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ポストリアリズム序論

1972年、ニュー・ジャーナリズムのアンソロジーを組んだトム・ウルフは、その序文「ニュー・ジャーナリズム論――小説を甦らせるもの」で、次のように威勢よく吠えた。

〈おい! こっちへ来なよ。これが、人間の生きている姿なんだ――おれはただ、そんな姿をお目にかけているんだぜ! きみをびっくりさせたり、がっかりさせたり、うれしがらせたり、きみの軽蔑を買ったり、あるいはきみを笑わせたりするかもしれない。……でも、これは、ほんとうのことなんだ! みんなここにある! きみだって退屈しないよ! 見てみな!〉

〈ニュー・ジャーナリズムは(……)否定され、「とるにたらない人間を書いた、チャカチャカした文章」(……)と片づけられた。とるにたらない人間とは、たとえば、下級官僚、マフィオージ、ベトナムの兵士、客引き、賭博師、ドアマン、三百代言、ヒッピーなど、いいかえれば、地位も偉大さもない連中である。(……)しかし、ニュー・ジャーナリズムは「素材を評価する」という問題をないがしろにしてきたとの非難は誰も支持できないはずだ、と私は考える。私がここで触れたニュー・ジャーナリストはすべて、素材の分析と評価に相当の努力を払っている。ただし、道徳的にそうすることはめったにないが。ニュー・ジャーナリストのなかに、たんに「ドキュメンタリー」を提供した者は一人もいない。また、「とるにたらない」人間や事件のことしか書かなかったという主張も当たっていない。(……)事実、私は、この新しいジャンルで扱わなかった「とるにたる」問題(科学の分野を除けば)が思いつかないのである〉

文芸誌「海」1974年の常盤新平抄訳

客観的であろうとしたジャーナリズムに対して、ニュー・ジャーナリズムは取材対象との密な時間を過ごし、徹底的にディスカッションする体験からより確かな事実を拾いあげる。

(この文章は、ゼロ年代後半、旧ホームページにアップしていた複数のレビューをリライト、結合したものです。幾らかの写真は、ここで触れなかった書籍をゴム手袋で触って撮ったものになります。)


ニュー・ジャーナリズムと現代文学

この名称を誰が始めたのかは問題にされない(広まったのは米国1966年)。トム・ウルフは、いまや作家は最も重要なリアリズムを棄てて神話、寓話、伝説を武器にベケット、カフカ、ボルヘス、ザミャーチンなどを学んでわけの分からない小説を作るとし、そういった現役作家たちであるジョン・バースやガルシア・マルケスらを非難する。

そうやって批判された作家たちを好む僕がこれを読んで不快に思うかというと、そんなことはない。そもそも僕は、鶴見済「人格改造マニュアル」’1996を読んで、文学としての私小説は終了したと確信した過去を持ち(人格が改造できるのかとかで私小説終了の光景を見てしまったのではなく、その鶴見の本自体が小説という枠を越えた私小説の次なる段階として読めたからだ)、トム・ウルフやハンター・S・トンプソンらニュー・ジャーナリストと彼らの舞台として重要な雑誌「ローリングストーン」を採り上げて威勢よくニューエイジ・ジャーナリズム宣言をした「Quick Japan 創刊準備号」’1993 から始まる赤田祐一編集長期によるその雑誌をワクワクしながら読んでいたわけだから。

小説においてフランスでは19世紀のバルザック、ゾラ、フローベールと続く写実主義/自然主義を経て20世紀前半サルトルによる〈飢えた子供の前で、文学は何ができるのか〉という問いを無視しないなら、当然、神話、寓話、伝説をリアリズムの延長線上で考える〈ポスト・リアリズム〉を見過ごすべきではない。が、現役の作家で、僕が最も注目してきたのは、青山正明やこのページ等で採り上げたような(それがニュー・ジャーナリズムの影響下かどうかはどうでもいい)切るような現実を舞台に作品を発表していくライターたちだったのも事実だ。

「ヴァーチャル・フィクション」上岡伸雄

しかし、映像メディアやビルを占領する広告群をさらに越えてますます現実と虚構を溶解し続けるインターネットの登場もあり、その溶解自体を関心事としていた〈ポスト・リアリズム〉を、かつて以上に好む。

当然のことながら、すべてが思考のための武器なのだ。

ポスト・リアリズム

教科書として使われる隠れたベストセラー、ピーター・B・ハイ著「ロングマン 概説 アメリカの文学」その60,70年代を扱った章では、前章末尾にあったウィリアム・バロウズの言葉〈作家が書くことのできるものはただ一つしかない――すなわち、書く瞬間に自分の感覚の前にあるものだけだ……私はただの記録をする道具にしかすぎない。「物語」や「プロット」や「続き具合」(story,plot,continuity)などを押しつけることはしない〉を受けて、クーヴァー、スーキニック、ジョセフ・ヘラー、ヴォネガット、ジョン・ホークス、ギャディス、バース、バーセルミ、ナボコフ、ブローティガン、ピンチョン、コジンスキー、ガードナー、キージー辺りを、〈ポスト・リアリズム〉というキーワードで分析している。

この本が、〈ポスト・リアリズム〉という名称との出会いだ。

アメリカ的価値観、いわば模範の再構築に取り組もうとしたアップダイクらと同時代、逆に模範破壊の作家たちが、小説は単純なリアリズムを提示できないという観点から、距離を置く技法〈distancing:ディスタンシング〉をもって、虚構すぎる、ときに難解で複雑で不明瞭な物語を、読者の手へと次々に提供していく。いわゆる、〈ポスト・モダニズム〉と呼ばれる小説群。それらは、イ・リアリズム/反リアリズムの姿勢をもって作られたものも多いようだが、それでもやはり、リアリズムという磁場のもとでなされた制作として見た方が理解し易い。ゆえにポスト・モダニズムではなく、〈ポスト・リアリズム〉Post-Realismという単語を重視する。

バロウズが「物語」や「プロット」や「続き具合」に重きを置かなかったことから想像されるのは、ならば、なにを衝動として、上の作家たちは文学に手を染めていたのか、それを、あまりにもジャンクでアンダーグラウンドな側面としての日本を生きる人間(つまり僕を指す)が、理解することを目標に、奇妙な読書は続けられた。

「実験する小説たち」木原善彦

フィクション・コレクティヴ

文芸雑誌「海」1979.12には、浜野成生が聞き手のインタビュー集〈現代アメリカ作家に問う〉があり、ギャス、フェダマン、スーキニックが紹介されているのだが、そこに出版発表機関《フィクション・コレクティヴ》の名が登場する。

作家ロナルド・スーキニックを中心としてスティーヴ・カッツ、ピーター・スピルバーグ、クレアランス・メイジャー、イシュメル・リード、レイモンド・フェダマンらに加え批評家ジョナサン・ボーンバック(Jonathan Baumbach)やジェローム・クリンコウィッツ(Jerome Kinkowitz)が参加するこの出版発表機関の簡単な説明として、〈彼らは商業主義に歪められた文学を憂えることからこの機関を発足させたが、その多くがすでに“売れる作品”を書く立場にあるため、この発表機関は主に後進たちの優れた才能発揮のために役立てられている〉と述べられている。

1973年に発足し、Jonathan Baumbach, Peter Spielberg, Mark Mirsky, Steve Katz, Ronald Sukenick、そして1989年にFiction Collective Two(FC2)となり、Curtis White, Ronald Sukenick, Mark Leyner, Jonathan Baumbach, B. H. Friedman, Peter Spielbergといった名が連ねられて現在に至っている。

https://fc2.org/
https://en.wikipedia.org/wiki/Fiction_Collective_Two

発足者のロナルド・スーキニック(スーケニック) 1932–2004は、「ダウン・アンド・イン〈前衛だけれど周縁ではなく――アングラ世界論〉」’1987でも知られる実験作家だったようだ。

1968年、作家スーキニック自身が主役の長編「UP」でデビューし、翌年「The Deth of the Novel and Other Stories(小説の死 その他の作品)」という実験短編集を刊行、その短編集で示した原風景は、「概説アメリカの文学」を参考するなら、もはや頭で考えた中にしか現実を確信することはできないとし、〈現実-リアリティ-など存在していない〉さらに、かつての作家たちは心理学、社会学、自然科学などを応用して現実を描写しようとしたが、それは〈世界を見るための方法にすぎない〉として〈文学には、読むことと、書くことがあるだけだ、この二つのことが人間の楽しみとしてできることだ、食べたり、セックスをしたりするのと同じように〉そして、読者と書かれたものの間でディスタンシングする(距離をおく)ことで、現実ではなく、書かれたものが読まれているのだ、そういう感覚を促すのだ、と指揮する。

クリンコウィッツがまとめたインタビューでは、〈リアリティは存在しない。時間やパーソナリティも存在しない。神は全知全能の著者だったが、死んでしまい、いまやプロットを知るものはいない。われわれのリアリティが創造主の承認を欠落させている以上、受容された所見の信憑性についてもなんらの保証もない。時間は縮まって現在だけとなり、一連の、互いに脈絡のない瞬間を含むものとなる。時間はもはや目的にかなわず、従って運命もない。あるのは偶然-チャンス-ばかりだ。リアリティは単にわれわれの経験であり、客観性はいうまでもなくイリュージョンである……〉と述べている。

同じく雑誌「海」1979.12にて、〈小説〉というものはなく、個々人々が自らの人生をどのようにアレンジし自らの日々を見つめているか、その思考や反映の形をとったものとしてでしかない〈フィクション〉について、〈「小説」は市場性の面からいうと取引関係で成り立っている、いわば一つの商品なんです。政治的に役立てればプロパガンダの一形式でもあります。ところがフィクションは「小説」に対抗するわれわれにとっての最高の防禦、日常生活におけるイマジネーションの作用です〉と述べている。

推測するに、上のように述べた現状認識から生まれるものが〈小説〉であり、それらに抵抗するものとして〈フィクション〉を置いているのではないか(その推測の正誤を知るには彼の小説を直接読むほかないだろう)。

巽孝之「サイバーパンク・アメリカ」では、〈サイバーパンクのいけないのは、想像力なんてものにいまどき頼っていることだ、そんなのは広告産業に任せときゃいいのさ〉という断言が引用されている他、巽孝之「メタフィクションの謀略」には、1993年に〈ヴァンガード・フィクション・フェスティバル〉という実験小説会議が東海岸ブラウン大学にて四日間開かれたそのレポートがあり〈いまやスーキニックの右腕ともいえる若手作家〉としてALT-Xのマーク・アメリカが紹介されている(この会議の実行委員長はロバート・クーヴァー、総合司会にユーリディシー、ゲストにフェダマン、スーキニック、アッカー、オースター、ディレイニー、ディフィリポなど。主題はバーセルミの短編集タイトルから採られている)。

https://en.wikipedia.org/wiki/Mark_Amerika

スーキニック著作の邦訳は『and other stories とっておきのアメリカ小説12篇』にて「What’s Your Story 君の小説」(村上春樹訳)があるのみであり、〈ポスト・リアリズム〉の文脈上でどれほどの仕事をしていたのかは、原書をもって確認する他はない。

(ちなみに、昔、amazonで「The Deth of the Novel and Other Stories」を注文したが残念ながら届かなくて、それっきりスーキニックについては放置している。)

アヴァンポップ

90年代、書肆風の薔薇からは「positive01 ポストモダン小説,ピンチョン以後の作家たち」というアンソロジーが刊行されている。ラリイ・マキャフリイのエッセイから、ヴォルマンのインタビューと短編、デイヴィッド・フォスター・ウォーレスやハロルド・ジェフィの短編などが収録され、風間賢二によるポストモダン作家ベスト60もあり、マーク・レイナーによる「前より薄くなったペンキを吸ったあとに物した文章」という短編を初めて読んだときに得た感動はかなりのものだったが、この短編の名にあるアートの香りが、個人的に判断の境界線ともなった。レイナーは、「エスター・ウィリアムズの香り I Smell Esther Williams ‘1983」「わがいとこ、わが胃腸病学者 My Cousin, My Gastroenterologist ‘1990」「ベイビー、おまえもか? Et Tu, Babe ‘1992(長編)」「アメリカンドッグについた歯形 Tooth Imprints on a Corn Dog ‘1996」「ブーゲンヴィルのテザーボール The Tetherballs of Bougainville ‘1998(長編)」と出版し、2005年と2006年にノンフィクションを出版しているようだ(現在も刊行を続けている)。

代表作「アヴァン・ポップ」を持つ批評家のラリイ・マキャフリイのエッセイでは、文中に〈プリズム的〉という言葉があるけれど、まさに80年代を終えた現代アメリカを描くにあたって、怒濤のように作家名と重要キーワードをハイピッチでぶちまけ示してみせる。本書収録のレイナー・インタビュー前置きでは、この前衛作家の二作目に当たる短編集が大手出版社にて用意されたことの驚きを示しているが、状況は、アヴァンギャルドな手法がもはやメインストリームであり、単一の真実/リアリズムでは現在を描けないという自意識=リフレクシヴ vs 現実模倣=ミメティック、シュミラークルなハイパーリアリティ、DOWN & IN――あまりに地上的=アバーヴグラウンドなパワー・リアリティその混乱=高揚感、そしてブルース・スターリングいわくのジャンル融合=スリップストリームだ。面白いのは、そういった多元状プリズムメディアによる身体浸食から生じる本質的悲劇を描くドン・デリーロを扱い、ヴォルマンのようなアウトローばかり登場する作家を扱い、少数民族・少数派集団による小説に注目する。ラリイ・マキャフリイが〈アヴァンポップ〉と述べるとき、それはやはり〈ポスト・モダニズム〉の前衛、〈ポスト・リアリズム〉なのだ。

ラリイ・マキャフリィによる「アヴァン・ポップ」は、1995年に邦訳が刊行され、再び2007年7月、 増補新版として日本の書店に現れた。過去の資料に尽きず、進行形で発されたいメッセージなのだろうという読後感を持ったが、必読なのは、新版のために追加された二つの序文。マキャフリィはmyspaceから話題を始めたのち、消費材とマスメディアに焦点を定めるポップアートと〈境界侵犯的転覆の精神のもとに過激な形式的手法を採用してきた〉アヴァンギャルドを結びつけるアヴァンポップ作家たちの共通項として〈マスカルチャーに幻惑されるとともに反発すること、そして、マスカルチャーに参入し開拓しはしても、決してこの領域にとことん飲み込まれたりその手先になったりはしないことを挙げている(ここでアンディ・ウォーホルを再現しない姿勢が指揮される)。

これは、アヴァンギャルドすら吸収してしまうマスメディア的ポップカルチャーを賛美するのとは全く逆の姿勢だ(たとえば気になるのは現実スタジオを急襲せよという言葉で、深刻な問題提起としてマキャフリィはこれを使っているのだろう。だが、この言葉のキャッチーさゆえに、現実スタジオを急襲するゲームとして自動化し、ファッショナブルにそれを遊ぶ文化が生まれる。ファッションが軽薄かというとそうではなくて個々真剣なのは間違いないが、主観と客観の狭間に立つメタフィクション的問題提起はやはりそこにはすでにないのだ。かつて一世を風靡したmyspaceも凋落しただろう)。

In the long run, we are all dead.

このテキストは、ニュー・ジャーナリズムから始まり、ポスト・リアリズムによるカウンターを追い続けた。それは、バロウズの言葉(私はただの記録をする道具にしかすぎない。「物語」や「プロット」や「続き具合」などを押しつけることはしない)をきっかけとした。

2003年、バロウズ論の極点『たかが、バロウズ本。』を発表した山形浩生は、そのホームページに多く記している小説への記述をまとめて読む限り、〈文学〉や〈アート〉と呼んでもいい現在性のある〈創造〉とはどのようなものか、それは《人間活動の一つの限界と到達点》を示してみせたもの、ないし、そういった到達点からの拡張を見せてくれるものだ、と期待していたようにみえる。価値はそこにある。

さらに興味深いのは、2005年の文章においてソフトウェアの分野に携わる者たちをこのように代弁している。《自分たちの活動が、人類の世界のあり方を体現し、その限界そのものを作っているという確信》のなかで生きているのだ、と。ここには宗教レベルの変化が読みとられている。《神が、宗教が変わるのなら、それを奉仕し体現する芸術も変わるんじゃないか?》――このことは、文字を与えられて急速に口承文化が廃れていった代わりにおそらくより大きなモノを手にしただろう人間の歴史を例にし、ケータイ批判などをうまくかわす話にも繋がっていく。

21世紀的な世界が現れるのは間近であり、なおかつ、そこに更なる理性の可能性をつけ加えていくための準備をしているのだ。《残された時間は少ない。(……)だが、まだ間に合う。ただし急がなければ。》

In the long run, we are all dead.

竹本憲昭「現代アメリカ小説研究」

フィネガンズ・ウェイク

僕は、ジェイムズ・ジョイスの小説『フィネガンズ・ウェイク』にショックを受けて、サミュエル・ベケットやその後のヌーヴォー・ロマン、とくに「テル・ケル」時代のフィリップ・ソレルスの考え方に強く影響を受けた経緯を持つ。『フィネガンズ・ウェイク』は、ポスト・モダニズムやポスト・リアリズムより以前、それらがカウンターしたプレモダンの末尾を越えた次元に位置する、ラスト・モダニズムの究極だ。

〈進行中の作品 Work in Progress〉として発表されていた長編の完全版『フィネガンズ・ウェイク』それは、ジョイス独特のアルゴリズムを用いて英語をベースに様々な他言語を飲み込む(僕は、日本語が生き残ってほしいと願う者だが、それでも仮に日本語が滅んだとしたら、この『フィネガンズ・ウェイク』に吸収されているいくつかの日本語単語は、例えば英語の通俗小説等でsamuraiなどが使われたりすることの数十倍の価値をもって〈文学〉と化すだろう)。

この作品の創造性は、アルゴリズムにあると僕は思う(例えアナ・リヴィアの章が感動的であろうとそれはかつての小説群との間のシナプス的な接続としての価値だ)。『フィネガンズ・ウェイク』がジョイスの言葉を借りるところの“BOOK”であるならば、それは、いやそれこそ〈文学〉であり、100年後の読者ならこれをすらすらと読めるようになるだろうとジョイスが述べるとき、ポール・グレアム『ハッカーと画家』収録のエッセイ〈百年の言語〉をも呼び寄せて、新世紀の文学の幕開けを、今度こそ(なぜなら20世紀は『フィネガンズ・ウェイク』を前に多くの作家が当惑し、見送ったからだ)、切り開くはずだ。

プログラミングが〈文学〉足りえるのは、新しい言語について考えるタイプのプログラマーが、読者をマシンに想定しているからだ。そして、インターネットの発達により、そのような思考をベースとして母国語を更新している連中の日常思考言語がついに一般的に読まれるようになり、それに伴い、それぞれの母国語自体が日々更新され急速に広まっている。

『フィネガンズ・ウェイク』はその先にそびえたつ。

かつてのもはやメタを織り交ぜなければ読まれなくなった言語利用から、ダイレクトに読んでなお追いつけない未来の言語利用へとジャンプするための手続きの役割を果たす。

『フィネガンズ・ウェイク』がついに日常と化さんとする今、20世紀にこの〈最終近代文学〉に目をつけた作家、批評家たちの言葉を、改めてサーチし直す必要があるだろう。

彼らは視ていたのだ。

_underline, 2017


このテキストは2017年にMediumに投稿されていた



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