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第十二話「会場の下見」2024年5月18日土曜日 晴れ

 企画したイベント「直売所+ワークショップ」の下見に来た。
 私が勤めていたワインバルチェーンのある店舗近くのレンタルスペースだ。その経営者である男性はよくワインバルに飲みに来てくれた。彼流の経営論・仕事論・人事論・教育論は時には対立することあったがとても楽しい議論だった。当時、私はワインバルチェーンのいち従業員でありカウンター内に入っている。彼とは同い年であったが、彼は飲食店を20年近く経営し、新たにレンタルスペース業を立ち上げた頃だった。文字通り立場が違っていた。
 当時の彼は私にしきりに独立を進めていた。独立すればやりたいことを気兼ねなくやれる、と。
「やりたいことをやりたりようにやったらええですやん」
関西出身の彼は、私にいつもそう言っていた。
私は
「おれにそんな才覚なんてないですよ」
と答えていた。才覚もないし、独立の必要性もなかった。当時は。
「才覚なんて、必要あれへんて。資金とか税金とかのことやろ?そんなもん、あるもんで初めて、借りれるもんを借ろて、払うもんを払うだけや。どこに才覚が必要あんねん?」
彼は笑いながら言ったものだ。
 確かにそうだ。枝葉末節を取り除いて言えばそうなる。そうなるが、枝葉末節の部分が重要なのだ。怖いのだ。だから多くの人は勤め人でいるのだ。
 そんな彼のレンタルスペースに、私は下見に来ている。自分の独立への第一歩となるかもしれないイベント会場としての下見だ。人生とはどこでどうなるかわからないものだ。
 レンタルスペースは元々飲食を想定していないので、炊事場の設備は弱かった。しかし飲食物禁止ではない。物販も問題無し。
 電源やモニター、スクリーン、プロジェクター、会議テーブルや椅子は潤沢にある。広さも申し分ない。
 下見にはN美さんも同行してくれた。
 二人で顔を見合わせて、できると頷いた。

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