青い春。その先
外見の印象が強い人は、損をしやすいと思う。
「はーあ」
昼休み、陽子は一人でいつもの定食屋に来ていた。ほかほかの中華飯セット、味噌汁にまず手を出す。
地方都市も数駅離れれば、寂れ具合は加速度的に増す。駅ビル近くのこの店は老舗で、味も量もちょうどよくて、何よりあまり混まなくて静かだ。昼時なのにサラリーマンが三人と、春休みだからか高校生っぽい二人組がいるくらい。店主が穏やかなのも、居心地よく感じる理由の一つだろう。
そう、穏やか……。
『陽子は物静かな感じだからさ、そういうのが"らしい"と思うよ?』
中身を知り尽くしてる家族や親友を除くと、彼女はその物静かでおしとやかな顔立ちから、性格もそんな感じなんだろうと思われがちだ。
いや、思われがちどころの騒ぎじゃない。みんなそう思うのだ。勝手に!
先週も勝手な決めつけにいよいよ嫌気が差し、限界を迎えたので彼氏を振った。幼馴染の典子などはモッタイナイなぁと嘆いていたが、そういう問題じゃない。一回り以上歳上だからなのか、元来の性格なのか、私を無理矢理型にはめてくると言うか……そもそも、私が自分の思う型通りの人間だと思っているフシがあった。
三年付き合おうが、人の先入観は思った以上に解けないのだなと陽子は半ば呆れてしまった。
ああ、お新香は今日もウマいなぁ。
「ったく。内と外のギャップなんて、漫画でも定番でしょうが」
今日は大盛りにして正解だった。安価で健康なヤケ食いができる。しかも昼に。
仕切りで隔てた向こうで、突然声が上がる。
「ウッソ! カズお前、ナミちゃんが好きなのかよ!?」
「ばっばばばバカうるせぇ、聞こえるだろーが」
男の子が立ち上がり、しーっとする。一瞬だけ目が合ったが、すぐ逸らされた。
大丈夫。丸聞こえだよ。
ああ。青春だなぁ……。と言うのは心の中だけに留めておいてあげた。
「ナミちゃんてさぁ、教室じゃ超静かな子だろ? 地味ってゆーか」
「タカヤ知らねぇの? ナミちゃん、バスケ部のエースで部長だぞ? そりゃ顔だけ見れば静かで地味っぽいけどさ、なんていうか、中身はこう、全然外見通りじゃないんだよ!」
「ホー。熱いねぇヒューヒュー。そういうところがイイ、と」
だっだだだ誰がそんなコト言ったかよと、目をぐるぐるさせて弁明している。
可愛らしいなぁ、と思う。社会性だとか将来性だとか、学生の頃はそんなことどうでもよくて、好きになった人が好きだった。話せるだけで舞い上がったりもした。
「外見通り……」
中華飯がその言葉をかき消し、実際はモゴモゴとしか発音されていない。でもちょっとだけ気になる話だ。
「んで? そのギャップのどこがどうイイんだよぉ」
タカヤくんが私の気持ちを代弁してくれた。グッジョブ。
「……話してみると意外にアツいんだよ。将来はMBA? 取って東南アジアで働きたいんだって。将来の事話すときとか、あの優しそうな目元がさ、こう、スゲぇキラキラして見えんの」
「えむびーえー? バスケだっけ?」
残念。それはNBAだよ。
「俺も詳しく知らないけどさ。話した時のああいう元気さを見てると、人って外見じゃねーなーって思うんだよ」
「まぁナミちゃん可愛いっちゃ可愛いからモテてるけどな。だいたい玉砕してるっぽいけど」
「それさぁ、外見だけで好きになってる奴らでしょ? ああいう男は嫌いって言ってたよ」
訳知り顔で言う。それを見て、
「カズぅ、なんかそういうの彼氏っぽいな!」
などとタカヤが囃し立てる。
「いやもう告っちゃえ? そうだな今すぐ! ここで! 早く早く」
「馬鹿かよ!? ナミちゃんは流されて告るような奴も嫌いなんだって! 小学校の頃とか男子の告白罰ゲームの相手にされてたとかでさ」
「マジでお前よく知ってんな」
「まぁ。週一で電話してるし」
「へぇ」
あぶなっ、私もへぇって口に出そうだった。というかカウンターのリーマンたちも箸の進み遅くない? 絶対聞き耳立ててるでしょ。
「そんなことよりさ、高校の時から慌てて付き合ってもしょうがないと思うんだよ」
「はー?! 何だお前チキンか!? 魔法使いか!?」
「そういう意味じゃねーよ。他の子なら良いかもしんないけどさ、ナミちゃんは将来の事とかよく考えてて。でも俺はまだ何も決まってないから。そんな状況で告るってなんか違う気がするんだよ」
――
たらふく食べた。
いい話もたらふく聞けた。
陽子はこれまで、ぼんやりと付き合うなら歳上だと思っていた。男の方が精神年齢は低いらしいし、半端に近い年齢だとその幼稚さに辟易するとかなんとか。実際、何度か痛い目も見ている。
「でも十歳ぐらい歳下って言うのは、逆にアリかもしれない」
ま、そうすると十六歳男子になるんだけど。これは色々まずい。
とは言うものの、あの年齢でも考えてる子はしっかり考えてるんだなとわかったし、青さや甘酸っぱさみたいなものもどこか新鮮だった。
「私も"年齢"で男に先入観持っちゃってたかもなぁ……」
路肩に咲くスミレが、いつもより素敵に見えた。
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