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なつやすみ

『お待たせぇ~二人とも』
 江菜えなと凜花が覗き込むスマホの画面に、眼鏡の女の子が何かを齧りながら戻ってくる。
 新幹線のテーブルは不安定だったので、江菜は立て置くのを諦めた。
「美味しそう! 何食べてんのー!?」
 隣の凜花がグイッと顔を押し付けてくる。
「うぉおい、そんな寄らなくても映ってるから!」
『五平餅! 美味しいよ~。この辺だと有名なんだって』
 もしゃもしゃと頬張りながらゆるーく話す子は卯月。
 半年前に引っ越した幼馴染、卯月の家で一週間お泊りにいくため、夏休みを使って二人は地元町田を出ていた。
 中二の夏。子どもだけで遠出するのは初めてだ。
「モチ! 良いな~モチ。あたしも食べたいよモチ」
「だからひっつくな。ほら、さっき買った駅弁あるからそれ食べよ」
「よっしゃめしだ! 卯月~あたしたちお揃いの駅弁なんだぞ」
『そっちも美味しそう~~』
「駅弁をお揃いにする意味はあったのか……?」
 そう言いつつ江菜もシウマイ弁当を開ける。おかずが思ったよりいっぱいあって、美味しそうだ。
「しっかし江菜が引っ越してたら超ウケたのにね! 江菜が恵那市に引っ越し、て、ブフ」
「コラ馬鹿なこと言って吹かない。行儀悪いよ」
『えなが、えなに……フ。フフ』
「えぇ~卯月もウケるのかよ~……」
 ボケしかいないのかと江菜が頭を抱えると、うひょあぁ~などと間抜けな声が聞こえる。画面を見ると、卯月が五平餅をスカートの上に落っことしていた。
 でも三人のこういう感じ、ちょっと懐かしいな。私たちのこういうのを見てオタクのお兄ちゃんはよく……
「バカばっか」
 とか言ってた気がする。いや、私までバカにまとめんなよ。
「誰が馬鹿だってぇ誰が!」
 超速でシウマイ弁当を平らげたアホが、いなり寿司を口にぶち込みながら喚く。ちょい待て、それは二人前十二個だぞ。
「食べるの早すぎか?! 割り勘なんだから私の分は残しといてよ」
 画面の向こうでは、こぼしたタレをティッシュで拭くかメガネ拭きで拭くかでパニクっている卯月がいた。
「ティッシュで良いっしょ……」
 ビデオ通話は週末にちょくちょくやってるけど、今日は二人とも浮かれてる気がする。って、私もか。
 親のいない旅行はなんだか少し大人になった気がするし、三人揃うのも半年ぶりだからワクワクする。
 高速で流れる景色は、胸の早鐘を代弁してくれているかのようだった。

「って、どこだココー!」
「う~る~さい! 今地図見てるから待って! えと、新幹線口がここで、次が確か、えーっと」
 名古屋駅は思ったより人がいて、流された先でたまたま見つけたトイレに寄ってたら今度は乗り換え場所がわからなくなった。ねぇねぇ、と凜花が袖を引っ張る。ん、乗り場あっちなの?
「トイレ行ったからお腹が空いた」
「シバくぞ」
 期待して損した。アホを視界から退けると、視界の奥で中央本線の文字が見える。時間は……あれ、ギリギリ!?
「凜花、あっち! ほら行くよ!」
 はぐれるかもしれないので手を引いて走る。ちょこまかと人を避けながら滑り込む。
「ぶへぇー……セーフ……」
「ん? 江菜、出発までまだ全然時間あるよ」
 ケロリとした顔で言う。さすがテニス部期待の星、美術部員とは体力が違う。

 新幹線に比べると焦らすような速度の列車が、ようやく恵那駅に着いた。
「お! 田舎!」
「やめんか。町田も駅前以外大したことないでしょ」
「いやいや全然違うっしょ! こっちはやっぱ空気が違うっていうか、緑の緑感が違うじゃん?」
「うぅ~ん、まぁ。言わんとすることはわかる」
 道の向こうから来る車から、おお~いと声が聞こえてきた。
「あ! 卯月! やほほ~い」
「おひさー」
 パタ、とドアを閉めて卯月が出てくる。待ち遠しかった心が顔に出まくっているが、ドアは半ドアだ。
「さぁさぁ、江菜が恵那に来た感想はいかが!?」
「そのつまらん親父ギャグもやめんか」
「フ、プフ、フフィ」
「そこ。何度もウケない」
 いつものようにツッコむ江菜も、表情は柔らかい。
 ちょっと非日常な夏休みのはじまりだ。

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