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停滞 衰退

 金は出してやるから、せめて一人暮らしはしろ。
 そうして親が管理しているアパートに投げ込まれて六年が経った。

 高卒で一発逆転といったら、起業しかない。動画投稿とかいう奴もいるけど、あんなものは所詮遊びだよ。
 ……なんてことを言ってたら上手くカモにされて、親の金を三百万くらい無駄にした。
 怒鳴り散らす父親とメソメソ泣く母親の顔は今もチラつく時がある。
 それからと言うもの、何かをするのが億劫になって、ただただ自堕落な生活を続けていた。月の小遣いはだいたいガチャに消えるので、
「兄ちゃーん、飯持ってきたぞ」
 食事は弟の陸が持ってくるもので成り立っている。
「センキュな」
「俺は良いけどさぁ、マジ全額ガチャに当てるのやめなって。飯きちんと食わねえと精神にも悪いらしいよ?」
「じゃあお前もきちんと食いな。高二なら食べざかりだろ? 精神やっちまって俺の二の舞になったらいよいよ間抜け兄弟だぞ」
「なんでそう卑屈になっちゃったかなぁ」
 わざと大きく溜め息をついてみせる陸。すると後ろから、
「おーい、箱入れるぞー?」
 と初めて聞く男子の声。
 そのまま通すと、大きなダンボールから大根の葉っぱが飛び出している。
「陸、なにこれ」
「飯だよ、飯。野菜に米に、あと調味料とか」
「米って白米じゃねえか。パックご飯にしてくれよ……」
「だって兄ちゃんの冷蔵庫エナドリしか入ってねえし、それ言ったら母さんがこれ持ってけって」
「隠してたのに言うなよな」
 自炊とかクソ面倒くさい。たまにフライパンで焼肉するくらいのものなのに。ちなみにそのフライパンは一ヶ月くらいシンクに眠るのはザラで、カビや臭いがヤバくなった日もある。
「重いから箱入れる!!」

 どかどかと四箱ほど、自炊セットが搬入された。
「ちわっす。自己紹介遅れました、川崎直也っす」
「おー。荷物持ちにさせたみたいで悪かったな」
「全然いいっすよ! それより翔真さんって、スマブラクソ強いんすよね!?」
 懐かしい話だ。あの時はなんか、自信とかあったなぁ……。
「まぁしばらく世界ランカーだったりしたけど」
「陸の言う通りなんすね! 俺も最近かなりやり込んでて、翔真さんに相手してもらいたいと思って来たんすよ!」
 ああそういう。スマブラなんてしばらくやってないけど、まああしらうくらいの実力は残ってるだろ。

――

「なっ……」
 ボロ負けした。序盤こそリードしていたが、直也の緊張が解けてからはあっという間に形勢逆転。綺麗なまでに叩き潰された。
「兄ちゃんだっせぇー」
「や、ちげぇよ、ブランクあるんだよ俺は。それに最近の調整とか知らねえし」
 リベンジだ!
「げぇ」
 また負けた。キャラを変えステージを変え戦法を変えてみたのに、なぜか負ける。途中で調子に乗って参戦してきた陸は返り討ちにしたものの、直也相手には一勝ももぎ取れない。
 なぜだ?
 半ば絶望した顔で直也の方を見ると、なぜか興奮した表情をしている。
「俺! 翔真さんのリプレイめっちゃ見て鍛えたんすよ! いやぁでもまさか本人に通じるとは思わなくて……やべぇ感動っす」
「そ、そうか」
 確かに俺のプレイスタイルはリプレイを上げていた時から変わっていない。そもそもプレイすらしてないんだから、変わっていなくて当然だ。停滞中なんだから。そこを対策されたら負けるに決まってる。
 ん。
 停滞してたら、負ける……。
 停滞は衰退というわけか。
 なんだか腹が立ってきた。このタイプのムカつき、何年ぶりだろう。
「おい直也」
 相槌を打たれる前に次の言葉を紡ぐ。声が若干震えている。だがこれは、興奮から来る震えだ。口角が釣り上がる。
「一週間待ってろ。全部鍛え直して、コテンパンにしてやっから!」
 こいつは宣戦布告だ。

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