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「楽」と「夢」

「なぁ、二億か三億くらいあれば人生アガれんだっけ?」
 休みの日だからと十四時間ほどダラダラ遊び続けたスマブラに飽き、マサが近くのストロングゼロとポテチを適当に開けながら言う。
「知らね。てかそれって何十年後も同じ金額なワケ?」
 売り専で使っている方のスマホで、この前捕まえた成金へラインする。
 良太が休日によく来るマサの部屋は、新宿の雑居ビルの一室を改装した狭っ苦しい1Kだ。片付けてないから部屋の中はダンボールとコンビニ弁当のゴミまみれだ。とはいえ、こんな手狭なところに住んでるマサがウチの売り上トップクラスなんだよなぁ、と良太は目の前でぐでーっとするマサに目をやる。ネコオンリーなのにリピーターが多く、さすがアイドル系の小さい顔立ちの奴は得だなぁとは、常々思っていることだ。テストステロン強めな凛々しい顔と体つきの良太とは正反対だ。
「何十年? ヤだ~~歳取りたくねぇー。今のうちにさっさと大金稼いでアガっときてー」
「つぅか突然なんだよ? この前までお前の座右の銘は悠々自適だったじゃねえか」
「なんか高校んときの友達が就職したっぽくてさぁー。不動産屋にコネで。クルマとかローンで買っちゃっててさ。そういう安定した職業的なのってズルくねぇ? いやーズルい。なーにが安定だよお。安定安定ー」
「クルマくらいマサだって買えんだろ。大体稼ぎで言ったらお前普通にタワマンくらい住めるじゃん。四十階とかの奴」
 ばかぁー。とマサが寝転がりながらアタックしてくる。
「あんなとこ住みたくねーよぉ。成金とキャバ嬢ばっかできめえし、目つけられて税金とか払うことになったらどーすんの」
「お前マジどうでもいいとこで神経質だよな」
 こういうトコが人気の秘訣なんですぅー。などと言いながら更に寝返りアタックをしてくる。

「そーいや良太もカモ見つけたんしょ?」
「ああ。なんか向こうの奴って無駄に羽振りいいよな。あと自己顕示欲の出し方がヤバい」
 そう言って、スマホの画面を向ける良太。マサが覗き込むとそこにはチャンという名の送り主が、
『今日良かった。また会いたい』
『住むをあげます。考えて』
『銀座の美味しい中華料理屋見つけました。○月○日。私の友達来ます』
『今月売上二億。とても疲れた。癒されたい』
 といった具合に、熱烈なメッセージを送ってきていた。良太は一言二言でしか返していない。マサは適当にスクロールし、へぇーと感心した。

「たしかに日本人の成金よりモノ買ってくれる奴多いかも?」
「この前、会に呼ばれた時さ。カモの数が十倍になったわ。タチやってるとこういう時便利」
「やば! じゃあもう人生アガりじゃん!?」
 ずるいぞーと言ってくるが、良太は若干口ごもる。そういやこれ、話したことなかった。
「……いやアガる気ないよ俺。夢、あるし」
「夢?」
「イタリアンの店やりたいんだ」
「ん、何だっけ。チェーン展開もしたいとかだっけ? 経営の勉強もしてんでしょ」
 あぇ、と間抜けな声が漏れる。なんでフツーに知ってんだ。
「俺話したことあったっけ」
「良太ベロベロに酔うとと大体この話してるよ。やっぱ記憶なかったか~。いつもこっちが恥ずかしくなるくらい熱く語ってるよ」
「うぉあ……」
 やべぇマジか。顔から火が出そう。指の隙間からチラリとマサを見やると、なぜかニヤニヤしている。
「なぁなぁ、起業したらさ」
「なんだよ」
「雇ってよ」
「ニート体質のお前が働けるのかー?」
「働かないよ?」
 なにぃ? 即答でボイコット宣言とはこれいかに。
「代わりにたくさん客連れてくから」
「セコいなぁ……」
 相変わらず楽をするための悪知恵は働きやがる。
 でも、真逆の性格だから仲良くできてるのかもしれないな。

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