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インテリアコーディネーターにはならなかった

大学三年生を迎えようとする頃、私はもちろん就活に怯えていた。

遡ると高校の文理選択の時にはすでに「仕事にしたいこと=好きなこと」でいいものなのかと疑問を感じていた。その違和感を大事に携えたまま、今の今まで生きてきた。

私は建築を見ることが好きだった。いつからかはわからないが、その建物に観光として訪れたり、そこに住んだらどうなるんだろうと想像するのが好きだった。ただそのように素敵な建物に心を躍らせることはあったが、別にその建物をつくりたいとは思わなかったし理科が苦手だったため文系に進むことにした。

周りには「医者になるために医学部に入る、そのために理系を目指す」等明確な意志をもつ者も当然おったが、なぜ将来の肩書きをこの段階で決められるのかわからなかった。一緒に部活に打ち込み、休み時間にお菓子を食い漁りながらしょうもないことで腹が千切れるほど笑いあった仲間がいつどのタイミングで社会へのホップ・ステップを始めたのか。急に置いて行かれた気がしたあの時の焦燥感は忘れられない。

いざ文系に進んだはいいがこんな調子なので「いずれ仕事に繋がりそうなやりたいこと」など思いつかなかった。結局将来を決めるためのベルトコンベアにしがみつくためには、やりたいことがあるフリをするしかないのだ。その時唯一自分の好きなことと自認していた建築というキーワードを頼りに、文系でも建築に関わることができる学部を探すことにした。

そんな中、建築の構造ではなく、その環境や人に与える影響について言及する学問が文系の私でも学べる学部があると知った時は「これだ!」と一発で確信した。だって文系に逃げた理由ができたから。結局その学部に進学し、三年生の時にはその学問を専攻するゼミにも入ることができた。

来たる就活に備えて、私は武器を装備しないといけないのではと思った。留学もしていなければ、インターンに参加するなども頭が及ばなかった。きっと親からの入れ知恵で資格があったほうが…とでも思ったのだろう。「インテリア 資格」で検索して出てくるのは名前だけ知っていたインテリアコーディネーター。それからは通信講座で教材を取り寄せて、独学で勉強した。半年ほどで無事試験に合格し資格は取得できたが、結局は全く違う業界の会社への入社を決めて現在に至る。インテリア業界や住宅メーカーなどの話を聞きに行くがその業務内容を知れば知るほど「特定の誰かを喜ばせたい」というモチベーションが大事だと気づいた。しかし私は「社会への影響範囲の大きさ=仕事のやりがい」だと思っていた。ただそれだけの話だ。

一体資格とは何なのだろうか。もちろんテキスト代や受験料など、ビジネスとして資格取得を推奨している側面があることは重々理解している。私はインテリアコーディネーター取得に向けた勉強は楽しんで臨めていた。それまで取得した英検や漢検などの試験勉強とは異なり学ぶことは部屋を見回せばすぐに役立つことばかりだし、単純に好きなことの知識を深めているだけのその時間が資格取得という将来を担保しうる建前があるという安心感があった。「こんなに楽しいのであれば私はこの職業が向いているのかも」とも思えた。

ただ資格に受かるためのスキルや適性とは別に、その資格を活かして社会で活躍する行動力と自分を信じる覚悟が必要だとはどのテキストにも書いていなかった。

しばらくしたある日、忘れかけていた資格更新を知らせるはがきが届いた。いつかの切り札だと眠らせている資格に対し、その更新料の高さはかなりパンチがあった。支払いするか否かの自己問答の間、はがきは他の大事そうな書類と一緒に食卓に放っていた。生活の効率を優先したその当時の部屋は、インテリアの歴史も配色も採光も、勉強で得たはずの知識は何一つ生かされていなかった。カーテンの測り方やそのヒダの多さが与える印象の違いは理解しているが、面倒なので前の家の窓に合わせてオーダーしたものを片方だけ下げており(引っ越しの時段ボールに入らずもう片方は捨ててきた)遮光もくそもない状態だった。

色々思いを巡らせたが、結局は入金することにした。この資格はしがない学生の私が自分の好きだと思うことを見つけ、将来好きなことができるようにと時間と労力をかけたという結果だ。その将来を生きる私ができることはしたい。

ボーナスが近づけばどんな家具を買えるか、昇進したらどんな家に住めるか。仕事のモチベーションは思い返せば私のインテリアだ。きっと私は好きなことを仕事にするのではなく、好きなことを守るために日々労働に勤しむのだろう。

ちなみに更に引っ越した今もなおカーテンはそのまんま。廻り回って今住んでいる家の窓の高さはカーテンにぴったりになった。片方しかないのには変わりないが、もう片方には生地売り場で一目惚れしたクリーム色の布を下げている。アシンメトリーで気に入っている。


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