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愛のカタチ

 山、畑、田んぼ、平屋。見かけたのはお年寄りとトラクター、軽トラくらい。
 とにかく緑が多い。そのせいか夏場なのに涼しい気分になる。
 都心では味わうことのない、のほほんとした時空だ。
 ……しかし、取り壊す平屋の荷物整理をしている身では、その恩恵が味わえない。
「整理しろって言われても広すぎるんだよな。爺ちゃんの家」
 はぁ、と溜め息をつく広斗。何個目かわからないダンボールを居間によいしょと置く。
「後はあっちの書斎だけでしょ? もうちょっとだから頑張ろ」
 優香がクーラーボックスから新しいお茶を出して手渡す。マスクの下の汗も拭い、グイッと飲んで一息つき、
「でもホント、うちの事に付き合わせてごめんな。大きなプロジェクトが終わった後の休みなのに……」
 何度目かわからない謝罪をした。
「あはは。だから平気だってば。白物家電は動かしてないし、小物を詰めてるだけだしね」
 そもそも私が行きたいって言ったことだしね、と言いながら優香は最後の書斎へと向かう。
「あれ、鍵かかってるみたい」
「多分これだと思う。ん、ドア重……」
 勢いよく身体を当て、ようやく扉が開く。と同時に、左右からザサーッだのドサッだのという音がした。恐る恐る広斗が左右を見ると、崩れかかっていた本棚に置かれた紙束やら本やらが限界を迎え、埃とともに宙を舞っている。

 片付けも佳境に入っていた。やらかした……と最初こそ蒼白になりかけた広斗だったが、壊れるような機械もなかったため、床に散らばったものたちは普通に片付けるだけで事足りた。
「ねぇ、これ……」
 棚の奥から引っ張り出した紙を見て優香が呟く。四つ折りの後が少し残っている紙だ。横から覗き込むと、締めに原田喜美代と書いてある。
「若い時の婆ちゃんからの手紙……か?」
「ふぅん」
 上の空な返事だ。わけもない。綺麗で、丁寧な文字で綴られたそれは読んでいるこちらが気恥ずかしくなるほどの、
 恋文だった。
『弥吉さん。元気にしていらっしゃいますか? 先日頂いたお米、とても美味しかったです。家族も皆喜んでいました』
 他人の手紙を読むことへ若干罪悪感はあれど、つい見入ってしまう。
『――早く貴方に会いたいです。会えない時間も愛は募るばかりで、私にできることと言えば花嫁修業くらい。愛する人の家に入ることの幸せを日々噛み締めながら、貴方を想っています』
 次の紙も、次の紙も、次の紙も、次の紙も……。
 それぞれ日付は大して空いていないのに、毎度熱く愛の言葉が綴られている。文通のはずだが、全てが恋文に等しかった。
「すごく情熱的だなぁ……読んでるこっちが恥ずかしくなるよ」
「俺が小さい時に亡くなったからあんまり覚えてないけど、そういえばエネルギッシュな人だった」
 広斗はと言えば、もはや感心していた。
「どんな時代だろうと、情熱的な人は情熱的ってことなのか」
「なのかも。私なんか感動しちゃった……」


 少し日が傾いてきた頃には整理も終わり、二人は出来合いのもので小腹を満たしていた。
「広斗のお婆さん、凄かったんだね」
「う~ん……カカア天下みたいなところはあったかも」
「それって、愛が熱すぎたからだったりしてね」
 ふふっと笑う優香。腕組みをして再考してみるが、幼い広斗の感覚では愛だとかを認識できていなかった。今思えば「そうかもしれない」と感じることはあれど。
「私はあんなに情熱的になれる自信ないなぁ……」
「そう?」
「今って良くも悪くも個人主義じゃない? 自分自身の幸せを一番に考えることに慣れちゃってる気がして」
「確かにあんなに熱くなれるかって言われたらちょっと恥ずかしい」
「でも私は羨ましいって思ったよ。好きな人と一緒に生きる未来をこんな真剣に考えてるんだなって。少し価値観が変わったかも」
 そう言って広斗に目を合わせ、微笑む。不意な色っぽさに当てられ若干たじろいだ。
「じゃ、じゃあ爺ちゃんの所にも行く? 爺ちゃん昔から優香に会うとめっちゃ喜ぶし」
「あ、それ良い! 今日はお婆さんの話も聞いてみたいし、差し入れは駅前で買っていこっか」
 テーブルの上を二人で片付けながら、優香を盗み見る。
 愛か。仕事とか金とはまた違うんだよな。今みたいな速すぎる時代には……恋文のような熱量は流れていってしまうのかもしれない。
 でも、だからこそ。
 ……俺も爺ちゃんの話を聞くの、楽しみになってきたな。

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