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諦めきれないコト

「ごめんねー、初日からハズレ引かせちゃって……」
 登山サークルの代表、れいがアハハと苦笑しながら言う。彼女が運転する軽の助手席には一年の克行、後部座席には彼の友達の誠が乗っていた。その隣にはトランクがギブアップした分の登山用具やら何やらが鎮座している。
「全然大丈夫です、高校の時は遠征とかでもっとぎゅうぎゅう詰めの日もありましたし」
 スポーツマン然! とした助手席の克行が言う。彼の高身長が既に窮屈そうだ。
「遠征とかあったんだ、何部だったの?」
「野球部っす」
「ふぅん。うちの大学では野球やらないんだ」
 それはっ、と誠が何やら慌てて口を挟もうとしたが、玲には聞こえていないようだ。そこに被せるようにして、
「登山も面白そうだなって思って。それに俺らの高校、野球あんま強くなかったんで」
 そう克行が苦笑する。
「強くなくても遠征とか行くの? 大変なんだね野球部って」
「まあ、はい、それは、そうっすね」
 どうにも歯切れの悪い返事だった。
「それより玲先輩は登山歴長いんですか?」
「ううん。私も大学から。元々バレー部だったんだけど、肘の靭帯を損傷しちゃってさ。だからバレーはできなくなってね。でも足腰は無駄に鍛えられてるし、じゃあ登山でもやってみよっかな、って感じ」
 そう言って右腕をふるふるさせる。不意に、後ろの誠が声を上げた。
「できなくなったって……そんな、そんな簡単に、諦められるもんなんですか」
 責めるような物言いだ。それを踏まえてか否か、一瞬だけ顔を歪ませたが、すぐに戻る。しかし最初のような笑顔は消え、真面目な雰囲気だった。
「ううん。そりゃすぐ諦めるなんて無理だよ。一応強豪だったし、私もスタメンの取り合いするくらいは有望株だったからね」
「でも……諦められたんですか?」
 克行が自分の右手を見つめながら、呟くように言う。
「諦めたんじゃないよ」
「え」
「新しくやりたいことを見つけたんだ」
 落ち着いた声だったが、そこには輝きがあった。
「二年でケガしたから、そこからかなり荒んでた。大学もぶっちゃけかなりランク下げたし。でもおかげで登山に出会えたんだ」
 何かを思い出すように微笑み、照れるように眼鏡の鼻あてにくいっと触れる。

「俺も、なんです」
 克行の声が車内に重く響く。
「俺も、三年の地区大会で肘を壊して……力みすぎたんですよね。エースピッチャーだからって」
 玲が返す言葉を見つけ出す前に、誠が先に口を開いた。
「さっきは責めるような感じで言っちゃってすみませんでした。あの、俺、ずっと克行とバッテリー組んでたんです。それで、こいつ……俺には野球を続けろって。でも俺だけ野球に残るなんてめちゃくちゃ嫌で、だから」
「なぁるほど」
 数年前にこういう重い空気をやらかした前科を思い出し、玲が代表らしい余裕を復活させる。
「素敵だと思う、そういうの。それで二人一緒にうちのサークルに入ってくれたんでしょ? 安っぽい言い方かもだけど、こういうのも多分縁なんだよ。私も先輩としてできる限りのことをしたい。話を聞いた今となっては余計に、ね」
「ありがとう、ございます」
 礼を言う誠。声に少しだけ明るさが戻った気がする。
「ほら、最初に話したけど、登山もチームプレイだからさ。私としては二人が登山を好きになってくれると嬉しいな」
「そうですね、前よりも楽しみになってきました」
 克行の方が意外と吹っ切るのが早いかもしれない。そう思わせる声だ。
「それは良い兆候だ~。うん、野球のバッテリーは解消しても、心のバッテリーは永遠だ、ってね!」
 沈黙。
 くくっ、と後ろから笑い声が。
「先輩、そのギャグはないっす」
 その言葉に呼応するように、隣からもぶふっと笑い声。
 むう。
 これは先輩として厳しくしごかねばならない……。恥ずかしさを打ち消すようにそう誓う玲だった。

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