心の寄生虫
子作りする予定もなく、ヒモを一人飼っておくだけにしては、2LDKは広すぎる。しかも当の家主が居なければ、そこはただのがらんどう。
虚無とすら言って良い。
「美弥の奴、今日おっせえな」
脱ぎ散らかされたショーツが今更洗濯機の隙間から出てきて、拓実は不機嫌になっていた。
「洗濯物くらいきちんと脱げねえのか」
ぶつくさ言いながらショーツを洗濯機に投げ込んでおく。今日は美味いテイクアウト買っていくからそれまで絶対何も食べちゃダメ! などとガキっぽいことを言ってきやがったので何が食えるかと若干期待はしていたが、帰ってくるのが遅すぎる。
二十三時だ。いくら金曜とは言え、飯を食うなと言っておいてこの時間になる女がいるか? 当然、朝も昼もデリバリーを取ったし、腹減ってイライラするからさっき夜マックを食べた。
リビングに戻ると、ようやくインターホンが鳴った。見ると、なぜか一人じゃない。初めて見る女が話しかけてくる。
『あのすいません、えっと、あたし藤島って言いますー。美弥さんの部下の』
ああ、どっかで呑んでヘベレケになりやがったのか。
無言で解錠を押し、さらに二度解錠の対応をし、ようやく部屋のインターホンが鳴った。
「あ。ども」
品定め。さっきインターホン越しに見た時からわかってたが、かなりハイレベルな可愛い系だ。綺麗系の美弥とはジャンルか違うが…。流石大手代理店、採用する"顔"だけは事欠かないんだな。
「拓実さん……だっけ? 美弥さんから話は聞いたことあったんだけど。ゴメンねぇ、銀座でこの前リニューアルオープンしたとこで引っ掛けてたら、そのままこうなっちゃって……」
甘めに薄く香る香水、わかりやすくふわっとさせた髪、可愛らしく膨らませた涙袋。キンとならない範囲の高音は接しやすいフレッシュな若さを感じさせるし、適正サイズよりほんの僅かに小さな衣服が胸をさりげなく強調している。
これは良い"候補"だ。ヒールのおかげで同じ高さに香里の目がある。じっ、と僅かに熱く見つめたあと、笑顔で崩す。
「拓実でいいよ、全然。歳近いでしょ?」
「うわ~っ、聞いてた通りのタラシだなー」
「あ、左肩俺が持つよ」
横に回って、手を掛ける。その流れで香里の指、手の甲、腕へ浅く触れた。香里もそれなりに酔っているようで、少し熱を感じる。
一方の美弥はと言えば、家に着いた安心からか既に九割方眠っており、今ここで行われた言外のやり取りに一切気づいていない。
――
美弥の目が座っている。
「ねぇ」
問い詰める時の目、問い詰める時のトーンだ。こうなった時の手は一つ。
「この前私が帰った時、香里と何してたの」
「何って?」
「惚けないでよ! あのさぁ、大事な私が足元フラフラで帰ってきてんのよ!? なのに拓実は! 香里とセックスしてたんでしょ!? 何ふざけてんの!? 私の部下誘ったりしてさぁ!」
「あのさぁ」
美弥が金切声で喚き出す前に、怒鳴り声で先手を打つこと。なんだ。この馬鹿、香里の性格を微塵も分かってねぇのか。やっぱボンボンだな。
「お前さ、あの時俺がどんな気持ちで美弥のこと待ってたかわかる? 美味しいテイクアウト一緒に食おうって話だったよな? それがさぁ。お前は部下とノンキに酒呑んで飯食って、挙げ句の果てに手ぶらで寝ながら帰ってきやがって。それを目の当たりにした俺の悲しくて寂しい気持ちをさ、一ミリでもお前は考えたことあるわけ? 言ってみろよ、ほら。何も言えねえのか? オイなんだよその不満げな目は。この状況でお前が悪くないって要素がどっかにある? 言えよ。無理だよな? そりゃそうだよなぁ。お前が悪いんだから」
時たまテーブルを拳で殴りつけながら、怒鳴り声で心理的に詰め寄る。するとついさっきまでの爆発寸前の空気はどこへやら、叱られた子どものようにシュンとしてしまった。
ああ、泣くフェーズか。
「だってぇ……香里がどうしても一杯だけお店お祝いしに行こって言うからぁ……そうだよ、その時私が断ればよかったんだよね? 拓実が待ってるからって。だから私のせい。全部私のせい。ねぇ拓実、いなくなっちゃやだ。私が悪かったから、私が悪かったから!」
来年三十になる女とは思えない台詞だ。多分こういうのは生来の性格のようなもので、歳を取れば変わるというものでもないんだろう。
こうなるともう後は流れ作業で。慰めながらキスをして、寝室へ。一晩中いじめ続ければまた程々に大人しくなる。
さて。新しい候補も見つかったことだし、あっちもしっかり教育しておこう。
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