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【超日記】ゆめ

セックス。それは新たな生命を生み出す神聖な行為。他人同士が1つになれるその神聖な行為を、私は今眺めている。不思議なことといえば、目の前でそれを繰り出す彼らが同一人物ということだ。同じ顔、同じ体型をした彼らは生命を生み出す音を奏でる。自分自身と向き合い、愛し合うとはまた違う、新たな生命を生み出そうとしている。私は興味があった。同じ個体同士からできるその生命は、果たして彼らのクローンとなり得るのか。はたまた隔世遺伝のような、別の生命が誕生するのか。彼らは眺めている私に気付くでもなく行為を進める。しばらくそれらを眺めていた私は、こちらの気配に気付いた彼らと目が合う。その瞬間、私は消えてしまった。2人はこちらを真顔で見つめていた。まるで禁忌を見てしまったかのように、私の記憶はそこでぷつりと途絶えた。


再び目を覚ますと赤い世界にいた。昭和の木造住宅が立ち並ぶ狭い路地に私は立っている。しばらく辺りを見渡すと、空が赤いことに気が付く。太陽か月かも分からない惑星が空に浮かび、その球体が赤く輝き空と大地を照らしていた。だからこの世界は赤いのだ。球体はてらてらと世界を照らし続ける。その赤さのせいで現在が朝か昼か晩かも分からず、この世に時間というものが存在しているかも分からず呆然と辺りを見渡していると、遠くから奇妙な音楽が聞こえてきた。不協和音ばかりを奏でるその不快な音楽に、私の胸はざわつき始める。まるで私はこの場所にいてはいけないかのような、不安感を煽る音楽だ。その音楽はだんだんとこちらに近付いてくる。その時、私はこの町に人の気配が感じられないことに気が付いた。たくさんの住宅が立ち並ぶこの路地のどこにも人影はなく、住宅から物音ひとつ聞こえない。この世界が恐怖に感じられたその瞬間、路地の先から規則正しく進んでくる軍隊が見えた。緑の軍服を着た彼らは1人1人が白い紙袋を被っていて、その紙袋にはマジックのようなもので笑った顔が描かれている。無数に並ぶ軍人の中には楽器を手にする者がいて、先程の不快な音楽は彼らが奏でているものだと知る。音楽に合わせてだんだんと近付いてくる彼らは、私のことを見ていた。私は路地の端により、彼らにその道を譲る。行進の先頭が私の横を通り過ぎようとする時、私は気付いてしまった。彼らの感情は怒りだ。笑った仮面をつけていながら、彼らはひどく私を怒っている。お前がこの世界を変えてしまったのだと、なぜあんなに愚かな行動をとったのだと、私を責め続けている。私の横を通り過ぎる時、彼ら1人1人の首が横に90度曲がり、全員が私を睨みつけた。紙袋は笑顔のままだが、その笑顔の下に怒りを抱えながら睨みつけている。どうしても不安で堪らなくなり、あまりの恐怖で私は意識を失ってしまった。


再び目を覚ますと、私は塔の上に立っていた。正確にいうと塔の内側である。その塔は時計台のようで、目の前には金属が剥き出しになった大きな時計がある。時計台の内側にいるはずなのに、その時計台の外の景色が私には見える。『ピーターパン』に出てくるような大きなその時計台は街のシンボルとなっているようでぽつりぽつりと灯りのともった家が見下ろせて、空に輝く星を見て現在が夜だと知る。時計台の内側にいるはずの私はその外側の光景を見ながら、早く死にたいと願う。時計台の内側は私が今立っている場所のみ立場があるが、見下ろすと私は相当高い位置に立っているようで地が見えない。時計のバネのようなものが塔の下まで続いていて、階段などは存在しなかった。どこまでも続く果てしない空間を見ながら、きっとここを飛び降りたら死ねるだろうと思う。早く死にたい、早く飛び降りたいと思っている時、どこからか両親の声が聞こえてきた。死んではいけないと私に語りかけている。それでも死にたい思いがなくならない私は、両親に謝罪をしながら飛び降りることを決意する。そうして塔の内側を飛び降りると、大きな時計の金属部品であるバネに体があたり、あたるたびに体に鋭い痛みを感じた。落下しながら、どれだけ骨折をしているのだろうとぼんやり考える頭とは別に、現実の私の体はゴムのようにグニョグニョと曲がっていた。次第に痛みが強くなる。あぁ、痛い、痛い、死ぬことはこんなに痛みを伴うのかと考えているうちに、だんだんと死にたくないという思いが生まれ始めた。大きな時計台の中で金属にぶつかりながら落ちていく体は、まだ地上に届きそうにない。今ならまだ生きられるかもしれないと、私は両手で空中に見えるバネを掴もうとする。嫌だ、死にたくない、まだ死にたくない、私が間違っていたと、どうにか伸ばしたその手が一部のバネの端を掴んだ。骨の折れているはずの手には、なぜか力が入る。あぁ助かったとバネに揺られていると、突然私は地面に落ちた。バネを掴んでいるせいか、体は柔らかく着地した。掴んでいたバネを離すと反発でバネは上部へと戻っていく。自分で生きたいと願ったはずなのに、私は死ねなかったことに落胆した。また死ねなかった。そうするとどこからか両親が駆けつけてきて、2人はなんで何度も死のうとするかなと呆れている。無性に泣きたくなった私を両親は腕を掴んで立たせ、骨が折れて立てるはずのない曲がった体の私は痛みを感じながらも立ち上がることができた。その曲がった体でぐにゃりぐにゃりと液体のように歩く私をよそに、2人はそそくさと先を歩く。ほらね死ねないでしょ、今回はさすがに死ぬかと思ったよと会話をしている両親の後ろで、私は空を仰いだ。時計台の後ろに佇む月をぼんやりと眺めながら、私はひどく絶望していた。あぁ、生きてしまった。

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