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虫取りとパンデミック
さやかちゃんとケンカしちゃった。
うちの学校の構築空間って、アバターだから顔が見えなくてちょっとイヤ。だって声とデフォルメされた動きじゃよくわかんないよ。さやかちゃんの気持ちとかさ。
「外に逃げたい……」
むくりと起き上がって、没入式感覚同期型HMDをベッドの隅に放り投げてみる。でも全然気分が変わらない。さっきまで私がさやかちゃんとケンカしてた場所と同じなんだもん。……ケンカしてたのは構築空間でだけど、そういうことじゃないんだよね。なんだろ、空気っていうのかな。そういうのが残ってる気がする。
「ママとパパは寝てるっと」
小学生は十時までに寝なさいっていつもうるさく言われるけど、もう二時だから二人は寝ちゃってるもんね。結構夜ふかしだけど、明日もどうせお休みだから良いもん。
最近ずっと家から出てないからちょっと慎重に……。ママは「外には出ちゃダメよ」ってうるさいから、見つからないようにソロソロと。
「ふふん、楽勝」
久しぶりの外だ! 星がきれいだなぁ。昔は東京で星なんて見えなかったらしいんだけど、今はどこでも見えるんだよね。ちょっと高層ビルとかが邪魔だけど。
うちから少し歩けば川だ。当然この時間は誰もいないし、まだ六月だから涼しくて気持ちいい。テンション上がる。
「ん、なんか、変…………」
目がぐるぐるする。足元もふらふらする。結構歩いたからかな? 一時間くらい経ったかも。
あ、だめだ。すごくねむい。倒れちゃうよ。
あれ、そういえば、なんで、外に、出ちゃ、ダメだったんだっけ……?
――
ふわっとして、びゅーんって感じ。
ハッと目を開けると、真上に女の人の顔があってビックリした。
「あっ。起きた?」
答えようとするけど、うまく声が出ない。体が私のものじゃないみたい。ふわふわする。ここベンチ、かな。
「おーい。大丈夫か?」
今度は横から男の人の顔。「バカ陽介、そんなでっかい声出したら驚いちゃうでしょうが!」って、怒られてる。
二人とも高校生……くらい?
あ、目が動かせる。お昼っぽい。ちょっと暑い。
木がいっぱいあるなぁ。空は青いけど、そんなにキレイじゃない。あと何か走ってる。車? えっ、こんなにたくさん走ってる……。ここ、どこだろ。
「んにょ」
やば、変な声出た。恥ずかしい。
「大丈夫? あたしもよくわかんないんだけど、お嬢ちゃん突然宙に現れたように見えたから、それで」
「この由真が膝枕で受け止めたってワケ」
「あんたがドヤ顔で言うとムカつくわね」
「えと。おは、よう……ございます?」
女の人がにこりと笑う。
「うん、おはよう。えっと、お姉ちゃんは由真、って言うの。で、こっちのお兄ちゃんは陽介」
「やっほ~」
まだちょっと体が言うことを聞かないけど、頷くことはできた。
「お嬢ちゃんのお名前は?」
由真さんの優しい声。うーん変だな。二人の声、どこかで聞いたことがあるような。
「千夏」
噛まずに言えた。ゆっくりだけど!
「あのその、ありがとうございました」
やっと体が動くようになった。でもオフラインで人と話すのなんて久々で、カチコチ。ベンチに座るのも久々だし、お尻がちょっと変な感じ。
「あ」
ちょうちょだ。かわいい! 最近見てなかったから新鮮。
「ん? あぁ、ちょうちょだね」
由真さんが先に私の目線に気づいて、陽介さんが
「せっかくだし捕ってきてやるよ~」
って。
「私も捕りたい」
つい声が出ちゃった。
二人がほんのちょっと驚いた顔で私を見る。私も自分でびっくりなんだけど……。
「イケるクチだな千夏ちゃんは! よしじゃあ虫取りと行こう! この公園、意外と虫いるんだよ」
「全くあいつは……。どう、千夏ちゃん。歩けそう?」
「うん。平気」
それより何だかウキウキしてきた。先に走っていった陽介さんを追いかける。
木に近づくと、カブトムシもいた! 他にもクワガタとか。みんな樹液に集まってるみたい。
「虫さん好きなんだね」
「好き。うちの学校の構築空間に虫あんまりいないから」
「めた?」
陽介さんが何かを捕まえたみたいで、こっちに向けてくる。
「トンボ捕まえたぞ」
「え、見たい!」
目がおっきい! どういう表情なんだろ、全然わかんない。それだけならアバターも同じだけど、虫の方が表情がある気がする。気のせいかな。
いつの間にか夕方だった。途中で背の低いお店でアイスを買ってもらったりした。
氷菓って言うみたい。キーンとして冷たくて、美味しかった。私と陽介さんの棒は当たりって書いてあって、由真さんだけハズレててちょっとムクれてた。
たくさん汗かいちゃったけど、気持ちいいな。
「暗くなってきたし、そろそろ帰ろっか」
「千夏ちゃんはどこから来たんだ?」
「えっと、うちの近くの川――」
突然、ぐいっ! と背中を引っ張られる感じがした。後ろじゃなくて、上に。そのまま空に向かってぐんぐん連れられていく。あれ、意識だけ? 体も?
由真さんと陽介さんが遠ざかっていって、どんどん小さくなっていく。多分心配してるのかな、きょろきょろしてる。
由真、陽介……。
あ。この名前って。
「おばあちゃんとおじいちゃんだ!」
起きたら、ベッドだった。薬っぽい臭いがする。病院だ。多分。後ろを見ると【浅見 千夏 SynDream-32 中等症 状態:昏睡】って文字が浮いてる。
Syn……。そうだ。今って未知の粒子? による感染症で、えぇっと、外出……外出禁止令が出てるんだった。ママが言うには夢遊病、みたいになるって……。
「じゃあ、夢だったのかな」
右ポケットに手を入れてみる。棒が入ってる。恐る恐る、取り出してみた。当たりの文字。
「ふふっ」
夢じゃないよね。きっと。
うん、帰ったらさやかちゃんと仲直りしよう。
それで二人で外を探検しよう。
外出禁止令、早くなくなるといいな。
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