会がなく、朝練が終わっても、先輩に声をかけるタイミングを見つけられなかった。なので、とりあえず、問題は放課後の部活へ先送りされることとなる。

 放課後の部活でも、状況は朝練に同じ……気のせいか、その日はよく先輩と目が合うな、とか、先輩もタイミングを見計らってくれているような気もしたが……それは、私の思い過ごしだったのかもしれない。もしかしたら、そんなタイミングで、先輩から声かけてもらっていたら、すんなりと「こと」が進んだのかもしれないが、さすがに先輩も、そこまで厚かましくなかったのだろう。今までもいろんな場面において、決して積極的でなかった私は、結局、その日、その後も先輩に渡すタイミングを作ることができず、気がついたら、先輩も帰ってしまっていて、「チョコあ~んぱん」は、そのまま家に持ち帰ることとなった。

 なお、これまた余談だが、その後も、その先輩とは特段何もなかった。恐らくその先輩は、ただ単に、そんな「バレンタインデー」という世間のイベントに乗っかり、そういう気分を味わいたかっただけなんじゃないかと思っている。
(私にも、渡せるような人がいるんだよ。)
 とでもいうような……。特に私は、非モテかつ人畜無害だったこともあり、そんな先輩に利用されてしまっただけのような気がしている。

 とはいえ、先輩に不快な思いをさせてしまったのは間違いないし、私自身も、なんとも後味が悪い出来事として、未だに記憶に残ってしまっているのだ……。

 結局、この事件は、何が悪かったのか? やはり、学校のルールを違反して持ってきた先輩が悪かったのか。母親に頼んだ私が悪かったのか。私自身の勇気のなさが悪かったのか……。

 

○その時の想いを今になって

 それから30年以上が経過し、カラダだけは立派な大人になった今でも、スーパーで「チョコあ~んぱん」を見かけるたび、このときの先輩の表情が思い出される。

 そう。今回私からとっさに飛び出した言葉「困ります!」というのは、もう二度とこんな想いをしたくない……ことの裏返しだったのかもしれない。

 また、もはや60歳近いお姉さまアルバイトも、今となっては昭和の昔のこんなイベントを、やはり今でも楽しみたい、懐かしみたい、ということもあるのかもしれない。

 そうであるならば、今回私もそれに応え、私自身も、過去の失敗のやり直しという意味も込め、今回こそは、渡しそこなうことがないよう、青春の追体験――というか、過去に成し得なかったことの気持ちの整理をしてしまいたい! これで、今後「チョコあ~んぱん」を見かけるたびに、この出来事を思い出さなくて済むだろう。

 なお、最後になるが、32年前といえば、実は「昭和」ではなく、すでに「平成」である。結果、タイトル詐欺となってしまっているが、より、当時の雰囲気を分かりやすく伝えるための手法のひとつとして、「昭和」という単語をタイトルに用いたものである。この件、あらかじめご了承願いたい。


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