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サッカーにおけるコーチの役割—。

これは私が最近違和感を感じている、サッカーにおけるコーチ(監督)が選手にとっての関係性やポジション、言動について大きく関わっているものを自分なりに紐解いていきたいと思います。これからの内容は正解や不正解というわけではなく、一意見として読み進めていただければ幸いです。


選手との関係性

バルセロナの監督がロナルド・クーマンからシャビエル・ナンデス(通称シャビ)に変更されました。ここでの私の印象として、つい数年前までバルセロナで現役でプレーしていた”あのシャビ”が今度は”監督”として戻ってきたことに対してのストーリー的な面白さがある一方で、今度は監督としての立場からの難しさがあるのではないのかと勝手に感じています。

ただもしかすると、このように感じてしまうこと自体が間違いなのかもしれないうえに、私と同じ感情になる日本人の選手は多くいるのではないかと思います。


ペップとアウベス

ペップグラウディオラとダニエウアウベスのサッカー論での対話ですごく興味深いものがありました。

※アウベス(SB)からメッシ(FW)に送るボールに対して
ペップ:お前(アウベス)のパスは間違っている。
アウベス:それの考えが間違っているよ。彼のパフォーマンスはボールがあるところで繰り広げられる。彼はより多くボールに関与すべきだ。

正直私はこの討論を見た時に衝撃を受けました。それは監督がそれは間違っていると強い否定をしているのにも関わらず、自分の考えをしっかりと主張しているからだ。

だが、海外では良くこのようなシーンや討論が監督と選手間で良くされている印象がある。

海外で多く見られる理由として、海外の監督は”リーダーのような存在”で、日本の監督は”先生のような存在”というものが大きい考えます。これは監督の責任でもなくて、逆に選手側が海外だと、”リーダーのようなプレーヤー”で日本では”生徒のようなプレーヤー”になっている現状も大きく関わっていると思います。

どちらが正解というわけではないですが、圧倒的に海外の方が強いチームであることは文面だけで見て取れます。
では、なぜこんなにも大きく海外との隔たりが生まれたのでしょうか。


教育文化の違い

海外では、日本のように“みんな一緒”の教育ではなく、生徒それぞれの能力に合わせた教育を行なうのが特徴的です。  そして、海外では義務教育中であっても留年があることも、日本と大きく違う点です。 日本では、どれほど成績が悪くても義務教育中に留年することはありません。

ここからわかることとして、日本人は小さい頃から良くも悪くも飛び出る環境という場所を作られてこなかったし、出たとしても出る杭は打たれるように、集団と同じになるように指導されてきました。

先生が言ったことが正しいという文化が定着していて、先生のような監督がとった言動に対して正解と思い込んでしまうと同時に、間違っていると感じていても言うことがなかなかできない選手に育ってしまっているからです。

この問題はできる人からすれば、『選手が思うことをしっかり伝えて終わりじゃん!』というふうに思われるかもしれませんが、そんな簡単な問題でなく根深いものです。


理解

ただ現状、教育方法から変更することはなかなか難しいです。可能な方法として、

①お互いが理解しあえる関係でいること
②どちらも教わる姿勢

選手からすれば監督の言葉は客観的に見た意見であり、監督からすればその伝え方による選手の理解と考えを共有できます。お互いにとっていい関係であることは同時にお互いの成長に直結します。

これを読んで気づいた方から実践し、日本サッカーをより向上するためにともにプレーしましょう。

以上です。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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