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淡く揺れる、思春期の想いたち

『しょーらいのゆめはねー、お嫁さん!』
 屈託のない笑顔。
 ありきたりだ。
 ……本当にありきたり、だと思う。

「――ちょっとユウ、聞いてる?」
「ん」
 コツリと柔らかい女子の手刀を頭に受け、現実に帰る。高校の延長線上にしか思えない午後のファストフード店。あちらこちらに知ってる奴らがいる。一学期の期末テスト後ともなれば、晴れた顔のオンパレードだ。
「お前はすぐ現実から離脱すっからな~」
「うっさいわ」
 テーブルを隔てた先に座るケイタが男らしくもしゃもしゃとチーズバーガーを食べるのに釣られ、ユウも揚げたてのポテトを口に運ぶ。
「ケイタそれ何個め?」
「ん? 四つめ」
「相変わらずだなぁ……僕なんかまだポテトしか食べてないんだけど」
「警察官志望のオレはそんなチマチマと食っていられないのさ~。増量増量、筋肉筋肉」
「せめて少しは噛めって」
 おおむねいつものやり取り。しかしテスト期間前以来ではあり、少しだけ新鮮さと懐かしさが同居する。
「は~~」
「どしたの女子高生」
 隣でランが両手を投げ出してテーブルにぐでーっと伏せる。ちろりと顔だけ二人に向け、
「二人はさ。将来何したいか、決まってる?」
 腕の端からぴらりと見える、『進路希望調査』の文字。
「オレは四大かなー。普通に」
「警察学校じゃないんだ?」
「高卒だと給料とか昇給が微妙なんだとさ」
「ふ~ん。脳筋のくせに意外と考えてんのね。ユウは?」
 回答に窮した。彼女の、どこか無垢な目を直視できない。ケイタが「誰が脳筋じゃ」と不服を申し立てながらポテトを頬張る様子も、どこか別世界のように感じる。
「……僕も大学かな」
「やっぱそっかー」
 脳内だと無限に等しいほど引き伸ばされたように感じた時間だったが、実際は大した長さではなかったらしい。
 私も高卒でデザイナーとか無謀かなぁ、大学は行っといた方が良いよね……とランは思案顔だった。
 ユウの口が勝手に動く。
「二人は行くならどこの大学?」
 微塵も感情がこもっていない、自動の発言だった。あまりの無感情さに、ユウ自身が一番驚いた。
 しかし、二人はそう捉えてはいないようだ。相変わらずペチャクチャと喋っている。
 お金もないし地元かな~とか、一人暮らしは不安だけどやっぱ東京に憧れるんだよねーとか、いつもの雑談と雰囲気は、変わらない……。

――

 先に二人と別れ、ユウは一人思案顔で帰路についていた。
 将来の夢って何だっけ。かなり、かなり昔には何かがあった気がするんだけど。
 僕は聞き役が多かったし、二人みたいに何かやりたいことがあるわけじゃない。ケイタは行動力の化身みたいなものだし、ランはふわふわしてるように見えるけど実は自分のことをしっかり考えてる。
「もうちょっと詳しく聞いてみよっかな……」
 二人が将来の夢を持ったきっかけとか、その辺りが知りたかった。少し恥ずかしい気もする。でも、ちょうどいい機会かもしれない。来年は受験で忙しくなるだろうし。
 まだ二人ともそんなに遠くないはず。よし。と意気込みとともに踵を返す。意外と知らない幼馴染たちの裏側だ。照れ気味に、しかしどこか嬉しそうに答えるケイタとランを想像して、ユウは少しニンマリとする。


「――だからラン、好きだ」
「……」
 足が反射的に急ブレーキを掛ける。角から飛び出る寸前で助かった。あれは間違いなくケイタの声だ。
「そ、それが、大事な話?」
「ああ」
 ユウが身を潜める角からだと少し聞き取りづらいが、ケイタの声が真剣なのは痛いほどわかった。
「来年は受験だろ? それに冬は年末年始であんまり会えねーし。だから、告白すんなら今しか無くて」
 沈黙。数秒のはずが、数時間にも引き伸ばされたように思える。目が瞬きを忘れ、聴覚が聞き逃さないよう敏感になるのがわかる。何という野次馬根性。
 まだランは答えない。
「大学も同じとこになるとは限らねぇし、オレ一人暮らしする予定でさ」
 ランが息を吸った。僅かに震えている気がする。何か答えるつもりだ。
 やばい、なんか気恥ずかしい。
 こそばゆい感覚に襲われ、ユウはまたもや踵を返してしまった。


「あれ間違いなくオッケーの雰囲気だよなぁ」
 長い付き合いだからわかる。
 というかケイタのやつ、ランのこと好きだったのか。三人で兄弟というか三つ子というか……ユウの中ではそんな感じで、正直親戚みたいなものだった。
「いつから好きだったんだろう?」
 ふと過去に記憶を巡らせてみる。いつも話すことと言えば学校であったくだらない雑談だとか、『今』だとか『最近』のことばかりで、それより長い時間軸で何かを考えることなんてなかった。
 あ。あの時にはもう? 確かランの家で宿題をしてる時。

『しょーらいのゆめはねー、お嫁さん!』
 二分の一成人式とかいうやつだ。とはいえ式をしたわけではなく、ユウの学校では将来の夢を調べて大きな画用紙に書いて発表という、節目のプチイベントみたいなものだった。
 小四にもなってお嫁さんかよ、と思った気がする。いや、思っただけじゃなくて言った。なぜならあの時のケイタは、
『ばっばばばばばバーカじゃあオレもお婿さんに変える!』
 などと顔を耳まで真っ赤にして意味不明なボケを返していたからだ。
 あれから、絵が好きだったランの部屋にはデザイン系の本が多くなっていったし、ケイタは「大切な女性のためにもオレはたくましくなきゃぁならんのだ」などと若干古いことを言って筋トレやボクシングに励んでいた。
 思いっきり伏線あったじゃん。何言ってんだこいつ、っていつも通り普通に聞き流してたよ。てっきりただモテたいだけかと……。
 「は~。ずっと変わってなかったのは僕だけか」
 よし。
 またもや反転。
 ケイタもランも、知らない間に人生の先輩みたいになってたのか。
 ちぇっ、とわざと舌打ちをしてみる。その音色は軽快で、表情には笑みが差している。
「よっしゃ、冷やかしがてらアレコレ聞いてやる」
 ついでに……僕も将来とか人生とか、ちゃんと考え直してみようかな。

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