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禅僧・南直哉さんへのインタビュー記事が感慨深かった話【人間はそもそもネガティブ】

少し前にyahoo!ニュースで恐山の禅僧・南直哉さんへのインタビュー記事を読んで感慨深かった。


シャーマンキング世代の私からすると「恐山」というワードだけでまず既に何かがぐっと来るのだが(笑)、南さんは異色の経歴をお持ちで(詳しくはニュース記事をご覧ください)、文章・言葉に惹きつけられずにはいられない。


個人的に南さんにハマったきっかけは、WEBマガジン「考える人」にて掲載されていた「お坊さんらしく、ない。」を読んで。
良い意味で淡々としていて、でも冷たい訳ではなくて、説得力のあるところが好きです。
読むと心が楽になりました。

こちらの連載が元となる書籍「苦しくて切ないすべての人たちへ」が発刊されていたことに気づいていなかった。急いで買わないと。

さて前置きが長くなったが、件のニュース記事は、

「人間はそもそもネガティブ。無理に夢や希望を持つ必要はない」
という南さんのお話。


まず、これだけでちょっと心が楽になりませんか?


私は超ネガティブなのだが、「ネガティブな自分」を否定される経験が多かった。
「もっと前向きにとらえなよ」「考えすぎだよ」「やりたいことや目標を持つといいよ!」などなど、言っちゃ悪いがありがた迷惑な言葉をたくさんかけられる度につらかった。というか今もつらい。

なので南さんにこう断言してもらえると心が軽くなる。
そうだよね、いいんだよね、と思える。

この「ポジティブが善」風潮の中、ネガティブな発言は憚られるようになる。
そこで南さんが警鐘するのが、今の若者は

「自分の気持ちを言葉にできない」
「ネガティブな思いを言葉にする力が萎えている」

ということ。

「つらいから私に会いたいと言ってやってくるのに、いざ対話をはじめようとすると、彼らから言葉が出てこない。例えば、30歳の男性。いい大学を出て、大会社に就職して、将来を嘱望されていたような人なんですが、会社に行けない。理由を聞いても、言わないんです。私はこれまでの経験から、『あなたが言いたいのは、こういうことじゃないですか』と言ってみる。すると相手は驚いて、『なぜわかるんですか、さすがお坊さん、神通力ですか』(笑)。違う、違う。私は言葉のサンプルを出しただけ。しかし、彼は言葉で自分の感情を表すことを知らないんです。彼らのような人たちが、実に増えています。自分が抱える悲しみや苦しみ、ネガティブな思いを言葉にする力が萎えている。言葉にすることだけではなく、何が切ないのか、つらいのか、感情すらわからなくなっているんです」

https://news.yahoo.co.jp/articles/851d718af77f5107b09bad5d76a4ad5bf9e2eaa1?page=2

これには私自身もギクリ。
まさにおっしゃる通りで、もう何がつらいのか、嫌なのかうまく言葉にできない。

でもでも私はこうやって、noteやら日記などに頑張って言語化しているぞ…!と思いたいところでさらにグサリ、と来る次のお言葉。

SNSは「対話」ではない

「言葉っていうのは、対話でしか成り立たないんです。相手が何を考えているのか、自分の言葉が通じているのか。やりとりの中で問題が明確になり、気づきがあるんです。SNSの問題は、思いを一方的に『吐くだけ』だということ。そこにフィードバックはない。これは麻薬のようなものです。吐き出す言葉の強度を上げていかないと、実感が湧かなくなっていく。こんなことを続けていると、感情は疲弊していく一方です。…中略…『いいね』だって、反応じゃないんですよ。『あなたの話は商売になりますね』という意味に近い。対話ではないんです」

https://news.yahoo.co.jp/articles/851d718af77f5107b09bad5d76a4ad5bf9e2eaa1?page=3

た、確かに・・・
耳をふさぎたくなるがおっしゃる通りで、SNSに一方的にぶつけることは「逃げ」だろう。

じゃあどうしたらいいの?
という問いに対する答えが、時間はかかるが「弱音を吐いちゃいけない」っていう思いこみを解除するということ。

そのために本来は、親が『私はあなたの存在を全面的に肯定する』役目を担う。

少し話が脱線するが、これ、本当にそう思う。
幼少期からずっと親に『全面的に肯定』されてきた人って、最強だと思う。
周りに何人かいますが、本当に最強。
落ち込むことはあっても病まないもんね、あの人たち。
そして嫌なことがあったときにそれを解決する力もすごい。
やはり南さんのおっしゃる「言語化する能力」がしっかり培われているのだろう。

私のような向こう岸にいる人間にとってそういう人たちは眩しくて苦手な人種だけれど、本当はうらやましい。

だが南さんは、親にそれができない場合は、別の「淡い関係」が結べる人に対して弱音を吐く練習をすべきと示されている。

「家族や友人ほど親しくなくていい。年上で、信用できて、ちょっと距離のある人。学校や習い事の先生でもいいし、遠い親戚とか、会社の先輩とか。『かかりつけのお坊さん』って言ってますけど、もちろんお坊さんじゃなくてもいい。安心して話せる相手を見つけておく。ネガティブなことも、うんうんって聞いてもらうだけでいい。そうやって、弱音を吐く練習をすべきです。なるべく早い段階がいい。『弱音を吐いちゃいけない』っていう思いこみを解除するのには、とても時間がかかりますから」

https://news.yahoo.co.jp/articles/851d718af77f5107b09bad5d76a4ad5bf9e2eaa1?page=4


この「淡い関係」というのが絶妙に難しい・・・が、だからこそ自分が誰かに「淡い関係」として求められたときに、「うん、うん」とただただ聞いてあげたいと思った。


このインタビュー記事の最後にかけては、ただただ読むだけで納得するし、特に一番最後なんてカッコイイ!ので、二重説明は避けたいと思います。
ぜひ、読んでみてください。


どこまで教えの通り頑張れるかはわからないけれど、いつか南さんにお会いしたい、その時にちゃんと自分の言葉で話せる人であるために、精進したいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


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