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壊れた夢。モラトリアム

 見覚えのある顔だった。
 いや、厳密には違う顔だ。何より若すぎる。こんなことを面と向かって言ったら「失礼だぞバカ」と叩かれるのかオチだが。
「おはようございます。今日から早朝に入る志村です。よろしくお願いします」
「あっはいよろしくー。夜勤の里中です。ゴメンね、店長遅れるって連絡あったから、来るまでは俺いるよ」
 研修中の札を付けた、小柄で可愛らしい女の子だ。
「志村さんは何回かもう働いてるんだっけ?」
「はいっ。昼と夕方で、レジとか納品はやりました」
「まあコンビニのバイトなんて楽勝だよね、若いし」
 やっぱり見覚えがある。
「えぇっと……里中さん、ですよね?」
「うん? そうだけど」
「前に、志村真希って人いませんでした?」
「あぁ真希さん!」
 不覚にも大声が出てしまった。女の子がびくっとする。ぼやっとしていた記憶の合点がいったのだから無理もなかろう、と内心で里中は言い訳をした。
「私志村美波って言います。妹です! ここで働くって言ったら、お姉ちゃんが今度冷やかしに行ってやるよって」
「全くあの人は……」
 ガハハと笑いながら言う様がありありと目に浮かぶ。夜勤の業務を里中に教えてくれた志村真希のことは、今でもよく覚えている。一緒に働いたのは一年ほどだったが、あの豪快な姿はなかなか忘れられるものではない。
 そうか、妹か。そういえば真希さん、小学生の超カワイイ妹がいるとか言っていた気がする。その子がもう高校生になったのか。
 喧嘩の末にバンドが解散して、それから俺がコンビニで夜の時間を労働で食い潰して、早五年か……。


――


 その後も美波とは早朝シフトでしばしば被るようになっていた。店長は新店舗の方で忙しいらしく、里中が夜勤と早朝を兼ねる日が衆の半分を超える時も珍しくない。
 早朝は暇な時が多く、それに比例して里中が美波と話す時間も増えていた。
「それでお姉ちゃん、亮くんに下ネタの質問ばっかするんですよ!? 我が姉ながらほんとデリカシーないと思います」
 だから、美波には仲のいい彼氏がいることも知っている。
「ま、ネチネチした人より良いんじゃない? 男からしたら、真希さんくらい豪快な人はむしろ好感度高いよ」
「そうですか~? あれはもう豪快って言うよりただの雑って感じですけど」
「一理ある」
 そんな歓談の最中、珍しくドアが来客を告げる。
「よーっ、いたいた。やってっかー」
 ロングヘアの金髪にサングラス、革ジャン。バンドマンか芸能人か、近寄っちゃいけない人かの三択で悩まされる格好の女性がズカズカとレジに寄ってくる。
「あ~すいません不審者の方は来店お断りしてまして」
「不審者!? どこだ!?」
 グラサン女がわざとらしく振り返る。
「あんただよあんた」
「ったく、里中お前少し見ないうちに太ったな」
「再会してすぐそれは失礼ですよ真希さん……」
 なまじ刺さる言葉だからやめてくれ。
「お姉ちゃん相変わらずスゴイ格好だね。ほんとにその格好で来るとは思わなかったよ」
 美波はと言えば、一周回って感心していた。
「そりゃ起業家たるもの常にガン飛ばしてなきゃだからね」
「どこの国の起業家なんだよ」
「やかましいぞデブ、お前はもう廃棄食うの禁止な」
「それはムリっす」
 真希はそのまま独占状態の店内を悠々闊歩し、スナックスティックを四袋買って出ていった。曰く、
「美波が元気そーで良かった。また来るわー」
 とのことだ。
 なんだかんだ言って優しさが垣間見えるのも、相変わらずだった。


「変わったかと思えば変わってないとこもある、って感じ……」
 ボロアパートにゴロリと寝転びながら、数時間前のことを思い出す。夜勤一本で生活するようになってから、モラトリアムに逆戻りしたかのようだと自嘲する。
「前はバイトなんてすぐ辞めてやるって思ってたんだけどな」
 バンドを解散してから、特に新しく活動を始めたわけでもなく、ごくたまに動画投稿サイトへドラムカバー曲をアップする程度だ。再生回数は良くて二桁だから、モチベーションもクソもない。
 バイブレーションが、珍しくメールの受信を告げる。
 店長からだ。
『データがいくつかあるのでメールで送りました。里中くんには長いこと働いてもらってるし、君が良ければ社員でやってみませんか? すぐ答えなくても良いので、考えてみてください』
 返信画面を開き、閉じ……スマホごと部屋の隅に転がした。
  転機の種というのは、なぜこうも一気に来るのか。
「……」
 これまでの選択の何が正解で、何が不正解だったのかもわからない。
 もしかすると人生って、そういうものなんだろうか。

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