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恋愛、巧遅は拙速に……如かず?

 久々の連休、その初日は晴天だった。
「ちわー」「こんにちは~」
 謙太が玄関外の敷地でロードバイクの整備をしていると、聞き覚えのある声が耳に届く。
「あ。こんちわっす」
 見たところ三つか四つほど歳上に見える色黒の男の方が山崎健太郎、隣家の主だ。そしてその隣が女子大生の彼女、名前は確か鈴花すずかだったはず。連れ立って、謙太の部屋の奥の角部屋へと消えていく。
 テラスハウス賃貸である謙太の家はメゾネットなので、そこそこ値が張るのだが、壁が意外と薄いのが難点だ。
 隣に住む健太郎の名前を覚えてしまったのも、鈴花の方が夜中に「ケンちゃんっ、ケンちゃんっ」などと声を上げるものだから、自分の名前が呼ばれたのかと思って飛び起きてしまって以降だ。
 謙太と、健太郎。特に会話以上の交流があるわけでもなく、ただの隣人に過ぎない。しかし謙太が知る限り、同じケン仲間にしては二人はかなり違う。
 まず謙太はロードバイクが趣味で、部屋の二階部分には五台ほど置いてある。気分や天候、目的地によって変えるのだ。休日の昼間は外で整備や改造、清掃に勤しむ時間がほとんどで、それもあって健太郎の出入りと鉢合う回数だけは多い。
 しかし健太郎の方の趣味は夏はサーフィン、冬はスノボーらしく、アウトドア派という点だけは二人とも違わない。

「違うのは中身なんだよなぁ……」
 端的に言えば謙太は一人が好きで、健太郎は誰かといるのが好きだ。
 特に聞いたわけではないので確証はないが、よく友人が来てパーティをしているから、多分そうだと思う。
 恋愛についてもだいぶ違う。今日来た鈴花という子はどうやら本命らしく、二年くらい見かけているが、家に連れ込んでいる女性は彼女だけではないのだ。
 厳密に数えたわけではないが、家に連れ込んだ違う顔の女性は四十人を下らない。はずだ。健太郎の名前を認識するまでは、「毎週違う女を連れ込む男」というラベルで見ていたから、逆算すれば計算できる。家以外を含めれば、もっといるかもしれない。
「大して俺は未だに素人童貞と来た」
 ようやく五台目、出勤に使うクロスバイクのチェーンを拭き終えながらぼやく。
「まぁ性格が違うからね。こういうのは焦ってもしょうがない」
 と、自分で自分を納得させかけた頃。ドガッと勢いよく扉が開かれて、鈴花が半泣きになりながら出ていった。そのままオートロックのドアも乱暴に開けて走り去っていく。驚いて健太郎の家を見やると、阿呆のように開いたままのドアノブにニュッと手が伸びたかと思えば、荒れた勢いでドアが閉められた。
 ふと周りを見ると、三軒ほど中からこちらを見ている様子だ。もしかして長い時間喧嘩してた? 清掃に没頭していて気が付かなかった。

 ひとまず全台の清掃を終え満足気に戻ったは良いものの、健太郎の怒鳴り声がそこそこに響いてきて不愉快だった。
 相手はどうやら鈴花ではなく、別の友達らしい。たかが女と遊んだくらいでウルセーんだよなとか、長く付き合うと所持品扱いになってちょっとの事でヒステリー起こすから嫌なんだよとか言っていた。
 他の住人がうるせぇ、と怒気もたっぷりに窓から一喝すると、健太郎はスマホを耳に当てて荒れ狂ったまま外に出ていった。
 はぁ。俺も今日は外で食うか……。なんか微妙な気分だ。


 翌週。
『え~大丈夫だって。ほら、裕美ちゃんもこの前うちでパーティしたからわかるっしょ? 嫌がることなんてしないって』
 要約するとこのような内容の電話をしていた。あれからしばらく、連休の予定が台無しだと怒ってたかと思えば、俺もキレすぎて聞く耳を持たなかったのが悪い、などと振れ幅の大きな電話が続いていた。
 いい加減管理会社にクレームが入ったらしく、三日目以降はそれなりに静かだった。
「で、あれから一週間も経たずにケロリと別の女かよ」
 切り替えが早いのか節操がないのか。男の恋愛は名前を付けて保存だとどこかの記事で読んだことがあるが、そのファイルは遥か遠くにアーカイブされたのだろうか?
 未だに彼女の一人も出来たことがない謙太からすれば、ものの一週間やそこらで復帰できる自信はない。
「しっかし……行動力ってとこだけで見れば、見習うべき、なのかなぁ…………?」
 寝転がりながらしばらく考え、試しに……マッチングアプリでも入れてみることにした。

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